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1 裏切りの発覚

前半シリアスですが、ハッピーエンドの予定です。

よろしくお願いします。

 豪奢な調度品が四方を彩る、煌びやかな客間。


 シエルが客間に到着すると、目の前には理解し難い光景が広がっていた。



 先程までシエルは、いつもと同じく自室で本を読んでいた。部屋から出ると、叔父一家だけでなく、使用人たちもシエルを見て嫌そうな顔をする。


 自分が忌むべき存在だと理解していても、嫌悪の目を向けられるのはいつまで経っても慣れなかった。


 だから起きている間は、殆ど自室と書庫の間を行き来するだけの生活だ。


 部屋にいたシエルの元に、叔父であるブランデンブルグ卿が突然やってくる。厳しい表情を浮かべながら、訪問客があった時以外は入ることが許されない客間に「今すぐ来い」と命じた。客間なら、訪問者がいるということだ。


(叔父様を待たせては、また愚図だと怒らせてしまう……!)


 所有している中では一番質のいい大判の肩がけを羽織ると、シエルは苛々と待つ叔父の後を慌てて追った。


 そして、開け放たれた客間の扉の先に見てしまったのだ。


(どういうこと……?)


 シエルの瞳を隠してくれる白に近い銀髪の隙間から、従姉妹のアリエスと婚約者のニールがひしと抱き合っている姿が見える。


 ニールはアリエスの肩に腕を回し、芝居がかった仕草で天を仰いだ。喜んでいるのか、満面の笑みを浮かべている。ニールのあんなにも嬉しそうな笑顔など、シエルは一度も見たことがなかった。


「僕の子供なんて、夢なんじゃないか……? ああ、アリエス、こんな素晴らしいことが起きるなんて!」

「ニール様。私、本当に生んでもいいのですか……?」


 遠慮がちに、でもしっかりとニールの背中に腕を回したアリエスが、チラチラとシエルを横目で見ながら勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


「勿論だ! 僕が愛しているのはアリエス、君だけなんだから!」

「ニール様、私もニール様を心よりお慕いしておりますわ!」


 シエルは状況が理解できずに、縮こまって固まっていた。何故なら、ニールは婚約者だからだ。アリエスではなく、シエルの。


 本来の婚約者であるシエルが来ているにも関わらず、ニールはちらりとも見ずにアリエスを熱い眼差しで見つめ続ける。


「アリエス、今すぐにでも僕と結婚しよう!」

「ニール様、嬉しい!」


(ええと……つまり、アリエスはニール様の子供を身籠ったということ? でもそう簡単に結婚なんてできるのかしら?)


 ニールは、シエルの両親が亡くなる前に決められた婚約者だ。シエルが八歳の時に野盗に襲われ両親が亡くなった際、「引き続き後ろ盾になってほしい」と二人の死を悼んだ王家の要望で婚約が継続されたと聞かされている。


 つまり、シエルではなく従姉妹のアリエスと結婚するとなると、王家の命に逆らったことにならないか。


 途端、シエルは心配になってきた。ニールの輝かしい未来が、また自分のせいで曇ってしまうのではと思ってしまったのだ。


 月に一度、ニールは義務的にではあるがシエルに会いに来てくれた。だが、シエルは全く以て社交的でない。ニールの前では絶対に目を隠せと叔父に言われていたから、いつも髪で隠していた。


 シエルが興味あるのは読書だったが、ニールは読書は好かないらしい。他に共通する話題もなくすぐに沈黙がやってくる顔合わせは、申し訳なさを通り越して苦痛だった。


 目も合わず趣味も合わないシエルに、ニールはすぐに興味を失ったのだろう。数回以降は、会いには来てくれても、相手をするのは専ら叔父一家の誰かになった。最近は、年齢の近いアリエスがニールの相手を買って出てくれていた。


 シエルはアリエスにもニールに対しても、ずっと心苦しく思っていた。ニールをここに縛り付けてしまっているのは、自分が死に損なったせいなのは疑いようがないからだ。


 だから、明るくて美人のアリエスと恋に落ちたのは、当然だと思った。周囲に忌み嫌われている目も合わない不気味な女より、絶対的に正しい選択だ。だからそれはいい。


 だがアリエスには、先日婚約者が出来たばかりだった。辺境伯であるリュス・アルバイン伯爵。実際に顔を合わせたことはまだなかったが、近い内に挨拶に行くことになっていた筈なのに。


 目の前のニールとアリエスは、嬉しそうに抱き合ったままだ。


(どうするつもりだろう……)


 ニールの家も伯爵家ではあるけれど、ニールの父親は事務官をしている立場。かたやアルバイン伯爵はただの伯爵とは違い、地方の自治権や屈強な自軍を保有する辺境伯だ。同じ伯爵でも、辺境伯の方が遥かに地位が高い。


