表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虹彩異色の夢見の巫女は隻眼の辺境伯の幸福を夢見る  作者: ミドリ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/33

29 刺客襲来

 日中は緑に染まっている中庭も、月明かりの下では黒ずんで見える。


 歩廊へと続く階段は、居館から中庭の中心を突っ切った場所にあった。そこへ向かって、シエルは一直線にひた走る。


 居館の周囲はそびえる主塔の影に隠れて真っ暗だったが、近付くにつれ、歩廊の上に設置された篝火の光が届き明るくなっていく。


(衛兵さんたちは無事!?)


 最初に狙われるのは、城門の更に奥、居館側の歩廊の見張りの衛兵だ。走りながら彼の姿を探す。


(――いた!)


 篝火の明かりの前に勇ましく立っている姿を確認して、シエルは心の中で安堵の息を吐いた。まだ、まだ大丈夫だ。走ればきっと間に合う。


 広い中庭を渡り切り、傾斜のきつい階段を一気に駆け上っていく。


「はあ……っ! はあ……っ!」


 日頃、走ることなどまずない。だがアルバインに来てからのシエルは、城見たさによく歩いていた。お陰で、ブランデンブルグにいた当時よりも脚力は付いている。


 城を見学して回る原因となったシエルの止まない探究心も、令嬢が走ってはならないなどといった貴族としての常識が不足しているのも、もしかしたらエーデル・アルバインに選ばれたひとつの要因だったのかもしれない。


 例えばこれが身代わりのシエルではなく当初の予定通りアリエスが嫁いできていたら、貴族令嬢として淑女であるべきと育てられた彼女は、火かき棒を手に持ち更に走るなどといった淑女とは程遠い行動は絶対に取らなかっただろうから。


 階段を上り切り、歩廊の上を駆ける。


(私のこれまでの人生は全てこの日の為にあったのかもしれないわ。両親が私の命を守ってくれたのも、きっと――)


 これまでの全てに意味があったと考えれば、苦しく辛かった過去でも少しはいいこともあったのだと思えた。


 パタパタと走るシエルの足音に気付いたのだろう。警戒中の衛兵がぎょっとした顔で振り返る。


「シ、シエル様っ!?」


 シエルの城内散歩でよく顔を見る青年だ。いつも朗らかな笑顔で「見回りご苦労様です!」と敬礼してくれるので、エリザと二人「見回りですって、おかしいわね」と笑い合っていた。


 夢の中では、彼も殺されていた。繰り返し何度も青年の死を目撃したシエルは、決めていた。衛兵を誰ひとりとして死なせはしない、と。


「ええっ!? 待って下さい! その格好で……!」


 あわあわと手で口を押さえている青年に向かって、シエルは腹からの大声で伝えた。


「見回りですっ!!」


 こんな大きな声が、自分の口から出てきたのに驚いてしまった。それと同時に、途方もない開放感を得る。


 お前も他の人間と同じように力一杯生きていいのだと、エーデル・アルバインに背中を押された気になった。


「へ……っ!?」


 目をまんまるにした青年の横を走り抜ける。すると背後から、青年の上擦った声が返ってきた。


「ご、ご苦労様です……っ!?」


 こんな時なのに、シエルは思わず口の端に笑みを浮かべてしまった。心の中で、ありがとう、と返す。


(追いつけ、先回りするのよシエル! 私が一番前に出たら、後ろにいる彼らの運命は変わるのだから――!)


 青年衛兵の声が聞こえたのだろう、進行方向にいた衛兵たちも、驚いた顔でシエルを見た。口々に「シエル様!?」「奥様がどうして!?」と騒いでいる。


 はたして信じてくれるだろうか。分からない。でも、言わないで後悔するよりも、言って後悔する方がましなように思えた。


 もう、大声を出すのは怖くなかった。


「――敵襲です! 敵は黒装束の男三人! 城壁をよじ登って来ます!」

「どういうことです!?」

「お願い、今は信じて!!」


 城門の上を通り過ぎると、シエルは一段高くなった歩廊の壁の上に乗る。涼やかな夜風が吹きつける中、シエルは外壁を覗き込んだ。


「な――っ!」


 最初に歩廊に到達しようとしていた男が、すぐ真下で黒い頭巾から覗く目を驚きに見開く。


「お前は――っ」


 男が、シエルの足を掴もうと手を伸ばしてきた。


 シエルは火かき棒を両手で振り上げると、叫ぶ。


「アルバインは――私が守ります!」


 そのまま、勢いに任せて下に叩きつけた。


 ギンッ! という確かな手応えと共に、「ぐおっ!」という男の唸り声が響く。


(当たったわ!)


