82.船旅②
昨日の午前中に出発した船はちょうど折り返し地点に到着した。
ハイオットニ―国とディティ本山の中間地点にある小さな島に停泊し、必要な物資と船の点検に入る。
出発までの間、島で観光していいと言われたけど大人しく部屋で眺めるだけにした。
「トワコ、寒くない? これからもっと寒くなるし着込んでたほうがいいよ」
「そうですね。昨日までは暑かったのに風が冷たいや」
ハイオットニーは年中温かいが、ディティ本山は冬の気温らしくとても寒いらしい。
結構前に購入した冬用の服に着替え、シャルルさんが持ってきてくれたコートを羽織っても頬を撫でる潮風が冷たく少し痛い。
でも暑いより寒いほうがいいかなぁ。着込めばなんとかなるし、何より彼らがいると暖かい。
「チェスも楽しいけどそろそろ身体動かさないとまずいよなぁ…」
前に比べてたくさん歩くことはなくなったし、引きこもってばかりなので若干お肉がついてきた。
きっとどんな私だって好きだよって言ってくれるんだろうけど、私がいや。
部屋の中で筋トレも一応してるけど、やっぱり気分転換に外を歩きたい。
「じゃあフロア歩いてくる? 今なら乗客少ないしさ」
「うーん…。レグ、大丈夫ですか?」
「ああ。番犬も連れて行け」
「わかりました。アルファさん、いいですか?」
「す、すぐ準備します!」
レグは今日の朝からずっと本や手紙、地図などの書類を広げて何か一人で考えている。
セトさんは島に到着してから空から島を警戒したり、レグの手足となって調査したりと忙しい。
そんな中、気分転換に散歩して申し訳ない。
ヴェールとかぶり、歩きやすい靴にはき替えて二人と一緒に外に出る。
当たり前だけど部屋より外のほうが寒く、デッキに出ると身体の芯から冷え込むのがわかった。
「小さな島って言っても船がたくさん並んでますね」
「西大陸と東大陸の貿易中継地点でもあるんだって」
「あと海上警備船もいますよ」
「なら安心だ。海上じゃあ私たち無力に等しいですもんねぇ」
「だっ、大丈夫ですトワコさん! 海棲種族のことも勉強しましたし、武器も買いました。何かあっても絶対に守ります!」
「まぁでもこの船を襲うってことはないと思うよ。商船に比べたら大した金品ないし」
「確かに。でもメスは乗るから誘拐とかされるんじゃない?」
「誘拐された奴を番にするメスなんていないって」
「え、でも…。交尾はできるよね」
「できたとしても番になれないなら誘拐しても無駄だよ。マリッジリングがなかったときは誘拐が当たり前だったらしいけどさ。あー…でもイルカ族だけは性欲バカだからありえるか…」
「今でもメスの誘拐はありますが、そんなことをしたところで番にはなれませんし、何より自殺されたら意味ありません」
「じ、自殺!?」
「ひどい扱いされるぐらいなら死んでやるってメスばかりだからね」
「すごい…。わ、私にはできないかなぁ…」
「勿論ですッ。トワコさんに何かあれば絶対に助けますので死なないで待ってて下さい!」
「そうそう。っていうかもう二度と誘拐なんてさせないし」
「わっ、私も誘拐されないように頑張りますね!」
二人と会話しながらゆっくりと散歩をしていると、突然シャルルさんに腕を掴まれ引き寄せられる。
「うっわー…。久しぶりにいやな奴見た…」
「俺は初めて見た。珍しい」
「なになに?」
「ああ、ごめんねトワコ」
また何かあったのかと緊張で身体が強張る。
でもすぐに解放され、謝りながら額にキス。
彼らが見ていた方向に目を向けるけど、そこには船に残った乗客が数人いるだけで怪しい人物は見当たらない。
「知り合いでもいたんですか?」
「ううん。ヘビ族がいたから警戒しただけ」
「蛇族? 悪い種族なんですか?」
「ヘビ族は俺と同じぐらい嫌われてる種族なんだよ。匂いもないから暗殺に適してるし、何より毒が強力でおまけに執念深い。目をつけられたら一生付きまとわれるから警戒しちゃった」
「へー…。どこにいるんですか?」
「もういなくなったよ。俺と同じく黒い髪の毛に赤い目もしくは金目が特徴だから覚えておいてね」
「わかりました」
「でもあのヘビ族、マリッジリングしてたぞ」
「よく見えたな。つか珍しー。ヘビ族を番にするメスなんてほとんどいねぇだろ」
「でもそれじゃあ絶滅しちゃいますよね」
「だからヘビ族のメスにひたすら産んでもらうんだよ。それでも少ないから徐々に数を減らしてってるらしいけどね」
「……大変なんですね…」
「え、なに。ヘビ族が気になるの?」
「ち、違うますよ。ただそう思っただけで…。少しぐらい私を信用してくださいよ」
「ごめんねー!」
「俺は信用してますよ! トワコさんは嘘つかないし、その、俺らのこと大切にしてくれるし…優しいし…!」
「アルファさんは健気で可愛いですねぇ」
「ちょっと! 最近アルファばっか撫ですぎじゃない!? 俺だって可愛いじゃん!」
普通に会話してても何かしらで必ずイチャイチャしてしまう。
前より恥ずかしくないし、幸せな気分になれる。
やっぱり四人とも好きだなぁ。格好いいのに可愛いし、頼りになるしめちゃくちゃ愛してくれる。
演技なのか本当なのか解らないぐらい目を潤ませて擦り寄ってくるシャルルさんにヴェールを少しめくって頬にキスをすると二倍以上の愛情が返ってくる。
アルファさんにもしようと手を繋いだ瞬間、廊下の向こうから「助けてくれ!」と切羽詰まった声が響いた。
『お願いだ、ラーを助けてくれ! ずっと腹痛と頭痛を訴えてるんだが薬がなくて…!』
「申し訳ありません、言葉が理解できず…。翻訳できる方はいますか?」
『このままじゃ死んでしまう!』
気配を消して声がするほうに向かえば変わった服を着た男性が船員に詰め寄っていた。
船員は困った様子でなんとか彼の訴えを理解しようとしているが、会話が嚙み合っていない。
「彼って…」
「多分あの言葉は南大陸用語かな。俺らは東大陸用語使ってるから理解できないんだ」
「え?」
「つか何でハイオットニーからの船に乗ってんだ? そっちもディティ本山に行ける船あるだろうに」
いやいや、私は二人の言葉両方理解できますけど?
