80.ハイオットニー国⑨
「楽しかったですか?」
「めちゃくちゃ楽しかったよ。俺らばっか楽しんでごめんね」
「ううん、みんなが楽しいと私も楽しいから気にしないで」
武闘大会一日目が終了した。
拷問される姿は見たくないので遠目で見たり、楽しんでいる彼らを見てそれなりに楽しい一日を過ごすことができた。
夜と夕方の間の時間帯に一日目が終了し、少し涼しくなった外に出てホテルへ向かう。
「―――トワコ、少しの間待ってろ」
「レグ? どうかした?」
「セト」
「はい。トワコ嬢、ここでシャルルとお待ち下さい」
「え?」
「アルファ」
「すぐ戻って来ます!」
あとはホテルに戻って夕食を食べながらまったり過ごすだけだったのに、突然レグ、セトさん、アルファさんが私とシャルルさんを残してどこかへと消えて行く。
ホテルから闘技場までホテルの警備員が周辺をパトロールしてるらしいけど、いきなり二人にされると不安になる…。
「何かあったんですかね?」
「んー…多分あとで知ると思うから先に言うけど、始祖返りの件じゃないかな」
「……捕まえた…?」
「それの報告だろうね」
「なら私も一緒に連れてってくれたらいいのに…」
「え、いやだよ。伝令役はデーバにって言ってたのに違う匂いだったし。可愛いトワコに惚れられたら困るでしょ」
「はー…相変わらず嗅覚が鋭いですね」
「割と普通だけどね。―――だからお前の存在には気づいてるって」
低く、冷たい声が響く。
その声に背筋が震え、何か怒らせたのかと思ったがシャルルさんの視線は私の後ろに向けられていた。
「トワコ様! お久しぶりです!」
「あ…グラドさん」
「やっぱり俺の間違いじゃなかった! 変わらず可愛らしく、とてもいい匂いで…。いや、前より綺麗になりましたか?」
振り返ると前よりたくましくなった気がするグラドさん。
あの時みたいに私だけを見て、私だけに話しかけてくる。
一歩近づくとすぐにシャルルさんに隠され牽制するも、彼は肝が据わっているのか笑顔のまま詰め寄ってきた。
「俺あれから頑張って稼いでるんですよ! シャルルさんに言われた金額の半分は貯まりました!」
「おい近づくな。つーか諦めてなかったのかよ」
「久しぶりにトワコ様の顔を見たいけど…。ここじゃあマズいですよね。残念ですが今度会ったときの楽しみにします!」
「相変わらず人の話聞かねぇなぁ!」
「ハイエナ族は執念深いのシャルルさんも知ってますよね。それより何であの略奪者がトワコ様の番になってるんだ」
「あ、あのグラドさん…」
「ああ相変わらず美しいお声です! 生まれてきてよかった…!」
「こっちにも色々事情があんだよ。それより早く行けよ。俺だからいいものの、他の奴らだったら殺されるぞ」
「王都の軍人と北の傭兵団リーダー…それから英雄様ねぇ…。まぁトワコ様が安全なら他の番なんてどうでもいいけど。トワコ様っ、あと少しなので俺頑張ってきますね!」
「いや、私は「頑張って優勝してきます! では!」
初対面のときから思ってたけど、押しが…押しが強い…!
言いたいことだけって爽やかに去って行くグラドさんを黙って見送ることしかできず、訪れる沈黙に重たい溜息がもれる。
番にするつもりはない。って伝えて諦めるよう言いたかったのに…。
「…そう言えばシャルルさん、グラドさんには優しいですね」
「優しい?」
「他の人だったらもっと牽制するのに、三人にバレないよう逃がしてたじゃないですか」
「あー…いや、あいつが番になるのはもちろん嫌だし、嫌いなんだけど…。なんだろう、色々便利に使えそうだなぁって思って…」
「使えそう、ですか?」
「んー…。つかあいつセトとアルファのことも知ってんのか! まぁあれでも一応ギルド所属だし、裏についても詳しいのか…」
「えっと…」
「まぁいいや。そんなことより少し離れようか。あいつの匂いが残ってるから王様ブチ切れそう」
「グラドさんもレグのこと略奪者って言ってましたね」
「あーね。昔っからの因縁関係だから」
「ふーん…。…って、あれ? セトさんどっか飛んで行っちゃってません?」
「あーほんとだ。―――失敗したな」
「え?」
呟くと同時にアルファさんが走って戻って来た。
さっきまで楽しそうに笑っていたのに今は表情険しく、重々しい雰囲気を発していた。
「トワコさん、ホテルに戻りましょう」
「失敗か」
「……詳しくはホテルで話す。失礼します」
「きゃ!」
まだハッキリと答えを聞けていないけど、雰囲気だけでわかる。
ルルヴァを捕まえることができなかった。
それじゃあゼメルはどうなった? デーバさんたちやオヴェールさんは?
