心の傷
私が今住んでいる避難所には、心に深い傷を負った人が住んでいる。
内戦から逃げてきた人、家族を失った人……
いつか元の生活に戻ることを信じて、隣国へは避難せずここにとどまっている。
次にリリーはある子どもたちと出会った。
彼らたちは生きる意味を探していた。
生き残った者は、これからたくさんの想いを背負って生きていかなきゃいけない。
まだこんなに小さな子どもたちには、どれだけ大きな重荷なのだろうか。
平等を願うためにはじまった戦争は、はたして国民にとって幸せなのだろうか?
私には政事がよく分からない、けれどこれだけは言える。
【形は違うけれど、みんな国を守るために戦っていること】
■■■■■
「うるせぇ!ルトに触るんじゃね!!」
怒鳴る声が部屋から聞こえる。彼はシャフィ。14歳の少年で、三人の兄弟の長男。
次男のルトは12歳で、瓦礫の下敷きになり片方の足を失った。
末っ子のミシェルは5歳で、まだ読み書きができない小さな女の子。
家の近くにミサイルが落ち両親を亡くした。
両親を失った後、兄弟を守るためにシャフィは毎日過酷な労働をこなした。
まだ子どもだけれども、生活をするためにはお金を稼ぐしかない。
もちろん、彼らだけが特別ではない。他の子どもたちもそうだった…
どんなに働いても低賃金しかもらえない。
回りにいる大人たちは自分たちのことでいっぱいで、自分たちに見向きもしなかった。
“内戦で親を失った可哀想な子ども” それ以上もそれ以下もなかった。
低賃金で働いてくれる利用できる子どもであることも。
内戦が悪化すると伴い、医療従事者が子どもたちを避難所へ連れてきてくれたのだ。
…………
シャフィは大人を信じることができず、医療従事者以外で兄弟に関わる大人を許さなかった。
「こんにちは。リリーといいます。」
はじめて挨拶にいったときも、シャフィが2人を守るように前にたった。
「なにしにきた。」睨むように私をみる。
「子どもたちに勉強を教えているの。もし三人がよかったらいつでも声かけてね!」
「勉強なんてしても意味がねぇ!あっちいけ!」
シャフィはこの世界に絶望している。前のような生活に戻れるわけがない。
【勉強をしたことで父さんと母さんは戻ってこない…俺が2人を守らないと】シャフィは自分に言い聞かせていた。
リリーは、ここまで彼らを連れてきてくれた医療従事者から事情を事前にきいていた。
シャフィの態度をみて思ったことがある。
彼はどれだけ大きな重荷を背負って今を生きているのだろうか…
勝手にはじまった内戦や大人の不条理から、唯一残された家族を必死に守っているのだ。
だって守れるのは自分だけだから。
瞳から流れおちる涙を必死でこらえた。
ここで私が泣くのはおかしい。
私の役割は、そばで支えること。彼らの傷の痛みをとることではない。
当事者にしかわからない深い心の傷。
そして彼らが絶望から希望へ、未来を信じられるように…
リリーは拳を握りしめ彼らのためにできることをしようと決意した。
■■■■■
それからリリーは毎日のように彼らに会いに行った。
シャフィに追い出される日々がつづいたが、玩具を持ってきて勝手に遊びはじめたり、勉強を勝手に教えはじめるリリーに諦めるようになった。
3人の中で一番先に心を開いてくれたのは、まだ幼いミシェルだった。
まだ小さな彼女は、私を少しずつお姉ちゃんとしてみてくれた。
なにより、シャフィはミシェルが喜んでいる姿をみてリリーを追い出すことを止めたのだ。
お人形で遊んだり、室内で追いかけっこをしたり…少しずつ読み書きもできるようになった。
シャフィとミトがいないときに、そっとミシェルから言われたことがある。
「お姉ちゃん。私の父さんと母さん内戦で死んじゃったんだ。」
「ねぇ。ルト兄の足もなくなった。これって仕方ないことなのかな?」
私を何て答えればいいのか分からず、ぎゅっとミシェルを抱きしめた。
「お姉ちゃん、なんで泣いているの?」
「ごめんね…」それしか今は言えなかった。
“仕方がない”
本当はそんなことない!!って言いたかった。
でも、私に争いを止めることができないし、ご両親もミトの足も戻せない。
戦争に巻き込まれた人たちの死は、仕方ないのだろうか?
