最高の誕生日プレゼント
土曜日、ついに俺と陽葵、そして結奈が会う当日になってしまった。
待ち合わせの場所は、家の近所にあるファミリーレストラン。ランチを兼ねて、三人でそこで顔を合わせることに決まっていた。
「……ふぅ。よし」
自分の部屋のベッドに腰掛けたまま、俺は何度も深呼吸を繰り返していた。まだ着替えていないというのに、朝からそわそわして、まったく落ち着かないのだ。
会ってほしい人がいると陽葵に切り出したあの夜から今日まで、陽葵は特に普段と変わらない様子で日々を過ごしていた。14歳の中学2年生という多感な時期だ。内心では俺の事や、見知らぬ若い女性との顔合わせについてどう思っているのだろう。考えれば考えるほど、俺の胃はキリキリと痛み出す。
リビングへ出ると、すでに準備を終えた陽葵がソファに座っていた。
服装はいつも通りのカジュアルなものだったが、その胸元には、俺があげたネックレスが、きらりと上品に光っていた。
「お父さん。もう時間じゃない?早く着替えたら?」
時計を見上げながら、陽葵がいつものトーンで声をかけてくる。
「あ、ああ、そうだな。すぐ着替えてくる」
焦って自分の部屋に引き返し、俺はクローゼットを開けた。
悩んだ末に、ちょっとカジュアルだけどよそ行きの、ビシッとした清潔感のある服装を選んで身にまとった。
(考えてもしょうがない。なるようにしかならないんだから、どっしり構えておかないとな……!)
自分にそう言い聞かせて鏡の前で服を整えたとき、ポケットのスマホがブルッと震えた。結奈からのメッセージだ。
『大地さんお疲れ様!これからファミレスに向かうね!』
俺も急いで指を動かし、返信を打ち込む。
『わかった。俺たちももう少ししたら家を出て向かうよ』
部屋を出て、リビングにいる陽葵に向かって「よし、行こうか」と声をかける。
陽葵はスマホをいじりながら、「わかったー」と短く答えて玄関に行き靴を履き始めた。その横顔からは、緊張している様子はこれっぽっちも感じられなかった。
それから約30分後。
俺と陽葵は予定通り目的のファミリーレストランへと到着した。
ちょうど自動ドアをくぐる直前、結奈から『もう到着して、中で待ってるよ!』と連絡が入る。
「……よし、入るぞ」
俺が少し身構えながらドアを開けると、すぐに店員さんがやってきた。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「あ、待ち合わせなんです。先に連れが中に入っていまして……」
店員さんにそう告げて、案内されるままに店内の奥へと進んでいく。
お昼時でそこそこ賑わう店内の、少し奥まったテーブル席。そこに、結奈が座っていた。俺たちの姿を見つけると、彼女はぱっと表情を輝かせて、小さく手を振った。
「悪いな、結奈。待たせたか?」
俺が声をかけながらテーブルの横に立つ。
「ううん、大丈夫!全然待ってないよ。……そちらが陽葵さんね。さあさあ、とりあえず座って!」
結奈は満面の笑みを浮かべ、向かいの席を促した。
「はい」
陽葵は小さく一礼して、結奈の正面にあたるソファー席へと腰を下ろした。
よし、じゃあ俺は陽葵の隣に……と思って座ろうとした、その時。
「ちょっとお父さん、こっちじゃないでしょ」
陽葵にピシャリと言われ、服の裾を引っ張られた。
「えっ?」
「お父さんは、ほら、そっちでしょ」
陽葵に呆れたような目で見られ、結奈の隣の席にうながされた。
「あ、ああ……そうか、すまんすまん」
俺は気まずそうに頭を掻きながら、テーブルを回って結奈の隣の席へと滑り込んだ。
隣から、結奈がくすくすと楽しそうに微笑んでいる気配が伝わってきて、なんだか無性に気恥ずかしい。
「それじゃあ、まずは何か食べよう!何がいい?陽葵も好きな物、遠慮しないで選んでね」
結奈が慣れた様子でメニュー表を広げ、陽葵の方へと差し出した。
(……ん?もう陽葵のことを呼び捨てにしてるぞ?大丈夫か?)