「あの……アルバイン伯爵との婚約はどうなさるんですか?」


 自分如きが口出しをするなんておこがましいのは重々承知だったが、相手は辺境伯だ。簡単に片付けられる問題ではないだろう。


 すると、ヒソヒソと小声で話していた叔父夫婦が、シエルを見て踏ん反り返る。


「アルバイン伯爵は非常に冷徹で周囲にも厳しいお方らしくてな。アリエスとの婚約の話も、明るく美しい娘が嫁に来れば少しはマシになるかもしれないと持ち込まれた話だったんだよ」

「え……っ」


 何故そんな所に大切な筈のアリエスを嫁がせようとしたんだろう。シエルが尋ねる前に、叔父はペラペラと喋ってくれた。


「辺境伯の持つ権力は大きいからな。可愛いアリエスなら堅物だろうが絆される筈だ。そうなれば我が一族は更に発展すると思っていたんだが、まさかニール様と恋仲になっていたとは」


 叔父は、ニールの腕の中にいるアリエスに向かっては父親らしい笑顔を見せる。アリエスは幸せそうに微笑み返した。


 シエルを振り返った時には、笑顔は綺麗に消えていたが。


「ニール様の意思も確認できたことだし、実はアルバイン伯爵は資金繰りに困っているという話も聞いている」

「……え? それはどういう……」


 叔父の話が突然変わり、シエルは混乱する。


 叔父が、ニヤリと笑った。否――同じような笑みを浮かべているのは、この場にいるシエル以外の全員だった。


「アリエスには幸せな結婚をしてもらいたい。ニール様とて、お前のような陰鬱な女よりアリエスの方がいいと仰って下さっている」

「で、ですがアルバイン伯爵が……」


 まさか、いくらなんでも。あり得ない考えが、シエルの脳裏に浮かぶ。もしそんなことをしたら、王家とアルバイン伯爵双方への冒涜とはならないか――。


 叔父は、嬉々として言い放った。


「婚約者を交換するのだ。アルバイン伯爵側には、詫び料として金を積めばいい」

「は……」


 シエルがまさかしないだろうと思っていたことを、叔父は愉快そうに続ける。


「王家にとっても、我が一族の娘であるアリエスがお前の代わりにニール様に嫁ぐのだから問題はなかろう」


 ……なるほど、一族単位で考えればいいのか。ニールの相手がアリエスであろうがシエルであろうが同族の出身なのだから、王家への冒涜とはならないのかもしれない。シエルは少しだけ安堵した。


 迷惑をかけ続けた叔父一家に自分のせいで更に迷惑がかかるのではと思ったが、叔父が言うならきっとうまくいくのだろう。


 だとすると、問題はアルバイン伯爵の方だ。こんな一方的な話を受け入れるとは思えない。すでに婚約が成立してしまった以上、何かしら罰を与えられてしまうのではないか。


「婚約の際、先方に魔鏡を渡してあってな。お陰で確認が早く取れた」


 魔鏡とは、対で作られる魔法の鏡のことだ。魔力を込めると、対となる鏡の向こう側にいる人間と顔を見ながら話をすることができる。


 かなりの高級品で、あまり市場には出回っていない。貴族の娘が嫁ぐ際に親が渡す嫁入り道具とされることが多かった。アルバイン伯爵が住まうアルバイン領は遠方であるからか、事前に先方に渡していたらしい。


 髪の毛の隙間から、皆がシエルを面白そうに見ているのが見える。――何故だろう。何がおかしいのか、シエルには分からなかった。


 叔父がニヤついたまま、告げる。


「先方は快諾してくれたよ。少し金額を吊り上げられたが、まあそれでアリエスの幸せが買えると思えば安いものだ」

「シエル、向こうで粗相のないように気を付けて下さいね」


 これまでひと言もシエルに話しかけてこなかったアリエスが、クスクスと笑った。


 アリエスの後を、冷たい眼差しのニールが引き継ぐ。


「まさかここまで陰鬱な幽霊みたいな女が来るとは向こうも思っていないだろうが、せいぜい愛想よくするんだぞ、シエル」

「アリエス……ニール様……」


 これまで静かだった叔母がパン、と手を叩く。


「急いで荷物をまとめなさい、シエル。出発は明朝ですよ」


 叔母の顔に浮かぶのは、安堵だろうか。大して仲のよくなかった姉が残した娘をこの家に迎えなければいけなかった彼女の心労は、シエルには推し量れない。


 なんて伝えればいいんだろう。ここに置かせてもらった感謝を、婚約破棄となったシエルに別の拠り所を用意してくれた厚意に、どう言えばいいのか――。


 分からないなりに、シエルは頭を下げる。


「あ……お、お世話に……なりました……」

「ふふ! さようならシエル!」


 明るいアリエスの声が、部屋に響いた。

毎日投稿の予定です。

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