第6話「PM02:01」
「さて、この班もようやく全員揃ったのかな?」
入室記録でも見ているのだろうか。
デバイスの画面を見ながら、水田教授は話してくる。
ふと、確認している指を止め、水田教授は眉を潜めた。
と思ったら、あぁと何か思い当たったように声を漏らして続けた。
「1人足りないと思っていたけれど、その子は、少し遅れるみたいだね。
先ほど、遅延のメールが届いていたよ。
もう1人増えるけれど、仲良くしてあげてね」
さて、と水田教授は、少しだけ真顔になった。
「今回、君たちに話し合ってもらうお題を伝える前に、
この映像を見て欲しい」
と、そこで映像が切り替わった。
白い部屋の中に、パイプ椅子に、1人の女性が座っている。
年はそう若くなく、40代くらいだろうか。
表情は硬く、その顔は、少し緊張が走っているように見えた。
音声はなく、終始オイフォンが聞こえていた。
音声が無いというより、消されていたようだった。
女性は、画面外に居る誰かと話しているように見える。
時折、頷いたり、口が動いていた。
程なくして、その女性の腕、正確にはバングルにズームインされていった。
普段、僕たちは、バングルを隠すようにしているが、
この女性は、全く隠すことなく、堂々と晒していた。
しかし、プライバシーの観点からか、モザイク処理されており、
うっすらと赤く表示されているようにしか、僕たちには見えなかった。
しかし、しばらくすると、驚くことが起きた。
それは、まるで電流が走ったように、
それは、まるで稲妻が落ちたように、
それは、まるでノイズが走ったように、
ほんの一瞬だけ、
_________青く光ったのだ。
「えっ!? 今、青くなったすよ!?」
白黒が漏らした驚きの声が聞こえたか聞こえなかったか、
本当にその一瞬で、元の赤色に戻っていた。
少なからず、僕たち5人がいるこの部屋で驚嘆の空気が流れた。
それを指し示すかのように、全員が驚きのあまり、椅子から立ち上がった。
しかし、それもほんの僅かなことで、すぐに僕たちは、
平静を取り戻したかのように椅子に座った。
いくら、目の前で青くなったとはいえ、よく報じられていたことだ。
耳にタコができるほど、連日、特集が組まれていたため、
情報は耳にしていた。
「なるほど、今回のお題ってのはこれか……」
「どういうことよ、橙吾くん」
着席してどっしりと腰を沈めて、何かに気づいた橙吾に身を乗り出す翠。
しかし、橙吾はそれ以上何も言うことなく、沈黙を貫いた。
僕自身も何となく分かった。
あの青い光の表記は恐らく……。
考えを巡らせる前に、また映像が切り替わり、
先ほどの水田教授が映し出された。
「さて、今、見てもらったのは、僕の研究の一環のある映像です。
全員に察してもらっているようだけど、」
と、そこで水田教授が言葉を切り、
「《悪魔殺し》のメンバーと同じ《クローズ》と呼ばれる現象だよ」
《クローズ》。僕がレポートでも少し触れた事象。
映像を介したとはいえ、本物を目の前にしたのは初めてだった。
「この《クローズ》について、メディアでもよく取り上げられているし、
知らない人は少ないだろうから、簡単にしか説明しないよ」
と、そこでまた映像が切り替わる。
「現在、確認されているのは、《オープン》と《クローズ》、この二つだよ。
《オープン》が一般的なもので、LEが可変的なものだ。
対して《クローズ》は、確認している限り、LEが固定されるものらしい。
僕は、この新しい事象として出てきた、《クローズ》について研究しているよ」
LEの《オープン》と《クローズ》の大まかな説明の図示の次は、
《悪魔殺し》の暴挙の写真が表示された。何度見ても悲惨なものだ。
表示されている写真は、メディアでもよく取り上げられている代表的なものだ。
人々が自立思考型ロボットに暴力が行使されていて、
その前に警察機関が立ちはだかっている写真だ。
この時から、人々のロボットに対する見方が変わり、政策が見直された。
現在では、個人でロボットを制作することは禁止とされている。
何を目的にテロを起こしていたのかは、不明。
ネット上には様々な憶測が飛び交っているけど、
どれも根も葉もない噂程度でしか無かった。
「この《クローズ》は、ちょうど一年ほど前かな?
あの《悪魔殺し》と名乗るテロ集団の一部の人間のLEが
青く表示されていたことから、発見されたんだ」
「はい、質問があるっす」
白黒が挙手をし、水田教授がそれを、どうぞと促す。
「LEは、確か人工知能さんが算出して、ワタシたちに
その情報を送信しているんすよね?
