08.放浪の旅④
「獣化から人化に戻るとき、裸じゃないんですね」
「服も人化の一部だからね。あ、トワコ。村が見えて来たよ」
「わー!」
鷹の獣人と一戦があってから三日が経った。
あの人が約束を守ってくれたのか、誰からも追われることなく順調に獣道を進み、目的地の村へと到着した。
マルケル街から一番近い村がこの村らしいんだけど、私の足だと三日もかかってしまった。
獣化したら一日もかからないって言われた時はさすがに申し訳なくなってかなり頑張って歩いた。
「街でも言ったけど話しかけられても喋らないでね」
「はい。シャルルさんと旅を続けたいし変なことしません」
「素直で可愛いなぁ。そろそろスキンシップとかとりたいんだけど…僕が触るのは嫌? まだ怖い?」
「怖くは…ないんですけど…。スキンシップって?」
「ハグしたり、舐めたりとか」
村が見えてオス用の香水を身体につけようと準備を進めていると、唐突にそんなことを言われた。
出会って数日。
最初に比べたらシャルルさんのことは信用しているし、怖くはない。
素を見るとちょっとドキッとするけど、殺されるという恐怖は感じない。
だから触られるのは平気なんだけど、今度は別の意味で警戒してしまう。
「舐められるのはちょっと苦手で…」
何度も言うけど嫌いじゃない。シャルルさんはいい人だ。
でも彼は私を番にしたいと常々言ってくる。だからスキンシップをとりたいと言われると返答に困るんだ。
いい人だけど異性として好きなわけでもないし、番を持つつもりはない。曖昧な態度をとって傷つけたくないんだけど……。
「軽いハグぐらいなら構いませんよ」
何でもしてくれるシャルルさんに何かお礼がしたかった。
お金はないし、せめてしたいと言う言葉には応えてあげたい。
「トコワ!」
「わっ!」
「ようやく触れた。ずっと君に触れたかった…。ほんといい匂い、落ち着く…」
「に、匂いは嗅がないでほしいです…」
「無理。今まで嗅いだことのない柔らかい匂い…。小さくて可愛くてほんと嬉しい」
「あ、あのっ。ちょっと苦しい…!」
「ああ、ごめんね。でももうちょっといい? 俺の匂いもつけておこう」
優しくハグしてくれてるんだろうけど、ちょっと苦しい。
力を弱め、頬やら首などに擦り寄り匂いをつける。
あー…あれだね。猫がマーキングしてくるやつだ。どうせなら黒豹の姿でしてほしかったかな。それなら恥ずかしい思いもしなくて済む。
「シャルルさん、もうそろそろ…」
「あー…可愛いなぁ…。柔らかいから気をつけてぇのに…」
「あ、あの…!」
素に戻ってるし身の危険を感じて離れようとするも、それより少し強い力で拒む。
「いっ!」
軽い痛みが首に走り、恐怖が募って突き飛ばす。
「か、噛むのは止めてください…!」
「あ……。ごめんね、トワコ。ごめん…噛むつもりはなかったんだけど…。いや、本当にすまない。大丈夫?」
「大丈夫です。…む、村に行きませんか? 香水もつけたし、シャルルさんの匂いもつきましたよね?」
「うん…、そうだね。……血は出てないけど傷薬飲む?」
「ううん。これぐらいなら大丈夫です」
スキンシップも危険だ!
ぎこちない雰囲気のまま荷物を背負い直し、差し出されたシャルルさんの手を握って村へと向かった。
「ここにはメスが四人しかいないから余計に注意して」
「わかりました」
「宿屋には泊まりたくないけど…」
「お金かかっちゃいますもんね」
「いやお金はあるんだけど、前の宿に比べたらたくさん人がいるから…。でも野宿が続いたしトワコがゆっくり休めるように宿屋に泊まろう」
「私は大丈夫ですよ?」
「その言葉に甘えたいんだけどトワコは何でも「大丈夫」って言うから心配なんだ。ゆっくり休んで記憶の手がかりを探そう」
「じゃあお言葉に甘えて…」
「あと素材もギルドに買い取ってもらわないと」
「たくさん捕まえてましたもんね」
「大した金額にはならないけど、トワコには美味しいものを食べてほしいからね。少しでもお金が欲しい」
「わ、私は普通ので大丈夫ですよ。奢ってもらってばかりですし…。それよりシャルルさんに美味しいものを食べてもらいたいです」
「……」
「シャルルさん? 頭抱えてどうしました?」
「ハグしたいけどさっきしたし、怖がらせるから我慢してるところ」
何で気遣いしたらそんなに喜ぶのか…。
この世界の女性はこんなこと言わないのかな。まだあの女性しか見てないから解らないや。
「先に宿屋に行こうか。ギルドには僕一人でいるから部屋でゆっくり休んでて」
「シャルルさんは疲れてないんですか?」
「うん、まったく」
「本当に?」
「嘘はつかないよ。はい、村に入るからフードをしっかり被って」
村近くまでやって来て、最終チェック。
無駄に緊張するけどシャルルさんがいるから大丈夫。私も気を付けよう!
