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81.船旅①

「うわー…おっきい…」


停泊する船に思わずこぼれる感想。

隣で聞いていたシャルルさんが少し笑って背中を押して船へと乗り込む。

昨日は想定外のことが起きたけど、そのおかげで最終目的地であるディティ本山に行けることになった。

懸念することはあるけど早めに行けるようになったのは嬉しい。

できるだけ早く神様と出会って始祖の能力について詳しく知りたい。そうすれば何かあっても自分自身を守ることができる。


「昨日手配した割にいい部屋じゃん。トワコ、プールはないけどお風呂はあるよ」

「ですね、嬉しいです」


昨日のうちに荷物をまとめ、早急にディティ本山に向かう船の手配をしてくれたセトさん。

真っ白な豪華客船は美術品かのように綺麗で、中もホテルに劣らないぐらい洗礼されていた。

そんな豪華客船の最上階フロアを手配したセトさんはさすがというか、なんというか…。いや、もしかしたらオヴェールさんの名前を借りたのかもしれない。

貴族とメスだけが利用できる専用部屋があるフロアは閑散としており、行き交う人もヴェールで顔を隠した私をチラリと見るだけで不必要な視線をよこさない。さすが貴族だ、礼儀をわかってる。


「ディティ本山には二日後に到着でしたっけ」

「はい。順調に進めば二日後に到着予定です」


この船に乗って二日後にはディティ本山に到着する予定となっている。

部屋のチェックを終えたセトさんの返答にお礼を言ってヴェールを外す。

視界を遮らないけどやっぱり窮屈さを感じる。

船の上、この部屋の中でなら外すことを許されたのでフッと息をつくと少しだけ身体が楽になった。


「トワコさん大丈夫ですか? その…少しお疲れのような…」

「昨日バタバタしちゃったからねー。あとは出発するだけだし少し休みなよ」

「そう…ですね。ちょっと横になります」


出発の準備とこれからのことやルルヴァのことで昨日はあまり眠れなかった。

二人の言葉に甘えて近くのベッドに横になるとすぐに眠気に襲われ意識を手放した。


「今日のトワコも可愛いなぁ。でも眉間にしわよっちゃってる…」

「お前と違って繊細だからな。それよりシャルル、早く情報収集してこい」

「わかってるっつーの! つかあの王様はどこ行ったんだよ。あいつがいねぇと仕事できねぇんだけど!」

「レグルスは船長と話してる。航路と…それと海棲種族について」

「ああ、なんか聞いたな。なんでも海賊が出るんだって?」

「俺も聞いたぞ。商船を狙う南大陸の連中だとかなんとか」

「私が聞いた話では周辺の島国の者だとか。まぁどちらにせよ知っておいて損はないだろう」

「まーね。他の船より頑丈に作られてるけどどうなるかわかんねぇし。沈没すれば俺らは勝てない。どうにか対策とっとかねぇとなぁ…」

「武器なら大量に持ってきたから今度こそ任せろ!」

「あ、レグルス。おかえりなさい。話は聞けましたか?」

「ああ」

「おけーり王様。で、なに聞いてきたんだ?」

「警備についてだ。海賊に襲われても対応できるだけの海棲種族の人数と武器と流れ。全部聞いてきた」

「問題ありそうですか?」

