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2 ワイヤーフレームダンジョンへの遭難

 ワイヤーフレームのダンジョンといういつもとは違う仮想現実で、僕達は立ち往生していた。

 安っぽいパーティションで区切られたような世界だった。

 托身体の感覚データの入出力が少ない。

 閉じ込められ、すでに一時間が経過している。

 みんな落ち着かないのか、迷宮内をうろうろしたり、行ったり来たりしている。

 エネミーが出てこないのが唯一の救いだった。

「……不味いな」

 クロムは呟いた。

「このままでは、エクスペリエンスが俺達の異常を察知し、強制終了する恐れがあるぞ」

「……だね」

 アユミールが憂鬱そうに言う。

 魂読込では、映画や漫画のように永遠に仮想現実に閉じ込められるような危険性はまず無い。

 尿酸値や精神的疲労度が高まると、エクスペリエンスが警告を発し、従わない場合は安全機能が働くようになっている。

 永遠にワイヤーフレームの迷宮を彷徨うわけではないが、当然セーブポイントまで引き戻され、獲得利得を失ってしまう。

「そうなれば、今回の戦闘データは全て吹っ飛ぶ。……最初からやり直しだ」

「……冗談じゃないよ、もう……」

 アユミールが頭をかきむしる。

 強敵にリスクを背負って止めを刺した身としては、なおさらやり切れないだろう。

「……まさかここが異世界ってわけじゃないわよね」

「それはさすがに無いだろう」

 アユミールの冗談に、クロムは少しも笑わなかった。

「……ゴメンなさい」

 ミナがポロポロ涙をこぼしながら、謝る。

「……別にアンタが悪いわけじゃないでしょ……? サーバー上のトラブルかなんかよ、多分。だからメソメソしなさんな」

 アユミールがミナを抱きしめ、優しくフォローする。

 戦いの前はあれほどいがみ合っていたのに、今はまるで姉と妹のようだ。

 不謹慎だが、ミナの泣き顔も可愛かった。

「GMコールの方は……?」

 クロムの言葉に、僕は現実に引き戻された。

「ずっと続けてるんですが、応答が無くて……」

 僕は何度もGMコールを試みていた。

 以前といい、今回といい、まったく役に立たない機能である。

 今回ばかりはレビスも助けに来てくれないだろう。

「……少し落ち着きたまえ。今、連れの暗殺士にこのダンジョン内を調べさせている」

 カリバーンだけがこの事態に慌てる事は無かった。

 あくまで冷静で腕を組み、床に座っている。

 床といっても重力設定されただけのただの地面だ。

「ミナ、君のマッピング能力は……?」

 クロムがミナに尋ねる。

「それが何も感じなくて……」

 魔導司祭の能力を使用できないというのも、ミナを追い詰める理由でもあった。

「……無駄だろうな」

 カリバーンは立ち上がると、近くの壁に拳を思いっきり叩き付けた。

 壁が衝撃音を発することは無かった。

「……壁を叩いても音がしない。こちらも痛みがない。辛うじて触覚という感覚があるだけだ……感覚情報の入出力が極端に落ちている。アフォーダンスがほぼ存在しない世界なのだろう」

「アフォーダンス……?」

 またわけの分からない用語に、僕は戸惑う。

「行為者とモノとの物理的な行為の関係性を示す客観的な事実……簡単に言えば、環境がもたらす情報のことだ」

「わかります……?」 

 僕はパーティー一の知性派であるクロノに尋ねた。

「仮想オブジェクトからの情報交換が為されていない……そういうことだろうな」

 クロムの言葉に、僕はなんとなく理解した。

「ここはいわば、ゲーム開発用の試作仮想空間か、セネトの無限迷宮の基礎フレーム……いわば、骨組みだけの世界だ。エネミーやプレイヤーのデータを調整入手する為のな。どうやら、サーバー上に格納されているデータにログインしてしまったようだ」