なら、その人工知能さんに《クローズ》のことを
聞いてみるのが早いんじゃないすか?」
「うん、いい質問だね。僕も同じことを考えて、政府に問い合わせたよ」
だけど、聞くことは叶わなかった。
そう、水田教授は続けた。
「どうやら、政府も完全に把握しきれていないみたいだったよ。
現在、調査中らしく、バグとして、処理しているようだよ」
「で、そのバグを意図的に起こさせることが可能ってわけか」
やはり、それが今回のテーマになるんだろう。
橙吾も気づいていたみたいだ。
「そう。僕は、研究の一環で、《クローズ》を引き起こすことが出来た。
これは、政府にも成果として提出したものだから、安心してもらっていいよ。
さて、今回、君たちに話してもらいたいテーマはこちらだよ!」
場違いなファンファーレ音と共に、画面上にでかでかと表示されていた。
「……《クローズ》を引き起こす要因?」
楓真が、その表示された文字を読み上げる。
「うん、先ほど見てもらった映像の通り、僕は、あることを行なって、
彼女のLEを一瞬、青く表示させることができた。
そのあることとは何かを君たちに当ててもらいたいんだ。
ちなみに言っておくけど、あの後、
ちゃんとLEを向上させる理論をご説明して、
そのまませずに、前よりもLEが伸びたからね」
水田教授は、少しばかり胸を張った。
さらっと言ったけれど、なかなか出来ることじゃない。
端的に言えば、被験者の命の時間を伸ばしたのだから。
理論の説明をするだけで、LEが長くなるのは確かにすごい。
ひゅーっと、隣で橙吾が口笛を吹く。
「じゃあ、課題も発表したことだし、皆で話し合ってもらおうかな。
他の班の人たちの所も回りながら、また君たちのところにも行くねー」
と言って、そこで画面がブラックアウトした。
それと同時に、カーテンが自動的に開き、
開放感に似た明順応を感じた。
「さて、それじゃあ、ちょっとずつ話し合うかー。
と言っても、すぐ思いつくわけじゃないし、
あともう1人もくるんだったよな?
何かつまみながら、ゆっくり進めようぜー」
橙吾がすっと立ち上がり、コーヒーメーカーの方に歩み寄っていった。
「それもそうね……。正直、私は今のところ、思いつかないわ」
「そうだね。2人も何か飲む?」
翠と僕も橙吾の後に続き、後ろで座っている楓真と白黒に尋ねる。
「あ、自分は、皆さんが来るまで、ゲームやりながら、
がぶがぶ飲ませていただいたんで大丈夫っす」
「じゃあ、俺は頂こうかな……。何が置いてあるんだ?」
「えーっと……、大和だっけ?下の名前はどうやって書くんだ?」
「木に風の楓に真偽の真で、楓真。普通にカズマって呼んでくれ」
「オーケー、カズマ。ところで、カズマは何飲むよ?
牛乳? もしくは、ミルクにする? それとも酪漿? 」
「お前、トーゴとか言ったっけ?
最後の何か分からないけど、絶対牛乳のことだろ?
まぁ好きだからいいけど……。ところで置いてあんの?」
「ああ、ここにあるぞ」
と、隣の橙吾が指さした先にあるのは、ポーションカップの山。
「って、コーヒーフレッシュじゃん……。そんなのじゃ、少ししか飲めないよ……」
「いやいや。これを全部入れたら一杯分のミルクにはなるんじゃないか?」
「それに、乳糖不耐症の人も飲めるわよ」
「翠ちゃんも、何でそんなに乗り気なんだ……」
一通り、和気藹々とし、席に着いて、橙吾が切り出して、話し合い始めた。
「まずさ、《クローズ》が起きた要因を考えればいいんじゃないか?」
「そうだよなー、引き起こす要因と関係はしてくるよなー」
「えっと、《クローズ》が起きた要因、と……」
ホワイトボードに几帳面な字で翠が書く。
「あのー、自分、世間には疎いので、あんまりよく分からないんすけど、
《クローズ》って《悪魔殺し》が引き起こしたんじゃないんすか?」
「うーん、そういうわけじゃないと思うよ。
レポート書くために少し調べたんだけど……」
白黒の疑問に、僕は答えるように、資料ファイルを展開する。
「この統計は、《悪魔殺し》の後に取ったアンケートの結果らしいんだけど、
どうやら、全人口に比べて限りなく低い数だけど、《クローズ》の人は居たみたいなんだ」
「実際には……、150人? これって多いの、少ないの?」
翠が当然の疑問を呈する。
「少ないとは思う。けど、アンケートだけだから、本当はもう少し居るんじゃないかな?」
「あと、噂だけど、確か増えていくんだろ?その人と話したりしたら、増えるみたいな」
白黒を除く、3人が楓真の言葉に頷く。
「あ、あれ?それって結構有名な話なんすか?自分、プログラムしか興味なかったもので……」
たはは……、と申し訳なそうに笑う。
「まぁ、なんだ。さっきの話に戻すけど、《悪魔殺し》の以前から
《クローズ》はあったかもしれない。
けど、現状では、それの要因は分からないってところだな」
キュキュッと、翠が
・悪魔殺し ・他にも要因あり? と書いてくれている。
コーヒーに5本目となるシュガースティックを注ぎ込む。
今から、糖分を摂取しておかないと、大変になりそうだ。
コーヒーの香りが、鼻腔をくすぐる。
話し合いは、まだ始まったばかりだ。