「対応はできるが数が少ない…。この船が狙われることはないらしいが少し不安が残る」

「まぁ最悪海中はそいつらに任せて船上は俺らがやればよくね?」

「それだとトワコにストレスを与えるだろうが」

「もしもの話だよ! 何事も起きないのが一番だっつーの!」

「また大声を出して…。レグルス、トワコ嬢はお昼寝中です」

「昨日寝れてなかったからな。……珍しく険しい顔してるがどうした」

「疲れていたようです」

「まぁ昨日のことで色々考えてるんだろう」

「その…捕らえることができなくてすまない」

「いや、北の王と手を組んでいるとは思わなかった俺の落ち度だ。それにお前の仲間も酷くやられたらしいな」

「まぁ…」

「これからどうするつもり? 俺もそろそろあいつ殺したいんだけど」

「殺すに決まってるだろ。ついでに北の王も殺してやる…!」

「それは前提。どうやってって聞いてんだよ」

「ディティ本山が安全だと解れば俺が出る」

「まぁそうなるよな。そっちのほうがはえぇもん」

「何を言ってる。お前らもだ」

「ハァ!?」

「レグルス、それだとトワコ嬢が一人になります…」

「それはさすがにまずいだろ。誰か一人でもトワコさんの傍にいるべきだ」

「あのシャチ族のメスから聞いたが一部屋だけ安全な場所がある」

「安全な場所ってなんだよ。どこも安全じゃねぇよ」

「うるさい、黙って聞け。その部屋は始祖の許可がないと入れない部屋だと言う」

「始祖の許可ってことはトワコさんの許可ってことか?」

「あいつもそこまで詳しくは聞いてないらしいが、どうもその部屋に始祖の御神体があるらしい。普段は誰も入れないのにたまに勝手に開く。そのとき聞いたことのない心地の良い声が聞こえ、要望を伝える…」

「なんだそりゃ。王様、そんな話信じちゃったの? ただのホラー話じゃん」

「信じてない。が、見る価値はある。始祖の許可がなければ入れない場所にトワコを隠しておけば安全だ」

「ですが…一人というのはあまりにも危険です…」

「それ以上にあいつらが邪魔だッ…! これ以上あいつらの様子を伺って生活するのも不快だ」

「さすが王様。まぁ俺もそれには同意するよ」

「で、でも…! やっぱりトワコさん一人は駄目だ。それにいつまでかかるか解らないじゃないか…。今どこにいるかも解らないし…」

「だから傭兵団の奴らに動いてもらってる。それとタカ族にも協力してもらう許可をとった」

「ああ、それで私の名前を貸せと。トワコ嬢のためなら問題ありません」

「戦力を大幅に削られたから北へ帰ることだろうな。再度戦力を集めてトワコを追ってくるか…。そうだな、俺がいないから王都を狙うかもしれない。そうなれば条約違反により王都の軍も動かせる。できれば後者を選んでほしいが…まぁそこまでは解らん。とにかくあいつらの行方が解るまでディティ本山に隠れる。仕事が終わり次第あのメスも来ると言っていたから癪だがトワコを任せるにはマシな奴だ」

「始祖返りのシャチ族かつ熱心な神官だもんな、あのメス。トワコにも心酔してるし……すっげぇ嫌だし離れたくないけどしょうがない。さくっと終わらせようぜ。ああ、ネコ族の処理は俺に任せろ。下等種族の分際で上位種族に喧嘩売る真似ばっかしやがって…」

