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83.船旅③

「沈んだりしないですよね…?」

「はい。この船は商船と違って特別製なので安心して下さい」

「……ルルヴァとの関係は?」

「断言できませんが多分関係ないと思います」


中継地点の島を出発したその日の夜。

種族についてシャルルさんたちと勉強していると突然、船底に強い衝撃が走った。

それと同時に甲板から悲鳴や雄叫びが響き、何もなかった水平線上に真っ黒な船…いや潜水艦らしきものが浮上してきた。

レグの指示のもと、アルファさんに抱えられた私は専用の避難部屋へと連れて行かれる。

そこはメスしか入れない頑丈に作られた船の中で一番安全な場所。


「お早くお願いします!」

「トワコさん、必ず迎えに来ますからこの部屋から出ないで下さいね」

「アルファさんこそケガしないで無事に帰って来てください」

「はい」


部屋の前には武装した船員さんが急いで部屋に入るよう声をかけてくる。

目の前で降ろされ、抱きしめながら約束してもらうと穏やかに笑って走ってきた廊下をすごいスピードで戻る。


「これで最後です。いいですか、何があっても開けたらいけません。貴方達のつがいにしか解らない番号を入力しないと開けられないことになってます」


中に入ると私の他に四人の女性がソファに座っていた。

船員さんの注意事項をしっかり聞いて頷くと固く重い扉は閉められ、シン…と静まり返る。

たまに大きな音が聞こえるけど雄叫びは聞こえない。


「なんのよ…この船が襲われるなんて聞いたことないわ…」

「ひっく…! 早く終わらせて…」


四人の女性はブツブツと文句を言いながらも身体を震わせ、早く終わってくれと言うように祈りを捧げている。

確かに怖い。私も大きな音がしたとき驚いたし、ここに来る間も怖くて震えていた。

でもそれ以上に怯えている彼女たちを見ると少しだけそれも治まり、冷静さを取り戻せた。

大丈夫。海棲種族の戦闘員もいるって言ってたし、レグたちもいる。船は沈まないって言ってたからすぐに解決してくれる。

色んなことを体験してきたおかげなのか、安全な場所にいるとそれ以上の恐怖は生まれない。


「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫そうに見える!? よりにもよって強いつがいがいないときにこんな…っ」