初対面の若い女性にいきなり呼び捨てにされて、陽葵が気分を害さないかとハラハラしたが、当の陽葵はまったく気にする風でもなく、「あ、ありがとう」と普通にメニュー表を受け取った。
「大地さんは何にする?」
結奈に覗き込まれ、俺は慌ててメニューに目を落とす。
「俺は……そうだな、この日替わりランチでいいかな」
それぞれ注文する料理を決め、テーブルの呼び出しボタンを押して店員さんにオーダーを伝えた。
料理が届くまでの間、独特の沈黙が流れる。俺が「どう切り出したものか」と喉を鳴らしていると、結奈が自らぐいぐいと距離を詰め始めた。
「じゃあ、あらためて自己紹介するね。私は鈴木結奈。陽葵のことは大地さんからたくさん聞いてるわ。今、中学2年生なんでしょ?……あ、その胸元のネックレス、すっごく可愛いね!」
結奈は中身が母親だから陽葵のことを知っていて当然なのだが、俺からすればヒヤヒヤものだ。
(おいおい結奈、相手からしたら初対面のお姉さんなんだから、いきなりそんなに猛烈に話しかけたら驚かれちゃうだろ……!)
結奈を止めようと、俺が口を開きかけたその時だった。
「うん、ありがとう。これ、お父さんがくれたんだ」
陽葵は少し照れくさそうに、でも嬉そうにネックレスに触れながら答えた。嫌がっている様子は微塵もない。
「へえ、大地さんが!センスいいわね」
結奈が俺の肩をぽんと叩き、再び陽葵に向き直る。
「お父さんとは普段、仲いいの?」
「うーん、普通かな。前よりはよく話すようになったけど」
「あれ……?」
俺は二人のやり取りを見ながら、完全に置いてけぼりを食らっていた。
陽葵が初対面の結奈を拒絶するどころか、あまりにも自然に、楽しそうに普通に会話を交わしている。その光景があまりに奇妙で、俺は声をかけるタイミングすら見失って、ただただ戸惑うばかりだった。
そんな俺の様子に気づき、結奈がクスクスと笑いながら言った。
「どうしたの、大地さん。さっきから変な顔して」
「いや……だって、何か二人が普通に会話してるからさ。結奈はともかく、陽葵までこんなに早く打ち解けるなんて思わなくて……」
すると、結奈と陽葵が同時に顔を見合わせ、お互いに「フフッ」と楽しそうに笑い声を上げた。
「そりゃあ、そうだよ。だって私たち、親子だもの。ね?陽葵」
結奈が、優しい目で陽葵を見つめる。
陽葵は嬉しそうに何度も頷いて、はっきりとこう言った。
「そうだよね。お母さん」
「…………えっ!?」
俺の頭の中に、特大の衝撃が走った。今、陽葵なんて言った?お母さん?
「陽葵、お前……結奈のこと、知ってるのか!?いや、なんで!?」
目を丸くして混乱する俺を見て、結奈が肩をすくめて不満そうに口を尖らせた。
「えー、陽葵、ママって呼ばないの?夢の中ではいつも『ママ、ママ』って甘えて言ってくれてたのにー」
「ちょっと!それはもう言わないでよ!私ももう中学生なんだから、ママって呼ぶのは恥ずかしいじゃん!」
顔を真っ赤にして抗議する陽葵。
「ちょっと待て!待ってくれ!話がまったく見えない!頼むから誰か説明してくれ!」
テーブルに身を乗り出す俺に、結奈は宥めるように手をひらひらと振った。
「そうね、ちゃんと説明するね、大地さん。実はね……大地さんを異世界に転生させるずっと前から、私は陽葵の『夢の中』で何度も陽葵に会っていたのよ」
「夢の中、だって……?」
結奈は優しく微笑みながら、ゆっくりと話し始めた。
「前に言ったでしょ?陽葵の年齢のままで異世界へ転生させるのは、リスクが大きすぎるって。でもね、私が、陽葵の精神世界――つまり夢の中に直接入り込む形なら、そのリスクを完全に無くして接触することができたの」
隣に座る陽葵も、真剣な表情で言葉を続ける。
「私も、最初はただの不思議な夢だと思ってんだ。でも、お母さんは私の知らない昔の思い出のこととか、お父さんの事とかたくさん話してくれたから……本当に、夢の中にお母さんが会いに来てくれてるんだって、分かったの」
「それって、一体いつからなんだ……?」
俺の問いに、陽葵はどこか懐かしむように思い出しながら答える。
「お母さんが事故で亡くなって、すぐのときかな」
「そんな前から!?」