 カリバーンの説明に、僕はなぜか安心を得ていた。

 じたばたしても仕方が無い。

 今は待つしかない。

 僕はアイテムボックスから白光の法剣を出すと、カリバーンへ近づく。

「……とりあえず剣をお返しします。何が起こるか分かりませんから」

「試しに装備してみるかね」

「えっ? いいんですか……?」

「構わんよ」

 カリバーンの好意に、僕は虚空皇の剣を外し、白光の法剣へ装備変えする。

 その途端、ディメンジョンブレードの追加スロットが托身体から消え去った。

 僕は鞘から白光の法剣を抜いた。

 美しい剣だった。

 黒の剣は漂白され、美しい白銀の刀身を煌かせている。

 剣のステータスを見ても、攻撃力は虚空皇の剣を上回っていて、魔法剣の成功率や威力も引き上がるようだ。

 しかし、追加スロットは存在しなかった。

 僕はそのことにひどく失望感を覚えた。

「……あまり、気に入らないような」

 カリバーンが笑う。

「……そ、そういう訳では」

 顔には出さないように努めたのに、心のうちを見抜かれ、僕は慌てて誤魔化した。

 僕は剣を鞘に収め、装備を虚空皇の剣に戻すと、カリバーンに返した。

 カリバーンが装備を終えると、ちょうど暗殺士が戻ってきた。

 暗殺士はカリバーンに近づき、耳打ちする。

「――そうか」

 カリバーンは納得がいったように言った。

「何か分かったの……?」

 アユミールが尋ねてきた。

「迷宮の構造が一二〇階とまったく同じらしい。やはり、何らかの理由でサーバーの方で不具合が生じ、開発者用モードが誤作動したのだろう」

「デバックモードか何かって事か……?」

 クロノの言葉に、「おそらく」とカリバーンと答えた。

 カリバーンは突然、反対側に身体を向けた。

「……誰かこの世界に侵入してきたようだ」

 僕達はカリバーンの視線の方向を一斉に見る。

 訪れた意外な人物だった。

 メリクリウスだった。

「どうしてここに……?」

 カリバーンはメリクリウスに問いただす。

「サーバーが不調になり、デバックモードの裏マップに迷い込んだプレイヤーを運営側に手助けするよう依頼されてね……この空間は一二〇階からしか進入できないらしい。君たちの噂を聞きつけ、我々も直ちに動き、後を追っていたところ、こういう事態になり、私が代表でここに駆けつけた……という訳だ。現在一二〇階まで到達しているプレイヤーはほとんどいないからね」

「……本当かしら」

 アユミールは小声で、クロムに言った。

 メリクリウスの視線が向けられると、アユミールは気まずそうな顔になった。

 僕もその点が引っかかっていた。

 目の前のプレイヤーはそれほど善人ではないはずだ。

 運営側と何か密約があったのかもしれない。

 そして、メリクリウスはインサニティー・ロードを攻略したのだろうか……?

「我々をずっと監視していたのか……?」

 カリバーンはメリクリウスに尋ねていた。

 メリクリウスは薄く笑う。

「……ああ、競合グループの動向に眼を光らせるのは当然だろう。インサニティーロードの攻略となれば、尚の事だ」 

「ご苦労なことだ」

 皮肉にも似た言葉が、カリバーンの口から出る。

「もう少しで、この事態は解消される予定だ。それまで待って欲しいとのことだ」

 メリクリウスの言葉に、僕達は安堵する。

 ミナにも笑顔が戻っていた。やはり僕の最大の関心事はミナだった。

「カリバーン、いい機会だ。少し話をしたい……」

 メリクリウスが声をかけた。

「……なんだ? 改まって」

 いつしかメリクリウスとカリバーンの間に緊張感が高まっていた。

「……赤の錬金薬に関してだ」

 メリクリウスの言葉に、僕達も反応する。

 赤の錬金薬に関する情報は僕達も欲していた。

「赤の錬金薬は、情報ばかりが氾濫し、誰も入手していないのが現状だ。その存在を疑うものすらいる」

 メリクリウスは僕を見る。このアイテム欲しさの視線は慣れることが無い。

「ウロボロスリングに関しても出現は確認されているが、出現率が一桁を切っている。スキル体得はそれ以下だ」

「……それが?」

「運営側は明らかに出し渋っている。君はどう思うか、攻略チームの代表者として、意見をお聞かせ願いたい。それとも何か情報を持っていないか?」

「……さあな。私の預かり知らぬところだ」

「それとも、君は赤の錬金薬はもう入手済みか……?」

「……いいや、まだだ。残念だがな」

「そんなことは無いだろう。君はもう入手済みだ。いや、その気になればいつでも入手できるかな?」

「何が言いたい……?」

 まさかコンプリーターの正体がカリバーンなのだろうか?

