09.放浪の旅⑤
「わー、お祭りみたいですね」
「小さい村にとったら祭りみたいなものだからね。はい、リンゴ」
「小さくて可愛い!」
昨日は丸一日宿屋に引きこもり、体力を回復させた。
シャルルさんと同室はちょっと緊張したけど何事もなく平和に楽しく過ごすことができた。
その間、メスの番になるため周辺の村や街からたくさんの人が宿屋に押しかける。宿屋に入らなかった人は村の近くで野宿しているらしい。ワイルドな世界だ。
昨日はほのぼのしていた村なのに決闘本番の夕方になると、どこにいたのか解らないぐらいたくさんの人で溢れ返っていた。
そして決闘が行われる夜になり、フードをかぶりオス用の香水をかけてシャルルさんと広場へ向かう。
「ほらトワコ、あそこに座ってるのがこの村のメスだよ」
「おー…」
シャルルさんが指差す方向には大きなソファに座り、たくさんの男性を侍らしている女性が一人。
「あれ? あっちにも誰かいませんか?」
「他のメスだよ。決闘はいい暇潰しになるから来たんだろうね」
「……」
「どうかした?」
「いや…死人も出たりするんですよね? それを暇潰しって…」
「平和な村だからこれぐらいないとつまらないよ」
この価値観には未だ慣れない。いや、私には一生理解できない。
「ここはトワコが潰されるかもしれないし、屋根に移動しようか」
「屋根の上から見てもいいんですか?」
「みんなもそうしてるよ。ほら」
「あ、じゃあ…。お願いします」
「任せて」
屋台でいくつかのご飯と果物を持って見晴らしのいい屋根へと移動する。
抱き抱えるのは慣れたけど、緊張してしまう…。落とされる不安はないけど非現実的な動きだからつい身体が強張ってしまう。
「ここならよく見れますね。あ、ご飯食べましょう! このリンゴ甘くて美味しかったですよ」
「ありがとう。でもトワコが食べて」
「んー…」
「どうしたの?」
「美味しいものは一緒に食べたいじゃないですか。私だけじゃもったいないですよ」
「…」
「と言うかこれ、シャルルさんのお金ですし」
「そう、ありがとうトワコ」
そう言って私の指ごと食べ、最後にペロリと舐める。
「甘くて美味しい」
「そ、それはよかった…」
反応に困ることは止めてほしい!
「こ、こっちのお肉も美味しいですね。香辛料がよくきいてて食べやすいです」
「トワコは柔らかい肉が好きなんだね。覚えておくよ。あとで香辛料も買っておこう」
「いやっ、催促したわけじゃないんです」
「トワコが好きなら揃えてあげたいんだ。僕が全部揃えてあげるから何でも言って」
「あ、ありがたいんですけど…。ほらお金は節約したほうが…」
「そんなこと気にしないで。オスがメスの生活を保障するのは当たり前だし、何よりトワコの笑顔が見たい」
「うう…」
「トワコ?」
「あー! そろそろ始まるみたいですね! 楽しみましょう!」
「そうだね」
わざとらしく話題を変えるとシャルルさんは解っているみたいに笑って、広場に視線を移した。
どうしても、どう言ってもすぐ口説こうとしてくるシャルルさんは強敵すぎる…!
深呼吸で気持ちを落ち着かせ、私も観戦する。
が、最初からかなり激しい決闘を見せられ開いた口が塞がらなかった。
獣同士の鳴き声に、飛び散る血飛沫に熱狂する観客たち…。
「大した奴はいねぇな。強い奴が出て来るのはもうちょっと先だし……トワコ?」
「ご、ごめんなさい…。気持ち悪い…!」
「大丈夫?」
思った以上にグロくて体中の血の気が引いていくのがわかる。
口元を抑えるとすぐにシャルルさんが身体を支えてくれて優しく背中を擦ってくれた。
「宿に戻る?」
「いいですか…?」
「うん。すぐに帰ろう」
返事をする間もなく私を抱き抱え、宿屋へと帰る。
死人が出るって言ってたし想像はしていたけどダメだった…。無理、気持ち悪いし怖い。
「水を持って来ようか?」
「大丈夫です。寝てたら回復しますから…」
「…あのタカのときと言い、トワコは血が苦手なんだね」
「そうですね…。怖いです…」
「そう…」
ベッド脇に座って心配そうな顔をしていたのに、私の言葉を聞いて少し俯く。
何かを言いたそうな、そんな雰囲気。
「鷹のことでシャルルさんを嫌いになってませんよ」
「……ありがとう」
「ごめんなさい、せっかく色々買ってもらったのに食べれなくて…」
「気にしないで。僕が食べるし、果物は明日も食べれるから」
「そうですか…。ごめんなさい、ちょっと寝ます…」
「うん、ゆっくり休んで。おやすみ、トワコ」
「おやすみなさい、シャルルさん」