5年もの間、俺の知らないところで、この二人はずっと繋がり続けていたのか。驚きのあまり、言葉が続かない。
「最初はお父さんにも言ったんだよ?『夢でお母さんに会った』って。でも、お父さんは『そうか、よかったね』って言ってあんまり真面目に聞いてくれなかったよね」
陽葵にそう言われると確かに、結衣が亡くなった直後、仕事と育児の両立で限界を迎えていた頃に、陽葵がそんなことを言っていたような記憶がうっすらと蘇ってきた。
「夢でお母さんに相談したら、しばらくは黙っておいたほうがいいかもって言われて」
「ごめん、あの時は俺の余裕がなくて……」
謝る俺に、結奈がそっと手を重ねてきた。
「いいのよ、大地さん。まだ小さかった陽葵や、大地さんを残して突然死んじゃったことが、私は本当に悔しくてたまらなかった。せめて陽葵に寂しい思いだけはさせたくない、その一心で、夢の中だけでも会いに行ってたんだから」
「じゃあ……じゃあ何で、俺のところには現れてくれなかったんだよ?俺にだって、一言くらい……」
俺が問い詰めるように聞くと、結奈は切なげに眉を下げた。
「大地さんは、陽葵を一人で育てるために、毎日必死に死に物狂いで頑張ってたでしょ?もしあの時、私が夢に現れてしまったら……大地さんは現実の辛さから逃げたくなって、心が折れてダメになっちゃうと思ったの。だから、陽葵がもっと大きく成長して、生活が落ち着くまでは絶対に待とうって決めてたのよ」
結奈の気持ちに、胸が熱くなる。彼女はいつだって、俺たちのことを一番に考えてくれていたんだ。
だが、そこで俺はもう一つの重大な事実に気がついた。
「待てよ……。じゃあ、俺が異世界へ行ってたことや、こっちに戻ってきてから魔法を使えてたことも、全部……」
俺が恐る恐る陽葵を見ると、陽葵は当然という顔で言った。
「知ってたよ。だって、お父さんあんなにいきなり料理がプロ並みに上手くなったり、仕事の帰りも急に早くなったりしたじゃん。普通に考えて変だなって思うでしょ。お母さんから夢の中で『お父さんが魔法の力を使えるようになったけど自分で言うまでは気づかないふりしてね』って言われたから、私はいつ言うんだろうなって思ってたよ」
「う、うわぁぁ……」
俺がドヤ顔で披露していた料理も、家庭菜園で魔法で育てていた野菜も、陽葵には最初からすべてお見通しだったわけだ。恥ずかしさで顔が燃えるように熱くなる。
「私が結奈としてこの世界に転生する前にもね、夢の中で陽葵に話して、事前に陽葵のLINEの連絡先も聞いてたの。私のスマホだけは、力が完全になくなる前に、アイテムボックスでこっちの世界に持ってこれて本当に良かったわ」
結奈が嬉しそうに自分のスマホを掲げる。
「なるほどな……。だから、俺が結奈と会うって話した時、陽葵はあんなにすぐOKしたのか」
俺が帰ってくる前に事前に結奈とやりとりしていたから知っていた。すべてのパズルのピースが、ここできれいにカチリとはまった。
「ふふ、やっとサプライズ大成功ね!」
結奈が子供のように無邪気に笑う。
「そうだね。それに、今日はお父さんの誕生日だしね」
陽葵も、優しく微笑みながら俺の顔を見た。
「誕生日……あ、そうか。今日だったな」
自分の誕生日だということすら、今の今まで完全に忘れていた。
まさか5年前に失ったはずの家族の絆が、こんな完璧な形で再び繋がるなんて。
「ハハ……とんでもないサプライズだし、人生で一番最高の誕生日プレゼントだよ」
俺は目元に熱いものが込み上げてくるのを必死に堪えながら、心からの笑顔を二人に向けた。
「お待たせいたしました。日替わりランチと、オムライス、こちらがハンバーグとライスのセットです」
ちょうど、店員さんが湯気の立つ美味しそうな料理をテーブルへと運んできた。
「わあ、美味しそう!いただきましょう!」
「いただきます!」
5年ぶりに揃った、俺たち家族の賑やかなランチ。
異世界への転生も魔力もスキルも無くなった。だけど、目の前で笑い合う二人の笑顔があれば、俺はこれからどんな現実だって幸せに歩んでいける。
窓から差し込む温かい太陽の光に包まれながら、俺の41歳の誕生日は、これまでの人生の中で間違いなく一番特別で、最高の思い出として刻まれるのだった。