「あのメスが来てくれるなら…」

「いや、でも…。メスがトワコさんの世話をできるのか…? それにそいつのつがいがトワコさんに手を出したら…? そ、そうか! 先に切り落とせば安心か!」

「アルファ…。それはトワコ嬢が絶対に許してくれない」

「大丈夫だセト! 俺は元々嫌われてもいいようにつがいになったからな!」

「さっすが番犬! 大丈夫だとは思うけどもしかしてってのがあるもんな!」

「……本当に嫌われてもいいのか?」

「っうえ!?」

「もうトワコ嬢に頭撫でてもらわれなくなるぞ。ハグも、キスも、ブラッシングも全てがなくなってもいいのか?」

「……い、いやだぁ…! よ、ようやく近づいてもまともに呼吸できるようになったのに…! っでも…俺は番犬としてつがいになれたから…その約束だし…」

「でもトワコ嬢はお前のことが好きだと言ってくれただろう。だが彼女は番犬としてお前を欲しているか?」

「………ううっ…でも…」

「番犬でもイヌなら主に嫌われないようするのが仕事じゃないのか?」

「どうすんの王様。ムッツリがいらんこと言ってるぞ」

「あいつはお前より弁えてるからマシだ」

「うっぜ!」

「わ、わかった…。レグルス、すまない…。約束を反故するかもしれない…」

「それでも時と場合を見極めろ」

「ああ、任せてくれ! 今回はあのメスを信じる!」

「よーし、話は終わりだな。俺はこの船調べてくる。アルファも行くぞ」

「解った。侵入経路と非難経路を調べておこう」

「では私達は先に仮眠をとっておきましょうか」

「そうだな」


「……ぅ…う…!」


「トワコ?」

「トワコ嬢? なんだが様子がおかしいですね…」

「ここには変なもの置いてないよな」

「アルファが調べましたがなかったです」

「―――ぃやだぁ!」


もう顔もおぼろげにしか覚えてないルルヴァに捕まる夢を見た。

ニタニタと笑い、鎖で動けない私のお腹を撫で回す気持ち悪い夢。

そこからなんとか逃げ出したけど、たくさんの手が…手だけが私を追いかけ乱暴に掴んで再び連れ戻される…。

怖くて、気持ち悪くて、助けてほしいのにつがいは誰もいなくて…。ひたすらに逃げることしかできなかった。

また逃げ出して今度は足を切り落とされるところでようやく夢から覚めた。

心配そうに見下ろすレグとセトさんに安堵し、視界が涙で歪む。

イルカ族に襲われた件とルルヴァの件で思っていた以上にストレスを受けていたのかな…。

それらがごっちゃになった怖い夢だった。


「大丈夫か?」

「…っは…!」

「何か飲み物でも飲みますか?」

「……いらない…。ギュッてして…」


涙を拭ったついでに手首を見ても鎖はもちろんついていない。

あからさまな安堵の息がもれる。

何かを察してかセトさんが声をかけながら背中を撫でてくれるので、これが夢でないことを再度確認するように抱き着くと驚きながらも優しく抱き締め返してくれる。

私以上に早くなる鼓動がなんだか落ち着く…。


「何か怖い夢でも見たか?」

「……うん…多分…」

「多分?」

「怖かったけど覚えてない…」


嘘だ、ハッキリ覚えてる。

夢なんて起きたらすぐ忘れるのに怖い夢というのは記憶にこびりついて離れない…。

でもこんなこと言ってもどうしようもないので適当に誤魔化す。


「では甲板に出てみませんか? そろそろ出航みたいです」

「……ううん、大人しくしておきます」

「…そうですか」

「また寝るか?」

「…もういいかな、目覚めちゃった」

「なら飯は?」

「いらないかな…」


眠たいけどまた怖い夢を見そうで寝れない…。

こんなこと今までなかったんだけどルルヴァに捕まったことを考えると、どうしてもそればかり考えてしまう。

ホテルで朝食を食べたばかりだから減ってないし、どうやって時間を潰そうかな。

本音は船を探検してみたいけど、いくらレグが許可を出しても出たくない。余計なことはしたくない!


「チェスはどうだ?」

「あー…でも私ルールわかんないですし…」

「俺が教えてやる」

「レグが?」

「レグルスは強いですよ」

「へー…。じゃあやってみようかな。セトさんが相手してくれるんですか?」

「はい、勿論です」

「セトも強いからな、油断するなよ」

「え…。あの、初心者だから手加減してくれると嬉しいです…」

「ご安心下さい」


今までトランプゲームしかしてこなかったけど、今回は到着するまで部屋に引きこもっておくつもりだ。

さすがに飽きるだろうと別のボードゲームを出してルールを教えてもらいながらチェスに集中。

そうこうしている間に船は港を出発し、少しだけ波の揺れを感じながら三人でチェスを楽しんだ。


「あのねレグ」

「なんだ。次はポーンじゃなくてナイトを動かしたほうがいいぞ」

「うっ…。えっと、船旅中も一緒に寝てくれる?」


多分また怖い夢を見るかもしれない。気にしないようにしてもそういうときこそ無意識に意識してしまう…。

せめて隣にはレグがいてほしい。レグがいてくれたら安心して眠れるし、何かあればすぐ起こしてくれる。

レグの膝に乗ったまま言われたとおりナイトを持ってどこに動かそうか考えながら言うとクイッと顎を掴まれそのままキスされた。

返事の代わりにキスをしないでほしい…!