「きっと大丈夫ですよ。その…お茶もありますし何か飲みませんか? 温かいものを飲めば少しは落ち着きますよ」


言葉は強いけど身体は震えている四人に声をかけるも、誰も返事をしてくれない。

まぁ喉が渇いたら飲んでくれるかな。

無駄だと解っているけどジッとしとくと私も彼女たちみたいに悪い方向に考えてしまうかもしれない。そう思って用意されているお茶に手を伸ばし、みんなに紅茶をふるまった。

最初は誰も飲んでくれなかったけど、その中で一番小柄な女性が私を見てカップに手を伸ばす。


「まずい…」

「うっ…。お茶淹れるの久しぶりで…。えっと、あなたの名前は?」

「……ウサギ族のイドナ。あなたは」

「私は…猿族の永遠子です」

「サル族? サル族はもっと違う顔付きのはずよ」

「突然変異ですかね?」

「まぁいいわ。なんでトワコはそんなに落ち着いていられるのよ」

「怖いですけどつがいが頑張ってくれてるし…。もしここに侵入しても加護がありますから」

「はぁ? 加護があっても相手は海棲種族よ! 海に連れていかれたら終わりだわ…」


その言葉に他の三人も小さな悲鳴をあげ、身体を抱きしめてさらに震える。

確かに海棲種族…イルカ族に襲われたとき加護が役に立たなかった。

いや、役に立たないことはないけど水中に引きずりこまれたら陸上種族はなす術がない。


「大丈夫です。私のつがいは東大陸一強いんです。もちろん他のつがいもそれなりに有名なぐらい強いです。イドナさんのつがいはどうですか?」

「……私のつがいだって強いわよ…!」

「なら信じて待ちましょう。大丈夫です、絶対大丈夫」


落ち着くよう背中を軽く叩いて、自分に言い聞かせるように何回も何回も大丈夫だと告げる。


「トワコは変なメスね。誘拐されるかもしれないのに落ち着いてるし…。それにその声を聞くと安心するわ…」

「そ、そうですか? それよりもう一杯飲みません? 携帯食料もありますよ」

「いらないわよ、そんな不味いの。そもそもこんな血生臭い中で食べられないわ」

「どういう神経してるの…」

「ああもうダメよ…! 血の臭いがこんなにするならきっとサメ族が暴れてるッ…!」

「鮫族…はやっぱり狂暴なんですか?」

「当たり前じゃない! 海賊と言えば大体がサメ族の仕業だわ! それに人魚族もいるし下手したら皆殺しされちゃう」


人魚族もいるんだ。海棲種族についてはまだ調べてないから知らなかった…。


「トワコは内陸出身だから知らないのね。いい、サメ族は何度も入れ替わる歯を持ってるから硬いものを時間をかけて嚙み砕くの。この扉だって安心できないわ」

「人魚族は多種多様な能力を持ってるから初見だと対抗しづらいの。歌声が聞こえないからまだマシだけど…」

「あとは最低最悪のイルカ族。こいつらが厄介なの…! 仲間同士による連携であっという間に攫われてしまうし、何よりつがいになりたいから攫うんじゃなく交尾したいがために攫う外道よ!」

「……うん、それは知ってます」

「だから―――誰か来たわ」


イドナさんの言葉に部屋に緊張が走る。

部屋を開けることができるのはつがいのみ。…じゃあつがいが全員死んだらどうなるの?


「パルナバ!? もう終わったの!?」


私には聞こえないけどどうやら扉の向こうにはイドナさんのつがいがいるらしい。

よかった、思ったより早く終わったみたいだ…。


「何よそれ、情けないわね。仕方ないわ、開けるから少し離れなさい」

「…え?」


イドナさんの言葉だけを推測すると、パルナバさんは理由は解らないけど開けれないらしい。ケガをしたかパスワードを忘れたか…。

大きな溜息を吐いて扉に近づくイドナさんに一抹の不安を覚える。

何でパルナバさんしかいないの? 他のイドナさんのつがいは? いや、それより事態が終わったなら私…いやみんなのつがいは何で来ないの?

過保護な私のつがいならいの一番に迎えに来てくれる。それとも私のつがいはまだ戦闘中? ならパルナバさんも大事なつがいを外に出させるなんてしない…!


「イドナさんダメッ!」

「キャァアア!!」


遅かった。止めると同時に扉を開けてしまい、外から血にまみれた目つきの鋭い男性と見目麗しい男性が部屋に侵入してきた。

残りの三人を見ても恐怖に染まった顔をしていたからつがいじゃない。


「おー、マジで五人もメスがいる。今回はあいつの言う通り襲って正解だったな」

「そうですね。一人二人だと無駄ですが五人も連れて帰れば十分です」

「騙したわね! 離しなさいよ! 私のつがいをどこにやったの!」

「あ、パルナバさんですか? 殺しちゃいましたよー、邪魔ですもん」


過去とは違い、マリッジリングがあるから誘拐しても無駄だってシャルルさん言ってたのに…!

それともルルヴァみたいに残虐なことをして無理やりつがいになるつもり?

どうしたらいい。どうしたら誘拐されずにすむ?

ここはまだ室内だから加護が使える。何かあれば外を飛んで逃げることができる…。

でもそしたらこの人たちは?