 下を覗くと、男が城壁の下に落ちていくところだった。


「シエル様! 危険ですっおさがり下さい!」


 近くにいた衛兵が、シエルの腕を掴み歩廊へと引き戻す。だがシエルは逆に衛兵の腕を掴むと、必死で訴えた。


「まだあと二人いるんです!」

「ええっ!? しかし、」


 すると丁度その時、男がいた近くから、残り二人の男がトンと身軽な様子で歩廊に降り立つ。


「シエル様! あちらへ!」


 敵が乗り込んできたのをその目で確認した衛兵が、シエルの背中を抱きながら来た方向へと走り始めた。


「――敵襲! 敵襲だ!」


 別の衛兵が、敵襲を告げる鐘をガンガンと鳴らす音が、周囲に響き渡る。


「迎え撃て!」

「シエル様は下へ!」

「待って! 私もたたか――!」


 衛兵に半ば抱えられたシエルの横を、武器を手にした衛兵たちが次々と走り過ぎていった。


 シエルを守っていた衛兵が、シエルに「見回りご苦労様です!」といつも言ってくれる青年を見つけて命じる。


「オルド! シエル様を居館まで連れて行け!」

「はっ! さ、シエル様、こちらへ!」

「ま、まっ……」

「ここは危険ですから、早く!」

「……ッ!」


 ここでごねたところで、シエルは邪魔になるだけなのかもしれない。剣戟の甲高い音と男たちの怒声を背に、悔しくはあったが大人しく青年に守られつつ来た道を戻っていった。


 階段を下り、騒ぎの中心の方向を振り返る。いつの間にか城門は開かれ、城の外側にある兵舎で休んでいたのだろう兵たちが早くも城内に駆け込んできていた。


(未来が変わった――!)


 ドクドクいう心臓を拳で押さえながら、シエルの心は歓喜に包まれていた。リュスの無事はまだ確約されてはいないが、ここまでの兵を相手にたった二人の刺客がリュスの所まで辿り着けるとは思えない。


 ――と、主塔の入り口から、リュスが剣を手に走ってくる姿が見えた。


(リュス様! ああ、ご無事だったのね!)


 安堵のあまり、膝から崩れ落ちそうになる。


「シエル!? 何故貴女が!」


 リュスの焦ったような顔は、初めて見たかもしれない。


 シエルがリュスに返事をしようと思った、その時。


「敵が飛び降りたぞ!」


 ドワアアアッ! という怒鳴り声が城門の方から響いてきた。急いで振り返る。二人の刺客が、兵たちの間を風が吹き抜けるかのようにスルスルと走ってこちらに向かってきているではないか。


 男たちの声がする。


「あれが領主だ!」

「アレはどうする!」

「領主を先に()る!」


(嘘! 夢の出来事は回避したというのに、まだ駄目なの!?)


 男たちは走り抜ける際、兵たちを次々に斬り伏せていた。強い、強すぎる。


「シエル! 下がれ!」


 リュスが近付いてくる。一対一ならまだしも、手練相手に一対二だ。


 ――夢の中で、リュスはひとりを倒し、残り二人にやられていた。


(いやよ……!)


 身体が勝手に動いていた。


「――ッ!」

「なんだあの女は!」

「シエル!?」


 シエルは男たちの進行方向を邪魔するように立つと、震える手で火掻き棒を再び構える。否、震えているのはシエルの身体だった。


「リュス様は! 殺させません!」


 泣き出しそうになるのを必死に堪え、シエルは叫んだ。


「頭おかしいのか!」


 目前に迫った男が、鼻で笑いながら剣を振りかぶる。


(ヒ――ッ!)


 その瞬間、シエルは死を覚悟した。


 だが、恐れていた痛みは訪れなかった。


(え……?)


 もうひとりの男が、男の手を掴んで止めていたのだ。


「馬鹿、よく見ろ! この目じゃないか!?」


 すると、斬りかかろうとしていた男が目を大きく開き、シエルの手首をパッと掴む。グンッと引っ張られると、シエルは一瞬で男の肩に担がれていた。


(え!? な、なに!?)


 男たちが小声で交す。


「俺が持つ! お前は援護を!」

「おうっ!」


 男たちが瞬時に踵を返した。


 だが、次の一歩が踏み出されることはなかった。

次回投稿は来週月曜日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