ロケットペンダント
「なんで貴方なの…?私が死ねばよかったのに。」
私は涙を流す女性の背中をさすることしかできなかった。
………
あれから無事避難場所につき、数週間がたった。
隣には小さいけれど民間の病院があるため、多くの人が避難してきている。
以前のように自由な生活はできないが、隣国や国連から物資支援を届けてくれる。
私たちが住んでいた街は、今どんな姿をしているのだろうか…
リリーはここでの生活にも少しずつ慣れ、今では病院や高齢者、内戦で傷ついた人たちへのサポートをしている。
【何か自分にできることをしたい】シンに帰国せず、ここにいることを決意したのだ。
リリーはここで出会った人からたくさんのことを学んだ。
■■■■■
リリーがはじめて担当した患者さんは、ナナリー。
23歳の女性で、お腹には赤ちゃんがいる。
旦那さんを内戦に巻き込まれて失った。
ご遺体もみることができず嘆く彼女を、友人は心配しここへ連れてきてくれたそうだ。
「ナナリーさん、お食事ですよ。お腹の赤ちゃんのためにも食べないと。」
「…いらない。」
旦那さんが亡くなった現実を受け入れられず、うつ状態になっていた。
悲しみからときより、過呼吸を起こす。
ナナリー自身も、お腹の赤ちゃんの健康状態も心配である。
ナナリーは口を閉じ、ただただ外を眺めている。
ときよりナナリーは呟く。
「私が死ねばよかった。」
ナナリーさんにはどうにか生きてほしい。
…………
ある日、リリーの言葉にナナリーは声をあげたのであった。
それは自分のことを知ってもらおうと、これまでの経緯を話したのであった。
シンという国出身で、イスラーンには留学できたこと。
学校やカフェ、そして出会った人たちのことを話した。
ふと話をしているうちにみんなが無事かどうか不安になった。
「みんなどうしているのかなぁ…」ぽつりと呟く。
リリーもここでの環境に慣れてきてはいるが、不安がないわけではない。
祖国の家族に心配をかけ、イスラーンで出会った大切な人たちの安否もわからずじまい。
ノアもそう…
するとナナリーはリリーを睨みつけ、こう言った。
「愛する人を失う気持ちなんて貴方には分からないでしょ?!」
「この国の人間でもないくせに…何もしらなかったくせに!」
怒らせてしまった…
「ごめんなさい!傷つけるつもりはなかったんです!」
「出ていって!!」
これ以上リはナナリーの身体に障るため、病室を出た。
翌日、担当医師に許可を得、諦めずナナリーの病室へ足を運んだ。
背をむけるナナリーに声をかけ続けた。
「ナナリーさん。この前はすみませんでした。」
「私無神経でした...ごめんなさい。」
次の日も、その次の日も。リリーは声をかけ続けた。
「私にはナナリーさんの気持ちが分かります、なんて言えません。」
「それでも、生きていてほしいんです。」
「今は辛いです。もっとこうすればよかったと、後悔しかないでしょう。自分を許せないでしょう。
だけどいつか、いつか…相手も自分自身も許せる日がきます。」
「生きてください。ナナリーさんと旦那さんとの大切な子のためにも。」
するとナナリーはこっちを見て、ぽつりと言った。
「この前はごめんなさい…あなたに八つ当たりをしてしまったわ。」
ナナリーの言葉に、涙を堪えながらリリーは応えた。
「いいえ。私もナナリーさんを傷つけてすみませんでした。」
その日からナナリーは少しずつ心を開いてくれたのであった。
食事も以前より積極的に取るようになった。
なにより、旦那さんの話もしてくれるようになった。
「彼と私はね親同士が決めた結婚だったの。
本当は好きな人がいたんじゃないかなって……
私が彼の幸せをを奪ってしまったんじゃないかって……怖くて聞けなかったの。」
「職場も父が推薦したところで…本当は他で働きたかったのかもしれない。」
「私が死ねばよかった…」泣きながら話してくれた。
ナナリーは彼を愛していたからこそ、彼の人生を奪ってしまった自分を許せないのだ。
「そうだったんですね..」
「私にはナナリーさんが、旦那さんをとても愛していたことが伝わっていたと思います。
愛されていた旦那さんは幸せだったのではないでしょうか。」
「そうだといいな…」小さく呟いた。
ナナリーをぎゅっと抱きしめた。
■■■■■
ある日、男性がナナリーを訪ねてきた。
彼は旦那さんの同僚だという。
「遅くなってすみません。」そういい、旦那さんの荷物が届けられた。
「ほんといい奴でね…よく奥さんの自慢話ばかりするんですよ。」
ナナリーの希望もあり、リリーも同席させてもらった。
そして事件の日を話してくれた。
「彼はね。真っ先に危険が迫っていると気付き、避難するよう声をかけていたんですよ。
しだいに建物が崩れはじめていて、瓦礫が落ちてきていました。
スタッフが全員避難するまで建物に最後まで残っていて、彼は後輩を守るために...」
そこから彼の言葉は続かなかった。
「助けてやれなくてすみませんでした…」彼は泣きながらナナリーに頭を下げた。
ああ..彼は本当に死んでしまった。
「いいえ…ここまで彼を連れてきてくれてありがとうございます」涙を流しながら、お礼をいった。
ナナリーはぎゅっと彼の荷物を抱きしめた。
まるで、お帰りなさいというように…
彼の荷物を広げた。
携帯や財布…見覚えのある物に、涙があふれる。
だけどそこには、見たことがないペンダントが入っていた。
ふたを開けると、結婚式で撮影した2人の写真がはいっていた。
とても幸せそうな2人がそこにいた。
……ロケットペンダントなんて...彼が作ったことなんて知らなかった。
同僚いわく、職場ではいつもペンダントをしていて、恥ずかしくて奥さんには秘密にしていたようだ。
「最後までペンダントを握りしめていて、奥さんとお腹の赤ちゃんの事を【愛している】と言っていました。」
「旦那さん。ナナリーさんのことを心から愛していたんですね」リリーはナナリーの背中をさすりながら涙を一緒に流した。
「生きていてほしかった…」
「もっと気持ちを伝えればよかった…怖くても向き合えばよかった……」
…………
夜になり、リリーが病室をでるときナナリーが声をかけた。
「リリーさん。今でも私が死ねばよかったと思っているわ。
でも彼はそれを望まないことは分かっている。いつか全て受け入れる日がくるといいな…」
「そうですね…いつかきますよ。ナナリーさんならきっと。」
「この子のためにも生きなきゃね!」手をお腹にあててナナリーは微笑んだ。
はじめてナナリーの笑顔をみた。
きっとナナリーさんなら大丈夫……旦那さんが残した大切な赤ちゃんのためにも。
ロケットペンダントはナナリーの首にかけられていた。
【ずっと君のそばにいるよ。でも君が、おばあちゃんになった時も隣で支えていたかったなぁ。】
写真に写っている彼は、そう言っているように見えた。
…………
愛するということは、想い合い、互いの幸せを願うのだ。
ナナリーと旦那さんは、愛の言葉は少なかったかもしれないけれど、お互いに愛していたのだ。