恐怖に震えてきっと加護は使えない。いや、パニックになって加護を使うという選択肢も浮かんでない様子。

伝染する恐怖に私の身体も震えはじめる。

つがいを殺されたイドナさんは必死になって抵抗するけど軽く笑って私たちの座ってるソファに投げつける。


「マデラはどいつがいい? あ、ウサギ族のこのメスはダメだぞ。こいつらウサギ族は絶対ぇ酷い目に合わせてやるって決めてんだ」

「知ってますよー。相変わらず仲が悪いですね。しかし今回はかなり上等なメスが乗ってるって聞いてましたけど本当にどのメスも素敵ですねー」

「触るんじゃないわよ! あんた達に触られるぐらいならここで死んでやるわッ!」

「従順にしてたほうがいいと思いますよ。そしたら僕のつがいにしてマシな生活を送らせてあげます」


美しい顔とこの場に似合わない穏やかな声で脅迫をする。それが余計恐怖を煽り、身体から力が抜けていく。

いやダメだ。戦意を喪失してる場合じゃないっ! もうこれ以上迷惑かけたくないんだから私が頑張らないと!

よく考えろ。ここにはまだ二人しかいない。二人相手なら始祖の力を使っても倒れない…。

使うなって言われたからあまり使いたくけど…。うん、これは最終手段にしよう。

それよりレグの加護を使うほうがいい。

一人一人相手にはできないけど、二人まとめて殴り飛ばせばなんとかなるはず。うん、大丈夫。


「(そのためにはまず油断させないと…)あの、少しいいですか?」


冷静に、できるだけ怯えた様子を見せないように落ち着いて…。

ヴェールを外して声をかけると二人が揃ってこちらを向き、目を大きく見開く。

うん、二人の目から見ても私は可愛く映ってるみたい。


「マジのマジで上玉じゃねぇか!」

「僕より美しい子初めて見ました…」

「私、痛いのも怖いの嫌いなんです。でも二人が私を見逃してくれたら…その…」


色仕掛けなんてしたことないから正解か解らないけど、できるだけしおらしく、それでいて誘うような猫なで声を出す。

血で汚れた目つきが鋭い男性の手をとって自分の頬にあてる。


「私だけのつがいになりませんか?」


恋してるかのように笑って、自分からつがいに誘えばきっと油断してくれるはず。

案の定二人は二つ返事で承諾して、乱暴に抱きしめてくる。

血生臭い…。寝衣だから服に染み込んで身体に生暖かい液体がつく…。気持ち悪い…!


「なら仲間にメスはいなかったって報告してくれますよね?」

「いやお前は隠しておくけどこいつらは差し出すぜ」

「な、なぜ?」

「メスが乗ってるのは知ってるから誤魔化すことなんてできません。ああ、なんて愛らしい声…。少し震えてますがご安心下さい。僕らは貴方を傷つけたりしません。大事に大事に保管致します」

「それよりお前のつがいはどこだ? 先に始末してくるから教えろよ」

「貴方達は動かないで下さい。逃げようとしたら容赦なく足を切り落とします」

「っ彼女たちを傷つける必要なんてありません。傷なく…渡したほうがいいのでは…?」

「僕にはつがいができましたからあとのメスはどうでもいいです」


言うことをきいてくれると思ったけど、そこまで甘くなかった。

相手は海賊。

私を抱きしめ、匂いをかぎ、身体中を触るけど最後の警戒心だけは残したまま冷静に仕事をまっとうしようとする。

二人一緒に投げ飛ばしたいのにどちらかが私を触っている間、どちらかは絶対に私から少し離れてジッと観察している。他の女性の逃走防止も兼ねているんだろう。

どうしたらもっと油断してくれる? この部屋から出たほうがいい? それとももっと時間を稼ぐ必要がある?


「やっべぇ、マジでいい匂い…! こんなメス見たことない」

「ジーラジール、それ以上彼女を血で汚さないで下さいよ。興奮して傷つけますよ」

「だからいいんだろ!」

「僕が嫌なんです」

「あの、できれば血がついてない状態で…。その私、苦手なんです…」

「ほら聞いたでしょう。すみません、サメ族だから野蛮んです」

「いえ、ありがとうございます。マデラさん」

「僕の名前…! あ、そうだ。貴方のお名前は?」

「私は永遠子です。それとジーラジールさんですよね?」

「おいマデラ。もうこいつら放置して俺達だけで逃げようぜ」

「…そうですね。できれば彼女のつがいを処分してから行きたいのですが……」

「ああもう早く喰いたい」


陸上種族とは違う捕食者の目が突き刺さる。

ダメだ。このまま海に逃げられたら誰も追ってこれない…!