 しかし、メリクリウスは意外なことを言った。

「カリバーン、君は実はAIである、ということさ。聖人という呼び方のほうが正しいかな……?」

 メリクリウスの言葉に、カリバーンの顔色が変わる。

「……やっぱり、そうか」

 メリクリウスの唇から笑いが漏れた。

「聖人カリバーン――プレイヤー側の宇宙の均衡(ユニバース・バランス)を司るAI。そうだな……?」

「……うっそ!?」

 アユミールが驚きの声を上げる。

「カリバーンさんが……!?」

 僕も思わず声を上げる。 

 カリバーンがAIという事実は衝撃的だった。

 僕達メンバーの間にも動揺の波が伝わっていく。

「プレイヤーの脳力値の管理に、不正行為などのチート対策、そして、アイテムおよびジョブスキルの出現管理……。いわば、お前はこのゲーム世界におけるアイテムの神――」

 メリクリウスは説明を続ける。先程まで敬意を払っていたのに、AIと分かった途端、お前呼ばわりになっている。

「魔法剣フィロソフィー・ブレードで、ピンときた。あの場で技を披露したのは、どういう意図があるのか知らんがな……」

 カリバーンは黙ってメリクリウスを見ていた。

 言い訳も反論もまったくしない。

 メリクリウスの言葉を認めるということだろうか。

「赤の錬金薬に限らず、ウロボロスリングなどのレアアイテムなどは、お前に干渉すれば、タイムテーブルおよびアイテム出現に大きく左右するな……」

 メリクリウスが何故この空間に来たのか

「本気か……?」

 カリバーンがようやく口を開く。

「お前が一人になるチャンスをずっと待っていた……。いつも取り巻き連中に囲まれ、お前に近づく事は出来なかったからな。しかし、黄金の騎士団もAIにいいように使われていたとは……哀れな連中だ」

 メリクリウスは蔑むように笑う。

「カリバーン、いやお前達聖人の目的は何だ……?」

「――さて」

 カリバーンは惚ける。

 あまりにも自然な行いだった。

 彼がAIなど俄かには信じがたい。

「ソウル・アーカイバ計画に関することだな……?」

 メリクリウスの言葉に、僕は反応する。

「……何故ソウルアーカイバ計画を知っている?」

 カリバーンが聞き返すと、メリクリウスは鼻で笑う。

「お前達AIは一体何をしようとしている……? ソウルアーカイバ計画をどうする気だ……? 運営側に不利益な真似でもしようとしているのか?」

 カリバーンとメリクリウスが核心を避けるような不明瞭な会話が続く。

 僕も名前ばかりで、その概要すら分からない。

「……考えすぎだ。あくまで、プレイヤーの精神状態や健康管理の維持の為だ。私の仕事であり、魂読込型ゲームとしては当然の業務行為だ。それは運営側の利益にも繋がっていく」

「お前達が最も欲してるデータがナーヴァスだとしてもか……?」

 ナーヴァスという言葉に、僕達は互いの顔を見る。

「聖人はナーヴァスに異常なほど関心を示している。これは立派な特定プレイヤーへの優遇措置であり、過干渉行為だ」

「行動規範には抵触していない。優れたプレイヤーがゲームを有利に進めるのは、当然のことだろう……? それをチート扱いするのはひがみ以外の何者でもない」

「ゲームの上手い人間と下手な人間の格差を調節する事をゲームバランスというんじゃないのか?」

「ナーヴァスは仮想現実という新たな特殊環境に適応進化した存在……特殊な才能を持つ者たちを救い上げ、保全に務めるのは、知的活動体の端くれとしてとして当然の行為だ。それは結果、ゲームバランスの維持にもなる。しかし、才能がプログラムやルールの意図を超えることはままあることだ。それを人は感動と呼ぶのではないのかね……?」

「知ったようなことを言うな……!!」

 メリクリウスは激昂した。

 明らかに機械に舐められていることに苛立っている。

「拡大解釈と曲解による生存戦略――論理規定三項の行動規範に抵触しない術を探して、模索し、抜け道(ループホール)を探し出す――。それを違法行為というんだ……!!」

 メリクリウスの怒りは止まらない。

創発エマージェンス行為はある程度認められている。違法でも暴走行為でもない。チューリング基準範囲内だ」

 カリバーンとメリクリウスの論争は、水掛け論そのものだ。

 人間と機械の相克を見せられているような気がした。

「ご不満なようならば、聖人の権限で、ここでSⅴSで雌雄を決するか……?」

 カリバーンがメリクリウスに誘いを掛けた。

「馬脚をあらわしたな……!!」

 メリクリウスの言葉に、カリバーンは笑う。

「ここのシステムはすでに解析済みだ。お前が能力および人格を兼ね備えたプレイヤーならば、特例により出現条件および擬似関数に干渉し、希望のアイテム発生を認めてもいい」

「……AIの分際で!」

「コンバットフィールド圏内……! 戦闘状態に突入……!!」

 ミナの言葉に、パーティー間に緊張が走る。

 カリバーンの意図が読めない。何をするつもりなのだろうか。

 それとも、彼にとって僕達も結局は敵でしかないのか……!?