自分の無力さを痛感した。
私はミシェルを抱きしめながらこういった。
「ミシェルには、誰よりも大事に想ってくれるお兄ちゃんたちがいる。
そして、ここにいる避難所の人も私もいる。
どうしたらミシェルたちが幸せに過ごせるか一緒に考えよう。」
「うん…私ね。シャフィ兄とルト兄が笑顔になってほしいの……」
■■■■■
右足を失ったルトは、松葉杖をつかった生活を送る。
彼は兄弟の中で一番おとなしい性格で、回りの大人に対し拒絶することもなかった。
「片足がないけれど、みんなの足手まといにはなりたくない。」
そういい私の勉強にも積極的に参加してくれた。
だけど時より悲しい表情を浮かべるルトに、私は自分に出来る事がないか考えた。
リハビリが終わったあとに、ルトに声をかけた。
「ねぇ、ルト。今なら私とルトしかいないよ。ルトの心の声を聞かせて?」
沈黙がつづいたが、ルトは話し始めてくれた。
「僕は親と足は失ったけれど、たくさんの大人の人に助けてもらった。」
「僕を救ってくれた人のように、誰かのために生きたい。」
「だけど片足がない僕にはできること少ないし、逆に迷惑をかけてしまうかもしれない。」
「シャフィ兄ちゃんは、僕たち兄弟を守るために必死に働いてくれた。」
「僕にはこれからの未来、生きる意味ってあるのかな?」
涙をぽろぽろと流すルト。
ずっと何もできない自分は、シャフィの負担になっていないか…不安だったのであろう。
はじめてルトから本当の気持ちをきけた。
「そっか。ルトは自分の命を救ってくれたように、今度は誰かのために生きたいのか。」
「幸せになりたいから生きる人。お金持ちになりたいから生きる人って……きっと人それぞれ生きる意味は違うと思う。」
「ルトが今誰かのために生きたいと思う力が、これからの生きる糧になると思う。」
「確かに足が片方ないことで、生きづらいこともあると思う。」
「もしこれから同じ体験をした人と出会ったとき、痛いほど失ったときの苦しみや悲しみを知っているのも、寄り添えるのもルトだけなんじゃないかな?」
私はルトの手をとって優しく両手で包んだ。
「ルトの手には人を救う力がきっとあるよ。」
「それにね。人一倍頑張り屋で優しいルト。シャフィもミシェルもルトのことが大好きだよ。」
「ルトがいるから2人は頑張れるんだと思う。」
ルトは涙をふいて、笑顔でこういった。
「リリーさん…ありがとう。少しだけ心が楽になった。また勉強教えてくれる?」
「もちろんだよ!」
ルトの歩幅にあわせて兄弟のいる部屋へ戻った。
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ここに通いはじめて1か月が経ったが、シャフィだけは一度も勉強に参加しなかった。
「俺はお前を信じていないからな。」そういい、勉強が始まる度に部屋をでていった。
ミトとミシェルを見ると、悲しい表情をうかべていた。
「どうしたの?」
「リリーさんお願い…シャフィ兄ちゃんを助けてほしい。」
「僕たちのために、自分のやりたいことをやめたんだ。」
「シャフィ兄、内戦がはじまってからずっと辛そう…」
2人はシャフィが自分たちのために、必死に生きていることを知っている。
だからこそ、本人には伝えられないのだろう。
私は2人を安心させるように答えた。
「そうなんだ…きっとシャフィは2人が大切だから自分がしっかりしなきゃって思っているのかもしれないね。」
「ところでシャフィのやりたいことって何かな??」
「シャフィ兄は…」
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リリーは部屋から出ていったシャフィを探すと、意外な場所にいた。
「ねぇ。シャフィ何をしているの?」
ここは、内戦が終息することを祈って作った千羽鶴がある。
その下で、ノートと鉛筆をもって何かを書いていた。
「関係ないだろう。」
私の質問に無視せず答えてくれる。
以前だったら怒鳴っていたのに、少しずつ私を受け入れてくれているようだ。
どうやら隠れて勉強をしているようだった。
沈黙がつづいたあと、私はシャフィに聞いた。
「どうしたらシャフィのことを知れるかな?」
シャフィはびっくりしてリリーをみた。
これまで可哀想だと言う大人はいた。同情して物を与えようとしてきた。
だけど自分自身を知ろうとしてくれる人はいなかった。
「なんだよ。お前は…。これまで誰も聞いてこなかったのに。」
「ふふふ、私が一番のりでシャフィの友だちになれるね!」
「友だちになる気はねぇ。」
はじめて少し笑ったシャフィを見た。
「わかっているんだ。ここには悪い人はいないことを。何もできない俺たちのような子どもを守ってくれていることも。だけど、許せないんだ。」