「おおシャルルじゃないか。久しぶりだな」
「久しぶり。あれから問題は?」
「特になし。相変わらずつまんねぇ平和な村だよ」
「それはいいことだ」
「あ、でもリーリェが番を迎えたいらしいから明日決闘があるぞ。どうだお前も」
「興味ねぇよ。それよりほら、通行料」
「あ? 二人分?」
「連れだ」
村と言っても低い壁に囲まれており、入口には門番らしき男性が一人だけ立っていた。
軽く会話をして二人分のお金を出すとようやく私の存在に気が付き、視線を向けられる。
大丈夫。喋らないでいい。
俯いたまま軽く会釈をすると強い視線を感じてさらに俯く。
「単独行動しかしないお前が珍しいな」
「誘拐された息子の保護が任務でな。届けて謝礼を貰うつもりだ」
「あー、なるほど」
「もういいだろ、早く中に入れろ」
「んー…」
「おい!」
「珍しい匂いだな。俺はヒツジ族で鼻が鈍感だから自信ねぇけど」
「魔獣の匂いだろ。もう勝手に入るぞ」
「あいよー。坊主、よかったな。シャルルにがっぽり謝礼金払ってやれよ」
豪快に笑って、ようやく村に入れてくれた。
よ、よかった…。ちょっと疑われたけど入れた!
「オオカミ族やクマ族がいたら厄介だな」
「香水でも隠しきれませんかね?」
「なんとかする。とにかく宿屋に行こう」
早足で宿屋へ向かう。
途中、シャルルさんの知り合いであろう人が話しかけて来たけど適当にあしらって、ようやく宿屋まで到着できた。
「げ、シャルル。何しに来た」
「泊まりに来たんだよ。いつもの二倍支払うから一部屋貸してくれ」
「ケチなお前が珍しいな。ま、金さえ払ってくれるなら構わないぜ。でも血で汚したら追い出すぞ。明日は決闘が開かれるからな!」
「わかったわかった。一番奥の部屋でいいか」
「お好きにどうぞ。それと、これから客が増えるが問題だけは起こすなよ」
日本では絶対に見れないであろう大雑把な対応に驚きつつ、ここでもあっという間に用件を終えて階段へと向かう。
最初に過ごした宿屋より綺麗で広かった。だけど二階の廊下奥は少し暗く、空気が淀んでいるように見える。
日本レベルの清潔感を求めるのは間違ってるんだけど、しょうがないよね…。贅沢は言えない。
「広くていいですね。ベッドもあるからシャルルさんもゆっくり休めますよ」
「いや、無理だよ」
「どうして?」
「明日は決闘があるからそろそろ他の村や街からたくさんのオスが集まってくる。トワコの存在がバレないように気を付けないと…」
「あ、決闘があるって言ってましたね」
メスが番を迎え入れたいから決闘するらしい。
それがどういうものかまったく想像つかず、なんとなく窓の外を見ると広場らしき場所にたくさんの人だかりができていた。
「あそこで決闘するんだ」
「決闘ってことは殴り合いですか?」
「獣化でだけどね」
「は、激しそうですね…」
「そうだね、毎回死人が出るし」
「し、死んじゃうの!?」
「決闘だからね。はぁ…強い奴らが集まってくるし、厄介なタイミングで来てしまったな…」
「村から出ますか…?」
「出たいけど…トワコが休むほうが先決だ。足が痛むでしょ? ちょっと待ってて」
黙っていたけどバレバレだったようだ。
部屋に荷物を置いて軽く会話すると部屋から出て行った。
残された私は靴を脱いで改めて足を見ると踵から血が滲んでいた。
獣道なんて歩いたことないから仕方ないにしろ、このせいで到着が遅くなってしまった…。すぐには無理だけど旅を続けるなら体力をもっとつけないと!
「ああ、やっぱり血が滲んでるね」
「お帰りなさいシャルルさん。それは?」
「お湯を貰ってきた。足を洗って手当てしてあげる」
「じ、自分でできますよ!」
「僕がしたいからやらせて。ダメ?」
「いや、でも…」
「トワコの許可がない限り噛んだりしないから」
「……わかりました」
異性に足を洗ってもらうなんて絶対に体験できない。でもされたいとも思っていない!
恥ずかしいけど譲る気のないシャルルさんに根負けをして近くにあった椅子に座ると、すぐに暖かいお湯が足を癒してくれる。
あー…気持ち良すぎる…。夏であろうと疲れた足にはお湯だね。どんどん回復していく。
「薬を塗ったらギルドに行ってくるから先に休んでて」
「はい」
「明日はどうする? 決闘見に行く?」
「見に行ってもいいんですか?」
「明日は血の臭いが凄いから誤魔化すことができる。それに何か記憶の手がかりになるかもしれないでしょ?」
「あ、じゃあちょっとだけお邪魔しようかな」
「それに宴が開かれるから美味しいものたくさん食べれるよ。トワコは果物も好きだよね。ここは草食種族系が多いから美味しい果物がたくさん出るよ」
「やった、楽しみです! シャルルさんも一緒に食べましょう」
「んー…。誘ってくれるのは嬉しいんだけど、肉以外はちょっと苦手なんだよね…」
「あ、そうなんですね…」
「でもトワコが勧めてくれるなら食べてみようかな。美味しいものがあったら教えて」
「わかりました、任せてください!」