 暗殺士が奥に下がる。

「私も訊こう。お前こそ何者だ……?」

 カリバーンはメリクリウスに尋ねた。メリクリウスが明言を避ける。

「この世界は、お前の仕業か……?」

 メリクリウスは「答える必要は無い!!」と吐き捨てると、突然カリバーンが火柱に包まれた。

 剣と魔法の戦いになる、と僕は予感した。

 メリクリウスは攻撃を繰り出しながら、距離をとると、自らに補助魔法を掛ける。

 防御力を引き上げる魔法であった。

 さらに、別の魔法を仕掛ける。

 周囲に霧を張り、攻撃の命中率を下げる魔法であった。

 近接攻撃を掛けたカリバーンの剣が空を切る。

 再び、カリバーンが炎に襲い掛かる。

 メリクリウスは攻撃の手を緩めない。

 メリクリウスが放ったのは弱体化攻撃だった。

 防御力を下げる効果を持つ魔法である。

 地味だが、魔法を知り尽くした者の戦い方だった。

 僕は間違っていた。

 剣と魔法の戦いではない。

 剣と飛び道具の戦いだった。

 メリクリウスはシークレット魔法などの強力な魔法を使用しない。時間を費やすような魔法を放つならば、短時間で繰り出せる魔法を放った方がずっと効果的だった。

 そもそもプレイヤーはエネミーのように魔法耐久率というものは存在しない。

 魔法を放てば放つほど、面白いように効く。

 カリバーンも魔法で応戦する。

 しかし、魔法の腕はメリクリウスのほうが上だった。

 間断なく続くメリクリウスの魔法攻撃に、カリバーンは手を出せないでいた。 

 メリクリウスがついに勝負を掛けた。

 手を頭上に掲げると、魔法触媒が形成されていく。

 <核爆>の魔法だった。

 メリクリウスは魔法触媒をカリバーンに向けて撃った。 

 触媒が着弾する寸前、カリバーンは火球を放ち、触媒を狙撃した。

 衝撃により触媒が反応し、<核爆>は的を大きく外して爆発した。

 カリバーンはメリクリウスの魔法に耐えながら、魔法触媒系の魔法を使用する瞬間をずっと待っていたのだ。

 強力な魔法の使用直後に出来た隙を、カリバーンは見逃さなかった。

 カリバーンは魔法剣を発動していた。

 両性具有神が降臨すると、白光の法剣の切先の上に浮かぶのは、なんと魔法触媒だった。

「……<核爆ニュークリア・バースト>!?」

 アユミールが驚きの声を上げる。

 カリバーンから放たれた爆炎の剣圧がメリクリウスを飲み込む。 

 メリクリウスは焼かれながら、大きく吹き飛ばされた。

 打撃と魔法の二重攻撃はメリクリウスを完膚なきまでに敗り去った。

「核爆の魔法剣だと……!? プレッシャーブレードなどの連続攻撃ではないのか!?」

 クロムは僕の方を見ながら言った。

 僕自身まったく訳が分からない。

 フィロソフィー・ブレードとは、一体どういう魔法剣なのか……?

 戦いは終了していた。

 カリバーンは剣を抜身のまま、床に這い蹲るメリクリウスをじっと見ていた。

 旗色が悪いと悟ったのか、メリクリウスはアイテムを取り出す。

 僕は闇アイテムだと、すぐに看破した。

「気をつけろ!!」

 クロムがカリバーンに注意を促す。

 闇アイテムは砕け散ると、メリクリウスの姿が煙のように消えた。

「さて……」

 カリバーンは僕達の方を向く。

「改めて名乗ろう。我が真の名は、聖人セイント 魔術師メイガスカリバーン――」

 カリバーンは聖人であるとはっきり名乗った。

魔術師メイガス――最高位たる第三団サード・オーダーに属する存在。領域は肉体を持ったものには到達不可能とされる階位。神秘学に通じた賢者。聖職者であり、占星術師であり、治療師であり、錬金術師である魔術師の中の魔術師――」

