第二章:空中(くうちゅう)の白手(はくしゅ)、あるいは救いの指
村長はついに観念した。
「これは、一筋縄ではいかぬ。一度、腰を据えて考え直さねば」
彼は先程まで座っていた、あの冷たい石に再び腰を下ろした。
目の前では、叔母であった灰が、パチパチと乾いた音を立てて崩れてゆく。夜の静寂の中で、炎の音だけが異様に大きく響いていた。
ふと、村長の視界の端に、異様なものが映った。
原っぱの隅、深い藪の闇の中から、一点だけ白く光る「何か」が浮かび上がってきたのである。
目を凝らしてそれを見た瞬間、村長の全身の毛穴が逆立った。
それは、紛れもない「人間の手首」であった。
腕もなく、身体もなく、ただ手首から先だけが、半透明の光を湛えて宙にぶらりと浮いているのである。
その白手は、まるで生き物のように指を動かすと、ゆっくりと一点を指し示した。
その指の先にあるのは、先程から自分が何度も通り、そして戻ってきたはずの、あの暗い野道ではなかった。草木が鬱蒼と生い茂り、道とも思えぬような藪の奥を、その指は執拗に指し続けている。
村長は、生きた心地もせず、しかしその指に従う他なかった。
導かれるままに、道なき藪を掻き分けて進む。提灯の灯が消え入りそうになる中、無我夢中で歩き続けると、不意に足元が硬い土の感触に変わった。
そこは、見慣れた野道の中程であった。
そのまま振り返ることもせず走り出すと、ほどなくして村の家々の屋根が、月明かりの下に黒々と浮かび上がってきた。
自宅の戸口へ辿り着いた時、村長は初めて大きく息を吐いた。
あの白い手首。叔母の焼け残った一部であったのか、あるいは、この世ならぬ何者かが迷える生者を憐れんだのか。
翌朝、改めて原っぱへ向かった村人たちの報告では、叔母の遺体は一点の焼け残りもなく、清らかな灰になっていたという。
村長は、後年までこの話を語るたびに、右手首をさすりながらこう付け加えた。
「あの指先は、思い出すだけでも気味が悪い。だが、あのまま原っぱに留まっていたら、今頃わしも、叔母さんと一緒に灰になっていたかも知れん。気味は悪かったが、ありがたい指だったよ」
今、あなたの部屋の片隅に漂う、その僅かな「白い光」――。
それは果たして、街灯の反射でしょうか。
それとも、道を見失ったあなたを、異界へと導こうとする「誰かの手」でしょうか。