「許せないって?」
「内戦も大人も。だけど…自分自身が一番許せない。何もできない自分が。」
「ミシェルとミトを守れるほどの力が俺にはない。それが悔しい。」
ポツリポツリと言葉を紡ぐシャフィ。
ずっと心の中に閉まっていた本当の気持ち。
兄として2人を守らなきゃいけない。弱音を吐かずこれまで頑張ってきたのであろう。勇気をもって話してくれのだ。
「シャフィがいてくれたから、ミシェルとミトはここまで生き延びることができた。」
「ミシェルとミトはきちんとシャフィのことを見ているよ。」
「だけど、俺がもっと力があれば、父さんと母さんも救えたかもしれない……!」
「そうしたらみんなで以前のように笑って暮らせていたのかもしれない…」
シャフィはこれまでの出来後を悔やむように泣き叫んだ。
それはまるで、自分に全責任があるように感じた。
「ねぇシャフィ、物語を書くのが上手だと聞いたわ。」
「ミトたちがシャフィはコンクールで優勝したことがあると教えてくれたの。」
「あいつら勝手にいいやがって。」舌打ちをしてノートを閉じる。
「もしシャフィがよかったら、今の気持ちをノートに書いて残さない?」
「内戦が終わった後に見返せるように…その時シャフィはどれだけ頑張っていたのか。」
「そして争いはどれだけ人を傷つけ、愚かなことだと未来へ残せるように。」
これから背負って生きていく重荷を、家族のためではなく、シャフィ自身のためにも生きてほしいと願った。
「そうだね。未来へ残すためにも…やってみる!」
シャフィにやっと少しだけ明るい光が注がれた気がした。
生きるのに理由などないのかもしれない。
だけど夢中になってできること、誰かのためにやりたいことがあること…
それがいつか生きる力に繋がってくるのではないか。
……………
たまにシャフィがリリーにそっと気持ちを言ってくれるようになった。
「俺はこれからミシェルとミトを幸せにできるだろうか…」
「幸せかどうかは、シャフィだけが決めることではないよ。2人に聞いてみなよ。」
恥ずかしくて聞けるか!そういうシャフィを無視して、リリーは2人にきいた。
「ねぇ!ミシェルとミトはシャフィがいて幸せ??」
2人は顔を見合わせて、笑顔いっぱいこう答えた。
「兄ちゃんがいてくれて幸せだよ!!いつも守ってくれてありがとう。」
3人はぎゅっと抱きしめあった。唯一残された大切な家族。
お互いを想いあうからこそ、言えないこともある。
********
それぞれが思い描いていた未来は、この内戦で崩れてしまった。
それでも、生きる意味を持っていてほしい。
今したいこと、これからしたいこと、内戦が終わった後の“未来”を想像してほしい。
それぞれが受けた、深い心の傷を背負って生きていくためにも。
きっとあなたにしかできないことがあるから………
**********
ルトは医療従事者になることを決め、シャフィは脚本家になることを決めたのであった。
それはこの戦争を体験したからこそ、気づけたことでもある。
……半年後……
今、子どもたちはある支援者とともに映画をつくっている。
シャフィが脚本家となり、ミシェルとルトはキャストとして。
この悲しい出来後を未来へ残すために…
この争いで巻き込まれた全ての人が、少しずつ生きる意味をそれぞれが見つけられるように。
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「リリーさんお電話ですよ~」
ここ避難所で事務を担当するスタッフさんが声をかけてくれた。
「電話?誰からだろう…」
住んでいたアパートの友人からか、アルバイト先からか…
「もしもし…リリーです。」
「リリー!無事でよかった…!!」
声ですぐにわかった。ずっと聞きたかった声。
「ノア!!!今どこにいるの?!無事なの?」
「俺は大丈夫。リリーは?」
「私は平気よ。今避難場所で手伝いをしているの。」
「よかった……」涙声で、私をとても心配してくれていることが伝わった。
「いい?リリーよく聞いて。今イスラーンはとても危険な場所だ。
通信器具はすべて監視されているから、発言に気を付けてね。」
時間がないのか焦っているノアの声。
「ノア!また会えるよね?」
「必ず会える。会ったらリリーに言いたいことがあるんだ。」
「ノア…私もいい」ツーツーツー。
途中で電話が切れた…
彼はいまどこで何をしているのだろう?
戦場にいないよね?大丈夫だよね?
ノアに会いたい…どうか無事でいて……!!
大切な人を失いたくないという想いは、こんなにも胸を引き裂く。
これは愛する人を想う気持ちだと気付くのであった。