というかそういうのあったんだ。
…今まで気づかなかったけど、日本語で喋ってるのにシャルルさんたちと会話できるのも不思議だ。
目立ちたくない。だけど男性は必死に助けてくれと訴えている…。よっぽど大切な人が苦しんでるんだろう。
「シャルルさん。あの人の仲間が腹痛と頭痛を訴えてるらしいです。薬がないから助けてほしいって」
「…え? トワコわかるの?」
「あ、はい。私にはみんなと同じように聞こえます」
「……そう。それも始祖の力なのかな。気にしなくてもいいのに優しいね、トワコは」
「彼がいい人そうなので」
「んー…。まぁチーター族だしいっか。アルファ、トワコお願い」
「ああ」
アルファさんに私を預け、二人に近寄って船員に彼が薬を求めていると伝えるとすぐに動いてくれた。
チーター族の男性は混乱して『お前は南大陸用語が解るか!?』と詰め寄っていたのを、適当に流して逃げようとするけど興奮した男性はシャルルさんを離さない。
どうしよう。落ち着かせたほうがいいんじゃないかな…。薬さえあれば安心すると思うけど言葉通じないなら素直に薬をもらってくれるかどうか…。
「トワコさんが気に掛ける必要ないです」
「そうなんだけど…。あの人ほんと必死で…。ヴェールで顔隠してるし少しだけいいですか?」
よくないことはわかってる。
下手に同情して好意を持たれても困るし、何か問題に発展するかもしれない。
それでも泣きそう…泣いてる男性を見るとどうにかしてあげたいと思ってしまう。
その間にも伝わらないシャルルさんに何かを訴え続けている。何度も助けてくれと。
「アルファさん。何かあったらお願いしますね」
「…トワコさんがそう言うなら信用します」
多分訳せる人物は私しかいない。
警戒しつつ二人に近づき「あの」と声をかけると二人揃って私のほうを向いた。
金髪金目のシャルルさんと同じぐらいかそれより若い男性。
せっかくのイケメンが涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。
「腹痛と頭痛で倒れてるんですか?」
『南大陸用語だ! お前解るのか!?』
「おいッ! それ以上トワコさんに近づくな!」
『よかった…! 唯一翻訳できるラーが倒れて困ってたんだ!』
「そうだったんですね。船員さんに薬を持って来てもらうようお願いしたんでもう大丈夫だと思います」
『本当か!? ありがとう! あいつは俺の幼馴染で誰よりも大切なんだ…。本当に助かる!』
「いえ。あとで船員さんにお医者さんを手配するよう伝えておきますね。何号室ですか?」
『2003号室だ。ああよかった…。本当によかった! 君、名前は!? 是非ともお礼をさせてくれ!』
「困っていたから助けただけなのでお礼は大丈夫です」
「だから近いって! トワコ、離れるよう言ってよ」
「あ…。あの、できれば番が嫉妬するのでそれ以上近づかないでくれますか?」
『……っもしかして君はメスか! まさかメスが他大陸用語を扱えるなんて…。凄いな君は!』
「トワコさんに近づくな」
「大したことでは…。それよりもう行きますね」
『俺はアーキル・ドルパ。もし何かあればいつでも呼んでくれ! ディティ本山に行くなら屋敷に招待するぞ!』
「いえ大丈夫です。本当に大したことしてないので…。ではこれで」
まだ何か言い足りなさそうな男性を置いて足早にその場から立ち去る。
船員が薬を持ってきたからそれ以上追いかけてくることなく無事終わった。
「相手がチーター族だからあれぐらいですんだけど、トワコが優しくする必要ないよ」
「今回だけです。すみません」
「メスだって解ってもチーター族はトワコさんに擦り寄ってこなかったな。そういうものなのか?」
「ああチーター族は割と淡泊って言うか、警戒心が強いって言うか…。心開くまでに時間がかかる奴らだからメスであろうと無暗に求愛してこないんだよ」
「へー…。種族によって違う特徴持ってるの面白いですね。そう言えば種族について調べてなかったな…」
「じゃあ散歩終わったら教えてあげるね」
「書庫もありますしいい暇潰しになりますよ」
「いいですね。セトさんみたいに人の姿であっても見分けれるようなりたいです」
他の男性は怖いけど、あの人は怖くなかった。
時間が経てば恐怖も薄まるものなのか、はたまた特別にあの人がいい人そうに見えただけなのか。
とりあえず人助けできて気分もいいし、残り約一日ものんびり過ごそう。
そう思っていたのにやっぱりと言うかなんというか、シャルルさんが「襲われない」とフラグを立てたせいなのか…。
その晩、海賊による襲撃を受けた。
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