でも二人が揃って近づいて来てくれないと何もできない。

手首を掴まれ、強引に部屋の外に連れ出そうとするサメ族の男性を再び呼ぶとすぐに振り返ってくれる。

もう一人の男性は他の女性の元へと向かってロープを取り出した。


「おい、早く歩けよ」

「そ……の前に何か忘れてませんか?」

「は?」

つがいになったんだからキスしてほしいんですけど」

「…っはは、いいねぇ。いくらでもしてやるよ」


また知らない人とキスする。嫌だ。怖い。

扉に背を向け顎を掴まれる。

時間を稼ぐために必要なことだ。

彼女たちを縛り上げたらきっとあの人も私に近づいて来てキスしようとする。そのときにまとめて海にぶん投げてやる!


「誰の許可を得て俺のつがいに触ってる」


重厚感ある静かな殺意がこもった声に安堵の息がもれる。

よかった、間に合った…!


「ジーラジール!」

「うるせぇ騒ぐな」

「さっさと逃げればよか―――っチ!」

「トワコさんに汚い手で触れるな」


レグの声を聞いただけで、怖かったのも気持ち悪かったのも綺麗に消え去った。

レグとアルファさんが駆けつけ、サメ族の頭を掴もうとしたがギリギリ避けられ距離をとる。

もう一人の男性が加勢しようとしたけど、レグの後ろから剣を持ったアルファさんに右手を斬り落とされた。


「おいおい同じつがいだってのに穏やかじゃねぇな」

「妄想も甚だしい。トワコにお前らみたいな下等種族のつがいは必要ない」

「言ってくれるぜ。まぁいい、どっちにしろ処分つもりだったからなァ!」


その言葉と同時にサメ族の男性はレグに、もう一人の男性はアルファさんに襲いかかる。

広いとは言え、四人が暴れるには明らかに狭く、縛られている女性達が危ない。

邪魔にならないようこっそり近づき、縄を解いて回る。


「外に避難しましょう!」

「だ、ダメ…むりよ、歩けない…」

「ここにいるほうが危険です! 歩いて!」


血が飛び交い、頑丈だと言われた部屋の壁は穴ぼこ状態。

家具が壊れたり、壁に投げつけられるたび彼女達は悲鳴をあげるが、なんとか部屋の入口まで移動できた。

それを見計らってかレグは素手でサメ族の後頭部を掴むと勢いよく壁に叩きつけ意識を飛ばす。

海に投げ捨てるのかと思えばその場に捨ておいて、テレパシーでもしてるかのように流れるようにアルファさんと交代してもう一人の男性も壁、床へと叩きつけた。

圧倒的な力に私でさえ唖然として腰が抜ける。そう言えばこんな近くでレグが戦ってるところ初めてみた…。

アルファさんは既に死んでいるだろうサメ族の身体を剣で細かく斬り、海へと投げ捨てる。もちろんもう一人の男性も同じように。


「トワコ、怪我はないか」

「な、ないよ…」


傷一つ、息一つもらすことなく優しい声のレグに全身からようやく力が抜けた。


「トワコさん、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です。その、ありがとうございます」

「それより何故開けた。開けるなと言われただろう」

「それは…」


きっと本当のことを言えばイドナさんを傷つける。

イドナさんは悪くない。騙されたんだ。

でも咄嗟な言い訳も思い浮かばず、素直に謝ると察してくれたように溜息を吐いて私を抱え、部屋から出る。


「レグ?」

「安心して下さい。制圧はほぼ終わってます」

「そうなんですか? よかった…」

「おいお前らはその部屋にいろ。運が良ければつがいが迎えに来る」


レグの威圧か先程の出来事のせいか、四人は素直に頷いて部屋へと戻って行った。

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