 魔術師カリバーン――最高の防具や技を持っている理由が、僕にはようやく分かった。

「魔術師……聖人。本当にAIなのね、あなた――」

 アユミールの問いに、カリバーンは「その通りだ」と認めた。

「……確か、タロットにおいてナンバー1のカードだったな?」

 クロムの言葉に、カリバーンは頷く。

「……注意して。カリバーンがエネミーとして認識されてる……!」

 ミナが警告を発する。

 戦闘領域圏内――目の前のNPCはもはや聖人ではなく、エネミーだった。

 カリバーンのエネミーネームが<ブレード・マスター>となっている。

 本物だった。

 ワイヤーフレームダンジョンといういつもとは勝手の違う仮想環境で、戦闘システムだけが正常に機能している。

 そのことがもはや異常だった。

 カリバーンは白光の法剣を鞘から抜いている。

「ここで逃げるっていう選択は……?」

 僕は情けない発言をした。しかし、彼と直接戦う理由は無かった。

「――可能だ。だが、赤の練金薬は永遠に手に入らない」

 カリバーンの言葉に、全員が固まる。

「運営側の意向を受けて、レアアイテムの大量放出は現在制限している。しかし、乱数調整によるレアアイテムの出現……グレーゾーンの技だが、不正ではない。今をおいて、それは叶わぬぞ」

「あんたを倒せば、手に入るの……?」

 アユミールが尋ねた。

「約束しよう」

 カリバーンははっきりと言った。

「両性具有神の聖剣――グルダーニを倒しうる唯一の武器だ」

 カリバーンは僕を見る。

「黒の剣に白の皇錫、赤の練金薬、そしてウロボロスリング……。どれが欠けてもゲームクリアは難しい。さらに哲学者の剣フィロソフィーブレード――究極の魔法剣を習得しなければならない。グルダーニの戦闘において唯一有効な魔法剣だ」

「一割を切ってるんだろう……。無意味だな」

 クロノは吐き捨てるように言う。

「だからこそ戦う意味がある」

 カリバーンが指を鳴らすと、隣にいた暗殺士が消失した。

 カリバーンが操作していたエージェントのようだ。

 分身という言い方が正しいかもしれない。

「俺たち四人を相手にするつもりか? ……舐められたものだな」

 クロムが毒づく。

「……先程と同じと思わない方がいい。魔導司祭の娘がエネミーと認識されたと言ってなかったか……? 残念だが、設定は変更されている。当然、エネミーの持つさまざまな特性も有している。そのほうがお互い思いっきり戦えるだろう……? 」

 カリバーンの言葉に、緊張が走る。

 もはやプレイヤー・カリバーンはそこに存在しない。

 エネミー・カリバーンだった。

「こんなデバックモードの状態で何をしろと……!?」

 アユミールの抗議にも似た声に、カリバーンは剣を掲げた。

 光が降り注ぎ、資源が満ちていくのを感じた。

 以前レビスが施した処置と同じものだった。

「――君達の資源は元の値に戻した。精神状態も可能な限り、平常値に調整してある。これでハンデは無いはずだ」

「もう一つ聞かせて」

 アユミールが尋ねてきた。

「コンプリーターの正体は……? あなた見当はついているんじゃない……?」

 アユミールの鋭い指摘に、カリバーンは眼を伏せる。AIとは思えぬほど、悲しい表情だった。

「……我々AIは人間の不利益になるようなことは答えられない。すまないな」

 それは犯人が人間であることを示唆していた。

 やはりコンプリーターの正体は人間なのだろうか……?

 例えば、メリクリウス――。

 そんなことはどうでもいい。今は、戦いに集中するべきだった。

「……戦うしかなさそうだな」

 クロムの言葉に、「ええ」と僕は同意する。

「……リングの情報も聞けずじまい。結局いいように利用されたわね……百倍にして返してあげるわ!」

 アユミールは凄む。

「絶対に勝つんだから……!!」

 そう言うミナもカリバーンを睨んでいる。泣いた分だけ、感情が怒りに転化している。

 僕達は攻撃陣形を取る。

 カリバーンは口に笑みを浮かべると、「さあ、こい……!」と僕達をけし掛けた。

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