「っちょっと…!」

「おねだりが上手になったからその褒美だ」

「なにそれ…」

「甘えるのがどんどん上手になるなトワコ」


そう言われると子供扱いされてるみたいで嫌になる。

少し睨むけど嬉しそうなので何も言い返すことができず、返事をせずチェス盤へと目を落とす。


「トワコ嬢に頼られると嬉しいですね、レグルス」

「ああ」

「何かあれば私にも頼って下さい」

「いつも頼ってますよ…」


ナイトを置いた手を取って懇願する目でキスをするセトさん。

そろそろ慣れてきたと思ってるけど、セトさんの…いやみんなのあの目にはドキドキするなぁ…。

前よりは落ち着いたと思うけど、キスの先をねだるような視線を向けられるとすぐそっちに流されそうになる。

ああでもディティ本山に行けば交尾するって言ったし…こ、これぐらい慣れていたほうがいいかな。

だって今でさえドキドキして顔が熱くなって逃げたくなるのに、本番になれば恥ずかしくて死んじゃうかもしれない!

その前に誰と最初にするかも決めておかないといけないし…ああもうそのときもイヤだ…。自分で指名するのが恥ずかしい…!


「で、ディティ本山に行ったらまずどこに行きたい?」

「あ、えっと…。始祖の像が見たいです」

「それだけでいいのか? 何かやることがあるんだろう」

「はい。多分大丈夫なはずです」

「始祖の像なら予約する必要ありませんね」

「予約が必要な場所があるんですか?」

「原本がまさにそうです。それから始祖が使用されたと言う家具や服などの展示物は神官がいないと見て回れません」

「へー…。でも私は譲ってもらった原本あるし、私物には興味ないかなぁ…」

「ならさっさと用事を終わらせよう。それから……」

「レグ?」


少しだけ声が低くなった気がした。

見上げるとさっきまで穏やかだったレグの表情が険しい顔へと変わっていた。


「そこが安全だと解り、シャチ族のメスが来たらとある部屋にいてほしい」

「……オヴェールさんが来るんですか?」

「ああ」

「でもどういうこと?」

「始祖と北の王を俺達で殺してくる」


レグの言葉に心臓がドキリと大きく飛び跳ねる。

俺たちで? レグだけじゃなく? 四人で殺しに行くってこと?


「えっと…その間、私はオヴェールさんと留守番していればいいんですか…?」

「そうだ。安全だと解ればの話だがな」

「…………うん、わかった。留守番してます」


私が行ったところで何の役にもたたない。むしろあの人たちからしたら鴨がネギを背負って…ってやつだ。絶対に一緒に行けない。

それでも今まで一人にされたことはなかった。絶対に誰かが残っていた。

オヴェールさんがいると思ってても彼らと…つがいと離れるのは苦しくなる。

言ったらきっと誰かが残ってくれるのはわかってる。でも言えない。今回こそ私を守るため確実に殺すつもりなんだ。だったらワガママ言って邪魔したくない。


「寂しい思いをさせてしまって申し訳御座いません」

「いいえっ、気にしないでください!」

「今度こそ必ず殺してやるから安心しろ」

「はい、信用してます」

「まぁそれも足取りが掴めてからになりますが。それまではディティ本山でゆっくり過ごしましょう」

「そう言えばディティ本山は島全体が一つの街になってるんでしたっけ?」

「そうです。なのでとてつもなく広く一日では見て回れませんよ」

「うーん…でもまた変な人に絡まれるかもしれないしなぁ…」

「安心しろ。あのクソガキが仕入れてきた情報によると神官は去勢済だ。他国からの観光客はいるがヴェールをかぶれば問題ない」

「いやでも何が起こるか解らないし…」

「それもそうだが、だからと言って何週間もしくは何か月も屋敷にはこもりたくないだろう」

「う……そうですね、じゃあ適度に出るようにします。……って屋敷?」

「あのメスが滞在する屋敷を借りた。あまり広くないが宿よりはマシだ」

「至れり尽くせりですね。今度オヴェールさんに会ったらしっかりお礼言っときます」

「お前が言う必要ない。殺されたかけたんだからこれぐらい当たり前だ」

「それでも色々お世話になってますから…」


馬車の手配、ホテルの手配。それからこの船だってディティ本山に行ってだって彼女の権力を使わせてもらっている。

始祖に心酔しているからと言えばそれまでだけど、良くしてくれるならちゃんとお礼は言いたい。

彼女の好意をお詫びからとして当たり前に享受するのは違うと思う。

そう思ってニコリと微笑むと軽い溜息をつかれてポーンの駒を手にし、勝手に動かした。

それからはまたゲームに集中してシャルルさんとアルファさんが戻って来るまで楽しい時間を三人で過ごした。

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