第三話「夢じゃなかった」
……朝だ。
ベッドから起き上がった俺は、まず首筋を擦る。そして、昨夜のことを思い出す。
噛まれた。
血を吸われた。そう実感しながら、枕元にあるスマホを手に取り、ロックを解除すると……写っていた。
「夢じゃ、なかったんだ」
そこには去り際にリィリアちゃんと記念に撮った写真がホーム画面に設定されていた。
ちょっと照れた様子の俺に、満面の笑みで腕に抱きついているリィリアちゃんのツーショット。
ちなみに撮ってくれたのは運転手さんだ。
「……くう!」
そこから昨日の至福の時間を思いだし、悶絶する俺。
まさかあんな天使のような子に頭を撫でられたうえに、抱き締められたり、膝枕までされるなんて。
十六年間生きていた中で、一番とも言えるほどの思い出だったかもしれない。
「こらー! 陽樹ー! いつまで寝てるの! 朝食できてるわよ!!」
「はーい! 今いくよ!」
母さんに呼び出された俺は、ベッドから起き上がり、制服に着替える。忘れずにスマホを持っていこうとしたところ、メールが届いた。
誰だろう? と確認したところ……リィリアちゃんだった。
いつの間にアドレスを。
「……うっ!」
届いたメールには、おはようございます。お兄ちゃんという短い文面に加え、写真が添付されていた。
開いて見ると、リィリアちゃんが何やら見たことのない制服姿で、ピースをしながら自撮りをしているものだった。さっきまで若干眠気があったが、それも全て吹き飛んでしまった。なんて威力だ……まさか狙って送ってきたのか?
「陽樹ー?」
「い、今いくよ!!」
と、とりあえず返事を。
……よし。
短いがおはよう、昨日はありがとうと打ち込み部屋を後にする。
・・・・
いつもなら湊が迎えに来てくれていた。けど、今日は……一人。まだ昨日のことが頭から離れないみたいだな。
玄関を出たらそこに湊がいるんじゃないかって思っている。
「大丈夫、大丈夫だ。今の俺には」
スマホのホーム画面に写るリィリアちゃんとのツーショット写真。彼女から元気付けられたおかげで、元気ハツラツなんだから。
もし、学校で二人と会っても大丈夫。
幸い、クラスが違うから会うとしても廊下ですれ違うぐらいだ。
「行ってきます!」
「元気出しなさいよ、陽樹! 失恋を乗り越えた時、人は一皮剥けるんだから!」
「おう! いや、というか失恋してないから!?」
「そうなの? だって明らかにあなたと湊ちゃんいい雰囲気だったからそうなんじゃないかって……」
母さんは、どうやら湊の母親から竜夜と付き合ったことを聞いたらしい。だから、昨日あれだけ心配していたんだろう。
俺と湊がてっきり付き合うとばかり思っていたら、他の人と付き合うことになり、それを知ったショックで非行に走ったのではって。危うく捜索願いを出すところだったようだ。
「確かに湊とは仲は良かったけど、それは幼馴染としてだから」
それに好きと言っても、恋愛ってところまでは……。
「あっ、じゃあもしかして昨夜一緒に居た子とかが恋人じゃないでしょうね? さすがにあの子と付き合うのは犯罪級よ?」
「ち、違うから! あの子は、俺を助けてくれた子で、そういう関係じゃないから! というか、いちいち恋愛方向に持っていこうとしないでほしいんだけど!?」
昨晩、リィリアちゃんと別れる時に母さんが飛び出してきて、ついでに挨拶を交わしたのだ。あの時の母さんはおかしかった。パッと見で外国人だと理解した瞬間、下手な英語で挨拶をしようとしていたっけ。
「それだけ、心配してるのよ」
「……ありがとう」
たく、急に真面目になるんだもんな。
「ほら! 早く行かないと遅刻しちゃうわよ!!」
「誰のせいだと……行ってきます!」
「いってらっしゃい!!」
母さんは、俺と二人の間にどんなことがあったのかを知らない。ただ竜夜と湊が付き合ったという事実だけを聞いただけ。
これ以上父さんや、母さんを心配させるわけにはいかない。
あの時のことは、俺の胸にしまっておこう。
・・・・
「おい……おいってば!」
「んあ?」
学校に無事登校し、二人と出会うことなく時間が過ぎていた。俺はいつも通り……とはいかないが、なんとか授業を受けている。
そして、昼食時になり一人寂しく母さんが作ってくれた弁当を食べていると、とある男子生徒が話しかけてきた。
「たく、やっぱり呆けてやがるな」
「なんだ、昂か」
話しかけてきたのは、受験の時に知り合ってから仲良くなった大塚昂。前髪をカチューシャで止めており、髪は茶色だが地毛らしい。
将来の夢は、ライトノベル作家らしく、俺とこいつはよく小説のネタなどを考えては、長々と話し合っている。高校に通うことになってからは、竜夜や湊よりは付き合いは長いかもしれない。
「なんだじゃねぇよ。おい、あの噂は本当なのか?」
「噂?」
「ああ。見たんだよ! お前の幼馴染二人が密着して歩いているところを! んでさ、噂になってんだよ。二人が付き合ってるってさ」
今日は見ていないけど、やっぱり学校でもくっついているのか。
竜夜は、性格があれだけど外見はいいし、バスケでも期待されている。もちろんファンだって居る。
湊も、同じだ。そんな二人が密着していたんだ。噂にもなるだろうな。俺は、返事を待っている昂に対して、短く答えた。
「ああ。本当だよ。昨日、本人達から聞いたから。付き合うことになったって」
「……じゃあ、あの手紙って」
昂は、その時一緒に居たので、呼び出しの手紙のことを知っている。誰にも知られないようにって書いてあったけど、いつもの調子で見てしまったのだ。
だから、昂もてっきり湊が俺に告白するんじゃないかってからかってきたっけな。ばつの悪そうな表情になった昂を見て、俺は。
「大丈夫だ。確かに、付き合うことを聞いた時は驚いたし、ショックを受けたけど。今の俺は、もう大丈夫だから」
「け、けどよ。わざわざ呼び出して付き合うことを教えたってことはお前を陥れる魂胆だったんだろ?」
まさに、だ。そんな俺の反応を見て、昂は拳を握り締め、胸に当ててくる。
「まあ、元気なら良いんだ。けど、無理はするなよ。付き合いはみじかいけど、俺はお前のダチだからな! 思う存分頼れ!」
「……ありがとう」
「そして、俺の将来のためにネタを一緒に考えてくれ! あっ、そうだ! 今日は一緒にアニメ鑑賞でもどうだ? どうせ、明日は休みなんだしよ。お前の家でナイトフィーバーと洒落こもうぜ!」
まったく、相変わらずうるさいな、こいつは。
「はいはい。それよりもさっさと食わないと時間がなくなるぞ?」
「おっと! そうだったな! あっ、お前の唐揚げおいしそうだな。一個くれ!」
「だめだ。俺の分がなくなるだろ」
「けちけちすんなよ。三つもあるじゃねぇか」
出会った時からやたらと馴れ馴れしくしてきたけど。このうるささが今では心地いいかもな。