次々思いつく嫌な想像に身体が少しだけ震えた。
アルファさんは私の返事を待たず抱え上げ、ホテルに向かって走り出す。
捕まえられなかっただけじゃない。何か悪い予感がする…。それぐらい彼は焦っていた。
あっという間にホテルに到着し、窓と言う窓のカーテンを全て閉じて外からの視線を防ぐ。
「結論からお伝えします。今回も取り逃しました」
ソファに座らされ、閉鎖的な部屋を作ったアルファさんは目の前に座ってようやく口を開いた。
オヴェールさんのおかげでルルヴァをゼメルに呼び寄せたまではよかった。
デーバさんたちも間に合い、協力して捕まえる準備を整えていたのだがそこに予想していなかった人が現れ、作戦は失敗。
ルルヴァの戦力は削れたものの、肝心のルルヴァとその人物だけは取り逃してしまったと拳を握りしめながら報告する。
「…その人って誰なんですか…?」
「……北の大国〇の王、ジャミラです」
「ハァ!?」
「え…」
「詳細はレグルスが聞いてますが、どうやらルルヴァはジャミラと手を組んだようです」
本当に予想していなかった人物が出てきた。
確かアザラシ族の王様だったっけ…。前の王様を殺して現在の王になった残忍な性格だって前に聞いたことある…。
「それでトワコさんの居場所もバレたようでこちらに向かっていると…」
「あいつ…ゼメルにネコ族残していやがったのか…!」
「多分そうだと思う」
「ど、どこか逃げたほうがいいんじゃ…?」
「はい。なのでセトに船の手形を買ってくるよう指示していました」
「船? この大陸から出るんですか?」
「いえ、ディティ本山に向かいます」
あれだけ行きたいと思っていたけど諸々の事情でお預けされていたのに何でいきなり…?
その心の声が届いたのかアルファさんは少し微笑んで一枚の封筒を取り出した。
「オヴェールからの紹介状を預かりました。これがあればオヴェールのように対応して頂けるらしいです。さらにオヴェールの後ろ盾である国からの発行なのでより安全です。高位神官しか持てない手形ももらってます」
「だからってディティ本山自体が危ねぇかもしんないだろ。まだそこまで詳しく調べられてねぇし…」
「いやルルヴァはディティ本山に向かってない。それはオヴェールも確認済だし、俺の右腕ガルドも確認している。あいつがディティ本山に行った経歴はない」
「いやでも…」
「ここにいるほうが危険だ」
「あの、ここで捕まえるとかはダメなんですか…?」
「駄目です! ルルヴァだけならまだしもジャミラはかなり狡猾でメスを傷つけることも躊躇いません。トワコさんに近づけたくない!」
「トワコの存在をこの国にもバレたくないしね。ちょっと不安だけど今はディティ本山に逃げるしかないか…」
「でも…えっと、ずっと逃げてばかりで…。いや、だからって私ができることはないんですけど…」
「すみません、俺らが情けないばかりに…。詳しい話はレグルスが帰ってからしてくれると思います。シャルル、明日には船に乗るからここを経つ準備をしよう」
「わかった。トワコ、逃亡生活で窮屈な思いさせてごめんね」
「いえっ、みんなはよくしてくれます! すみません、色々大変なのに思ったこと口にしてしまって…」
「いいよ、気にしないで。とりあえずまた別の作戦考えるよ。できればトワコの存在に気づくことなく、静かに捕まえるのが俺たちの目的だけど、それすらできなくなったらそんときは助けてよ。あの始祖の能力使ってさ」
「シャルル!?」
「……っうん、任せて! それぐらいしかできないけどそのときは頑張る!」
「じゃあ一緒に片付けようか。いらないやつは捨てよう」
四人は私に安全な場所にいてほしいと思っている。
それは私が大事だから、傷つけたくないから、私が怖がるからと様々な理由があるからだ。
私の見えないところでルルヴァを捕まえて安心したい。私を安心させたい。
その気持ちは十分伝わっている。だからこの生活もイヤじゃない。
それに彼らが捕まえれば一番早いのに私を守るため、不安にさせないため傍にいてくれる。誰よりもルルヴァを捕まえたがっているのはこの四人なのに。
だから申し訳なさそうな顔をしないでほしい。
シャルルさんもアルファさんも怒りを抑え、落ち込んでいるような悔しがっているような表情を浮かべて何度も謝る。
シャルルさんと一緒に荷物の整理をしながらできるだけ笑顔で色々話すけど、いつもより反応が薄い。
さっきは「助けてほしい」ってお願いされて嬉しかったのに、こんな顔を見ると私まで気分が落ち込む。みんなが悪いわけじゃないのに…。よくしてくれてるのに…。
「あ、レグとセトさんだ! おかえりなさい二人とも」
「ただいま戻りました。……その…」
「……トワコ」
「話しは聞きました。大丈夫ですよ! さくっと準備を終わらせて明日は船旅を楽しみましょう」
そうは言っても暗い表情のレグとセトさんに精一杯の笑顔を向けると少しだけ口元を緩めてくれた。
持っていた服を取り上げシャルルさんに投げつけると空いた手を持って再びソファに座らされる。
そのまま胸に顔を埋めて強く抱き締めるレグ。
「北の王にお前の存在がバレた」
「あ、はい聞きました」
