1 赤の錬金薬
突如引き起こったサーバーの不調による全面メンテナンスにより、一週間ほどログインはできなかった。
メンテナンスが終了し、ログインが可能になり、僕達は城下町の罪人の楽園亭で今後の対応を話し合っていた。
「カリバーンがAIだった……なんて、ねえ」
アユミールが呟いた。
カリバーンの突然の戦線離脱はゲーム内に大きな影響を与えた。
黄昏の騎士団は空中分解同然だった。
大小さまざまなチームやギルドに影響を与えた。これを期に一気に上位に躍り出ようとする連中も少なからずいた。
サーバーの不調が出たものの、ウィザードブレードの大規模なアップデートの予定はない。
運営側はゲームクリア者が出た時、ゲームを一旦終了し、2ndシーズンに突入するようだ。
「カリバーンの正体、ネットでバラしちゃおっか」
アユミールがとんでもないことを言い出す。
「危険な行為だ。アイテムの神の機嫌を損ねると今後のゲームに影響する」
クロムは冷静に言う。
「そ、だね」
さすがに軽率な発言と思ったのか、アユミールはすぐに引っ込めた。
「メリクリウスの闇アイテム使用に関してはどうする……?」
「警戒させるだけだと思うし、裏マップ内の出来事だからな。証拠が無い」
「泳がすという手もある……か」
「メリクリウスがやっぱりコンプリーターなんでしょうか……?」
ミナも同じ事を考えていたらしい。
「……さあな。だがカリバーン無き今、メリクリウス一派が我々を今度は仮想敵と考えるのは必然だろう。注意するのにこしたことはない」
「でも、なぜカリバーン――AIがプレイヤーのふりを……?」
僕はみんなの意見を訊きたくて尋ねた。
「その方がゲームが混迷するから……? 何せ一千万の賞金が掛かってるし、ね。アイテムの数量だって規制してたんでしょう……?」
「それだけではないだろう」
クロムが言い放った。
「ソウルアーカイバ計画……だったか。俺なりに調べてみた」
クロムに僕達の注目が一気に集まる。
「このゲームを運営しているのはテンペスト社だが、魂読込の技術を提供しているのが、ライフジェネティックス社――米国のゲノムインフォマティックス会社だ。そして、テンペスト社の大元にして筆頭株主が伝報堂になる」
「伝報堂……?」
僕は聞き返す。
「日本最大の広告代理店だ。君たちも聞いたことがあるだろう……?」
僕達は一様に頷く。
「テンペスト社は伝報堂が100パーセント出資している子会社だ。そして、このゲームの舞台、シミュレーテッドリアティ型仮想空間のベースになったのが、仮想世界シュミラクラ。シュミラクラは伝報堂の社運をかけた企画立案プロジェクトでもある――」
「そう言えば、シュミラクラはマーケティングリサーチの為に作られたって、カリバーンが言ってました……」
僕の言葉に、クロムは頷く。
「シュミラクラがマーケティングリサーチの為の仮想空間ならば、ウィザードブレードはいわば生物統計学情報のリサーチ空間なのかもしれない……。バイオメトリックス関連の個人情報は広大な金脈だ。遺伝子情報学と融合させれば莫大な金を生むのは眼に見えている。巨大情報複合企業体の伝報堂ならばやりかねない――」
同じ業界人であるにも拘らず、クロムの言葉は伝報堂に対してのいい印象を持っていないようだった。仕事上で何かあったのかもしれない。
「テンペスト社自体あまりいいうわさは聞かないわよね。ブラック企業だって噂もあるし、賞金の一千万だって、税金対策だって……」
アユミールが言う。
確かにそうだった。あまりそういう噂は気にしないほうだが、確かにネットでは悪評が渦巻いている。
客寄せの為の賞金により、重要な情報を奪われているとしたら、吊りあわないだろう。
「いずれにしろ、連中にとって見ればはした金ってことだな」
僕は嫌悪感で一杯になっていた。
「クロムさんはそれを知りながらプレイしてるんですか……?」
ミナがクロムに尋ねる。
「俺もゲームには眼が無いんでね。それに流行のものを把握しておくのは広告屋として当然の行為だろ」
クロムの言葉はもっともだった。
「話は変るが、君のジョブスキルの方は……?」
クロムが尋ねると、「大丈夫でした」と僕は答えた。
仲間から安堵の息が漏れる。
「……超レアスキルを失わずに済んだな」
僕の指にはウロボロスリングが誇らしげに輝いている。
力を失った指輪は、防御値を多少上げるくらいの価値しかないが、お守り代わりにつけている。だが、希少等級値はSA級のままだった。
「……みんなに報告があるの」
ミナが神妙な顔で切り出してきた。
一つのアイテムをテーブルに出す。
小瓶のようなアイテムだった。瓶には、赤い液体が入っている。
「これって……!?」
アユミールが驚きの声を上げた。
「赤の錬金薬……か!」
クロムの声も上ずっている。
「托身体のチェックをしていたら、アイテムリストに入ってたんです」
「どういうこと……? っていうか、なんでわたしじゃないの……!?」
「……怒る事はそこかよ」
クロムは呆れたように言う。
「……くっそー、女子高生好きか……。AIの分際で……!!」
「……まだ続きます? この話」
僕も多少ウンザリしていた。
カリバーンは約束を守ったのだ。
「本物なのか……?」
クロムはアユミールを無視し、話を進める。
「――間違いないと思います。ナンバーに偽造防止用の電子刻印があったから」
ミナは自信ありげに言う。
「君が言うならそうだろうな」
クロムの言うとおり、ミナの鑑定眼に関しては、パーティー内随一だ。
「シリアルナンバーは……?」
「五桁、ただし末尾が一で、後は全部ゼロ――」
「つまり……」
「全サーバーで一個か」
「カリバーンは、サーバーの不具合を利用して、僕達に託した……?」
「アイテムの神だからな、何でもできるだろう。とんだ乱数固定だな、いやこれは裏技という言い方が正しいか――」
論理規定三項に触れない程度に、カリバーンは僕達にレアアイテムを託した。
AIたちはクリアを急がせているように思えてならない。
何故だ……?
「鑑定には出していないだろうな……?」
「はい。違法プレイヤー達が群がってくるのは嫌だったんで」
「……賢明な対応だな。これで三つのアイテムを合成すれば、両性具有神の聖剣が手に入る、か……」
「早速合成する?」
アユミールの言葉に「……いや」とクロムが止めに入る。
「不確定要素が多すぎる。合成はまだ待ったほうがいい――」
「でも――」
「成功率も分からない状況で、危険すぎる。これだけ乱数に支配された世界だ。何か情報が入ってからでも遅くは無いだろう」
「賛成です」
僕が同意すると、ミナも「わたしも」と手を上げた。
「白光の法剣だけでも作っておいた方が……。あれは失敗はほとんど無いんでしょう……?」
アユミールが食い下がると、僕は「必要ないと思います」と答えた。
「何故だ……?」
クロムが尋ねてきた。
「趣味じゃないんで」
僕の発言に皆一様に怪訝な顔をした。