「俺とこいつらがいれば二人とも殺せた」
「…はい」
「だがそれだとお前一人になる…!」
「そうですね」
「悪い」
何に対しての謝罪なのか解らないけど、全部に対してのじゃないかと思う。
バレたこと。殺せなかったこと。捕まえると言って捕まえられなかったこと…。
私は気にしてない。レグたちも強いけど相手も始祖返りと北の王様だ。強いに決まってる。むしろレグたちがいないのに逃げられただけでも十分だと思うんだよね。
四人が何でこんなにも心配しているか平和ボケした私にはピンとこない。
もちろんルルヴァに捕まりたくない。北の王様にだって絶対に嫌だ。
それでも彼らみたいに今にも泣きそうな顔を見ると不安になってくる…。
私を奪われたくないだけじゃない。そこに番としての義務や愛情があるだけの感情に見えない。
「私、ルルヴァに捕まっても番にならないよ…?」
「当たり前だ」
「北の王様だって知らないし、怖いって言うから絶対にいやだ」
「…」
「なんでそんな焦ってるんですか?」
そう、ずっと焦っているように見えた。
殺したいのに自分の手で殺せないから落ち着かないと思っていたけど、その時以上に焦りを感じる。
「………トワコの力もバレた」
「…え…?」
「あの始祖返りはトワコが始祖だからお前を番にして子を産ませ、その子供を使って大陸を支配するつもりだ。何人も何人も…! それだけでも度し難いのにお前のもつ力もヒョウ族の件でバレてしまった」
「……ヒョウ族って…」
「トワコが体調崩して止まった街があるだろう。そのときにネコ族に見つかって力を見られた…。そこからさらにお前に執着するようになって、北の王を味方にしたんだッ…! あいつも逃亡中に始祖について調べたらしいからな、始祖にあんな力があると知ってどうしても、どうやってもお前を手に入れるつもりらしい」
「それでみんな焦ってるんですか? 早く殺そうと」
「そうだ。それなのにまた逃げられた…ッ」
なるほど、始祖の能力がバレていたから焦っていたのか…。
確かに便利な能力ではあるけど大勢には通用しないし、そこまで固執するほどじゃない気がするんだけど…。
「お前、自分の能力がどれだけ強大なものか理解してないだろう」
「え? いや、便利だなって思うけど大勢には通用しないし…」
「昼間のお遊戯大会にすら目を背けるお前には解らないか…。いいか、あいつらはお前が子を孕んで産めばいいと思ってる奴らだ」
「は、はい」
「番にしないと見知らぬ奴らを殺すと言われ、目の前で殺されたらお前はどう思う?」
「……怖いです…」
「ああ、お前は優しいからな。だが奴らはそうする。それか番にするまで今日の拷問をかけられたら? 番になったあとも何か逆らうたびに爪を剥がされ、指を斬り落とされ、腕、足、耳、鼻を斬り落とされると言われたら?」
「…っ!」
「医療だけは充実しているからな、切り落としたあとも後遺症が残らないようすぐ回復させられ同じことを繰り返される。前にもあいつに言われただろう。欲望を叶えるためだったらどんな非道なこともできるんだ」
ずっと前にルルヴァに言われたことを思い出した。
妊娠しないと人間以下の生活を送らせる、と…!
四人が優しいからそんな扱いをしないだけで、本当だったらできるんだ。
でもルルヴァは自分の欲望のためには私がどうなってもいい。死にさえしなければどんな扱いをしてもいいと思ってる…。
「始祖の能力も詳しくは知らない。ただ自分のいいように解釈してるだろうな。簡単に大陸を支配できると。お前が手に入れば強制的に番になって始祖返りをたくさん産ませ、お前自身も始祖の能力で使えるなんて一石二鳥どころの話じゃない」
そのうえ始祖の能力は野望に満ち溢れた人にとっては喉から手が出るほどほしい力だ。
私が大勢には通用しないって言っても……うん、きっと信じてくれない。いや信じたとしても薬で解らなくさせて無理やり働かされるかもしれない。
私には想像できない非道なことをされるかもしれない…!
「絶対に…捕まりたくないッ…!」
「ようやく理解できたようだな」
「うん…ごめん…」
「謝ることじゃない。怖がらせたくないから言わなかったし知らないまま裏で処理するのが理想だったからな」
「でもごめん。危機感持つよう気を付けてるんだけど本質を理解してなかった…」
「ああ、解ってるから大丈夫だ。ともかくルルヴァがどういう奴で捕まったらどんなことされるか理解できたな」
「絶対に捕まらないよう気を付ける! 加護も始祖の能力もすぐ使えるよう練習して、それからみんなと離れない!」
「加護はいいが始祖の能力は絶対に使うなだ」
「でもっ」
「明日からは船だ。陸じゃない」
「っ…うん、わかった! 前みたいにはならない」
「ディティ本山にはあのメスの知り合いが多くいる。招待状をもらっただろう。それで教皇とも面会できるし協力してもらえる。あいつらはディティ本山に上陸できないよう頼むつもりだ」
「うん!」
「そこでまた時間を稼いで今度こそ殺してやる」
ギラリと光る突き刺すような視線に私までも震えあがった。
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