昇級試験 二
幸いにも今回の試験の場であるグレイヴァットの迷宮へ彼女らは一度潜ったことがあるらしい。『鏡花水月』の先導で乗合馬車へ乗り込み、まずは拠点となる近くの村へ向かう。
時間帯の関係か、客は俺たちしかいないらしくさほど大きくない馬車だが荷台には余裕がある。彼女ら三人が全員向こう側へ並んで座っているのは、仕方のないことだろう。
「しかしあれだな。その水晶花だったか、群生地を近くの村で聞くっていうのはなしなのかな? だってそれで分かれば後は地図に記録して無事終了ってならないか?」
「えーっと、それは……」
アルヴァがどこか困ったような笑みを浮かべる。そんなリーダーに助け船を出すかのように、カロラがゆったりとした服から出た手を小さく振る。
「水晶花は毎年群生地が変わるんです。聞き込みをして、その人が今年の群生地を見ていたのならいいですが、もし去年の場所だったら落第してしまいます。そもそも村の人はあまり迷宮には潜りませんから、信憑性もどこまであるかも疑問ですし」
「なるほどなあ。さすがにそんな楽はできないか。手間が省けたらよかったんだが」
「でもそういう発想は大事だと思う。省くのは大事。省いたら駄目なものを把握するのも大事」
そんな俺にレェンがくすりと笑う。アルヴァとカロラはまだ一定の警戒を持っているが、レェンだけはどことなく気安さが出てきているのを感じる。あるいは罠師なりの直感なのかもしれない。
前世ではさほどでもなかったが、フィーに転生させてもらってから直感というものをかなり重視するようになっている。実際それで助かった部分もあるので、きっとなにがしかの異能に関連してもいるのだろうと思う。
「三人はずっと迷宮を探索してるんだよな?」
「ええ。登録した時からこの三人でやってます」
「ふうん。間借りの身でいうのもなんだが、楽しみだな」
俺の言葉に三人が顔を見合わせる。
「楽しみ、ですか?」
「ああ。これまで俺はほとんど討伐だったからな。探索……それも迷宮を探索っていうのはやったことないんだ。だから、楽しみだ。今の所、幸運にありつけているしな」
言って、三人を手の平で示す。
「探索の試験で普段から探索をしているパーティーに入れるっていうのは随分な幸運だろう? あとは君らが俺と組めてよかったと幸運を感じるぐらい頑張らないとな」
「じゃあ、いつもボクにしてるようにこき使わないとね。アルヴァ」
「ええ! 私はこき使ってないでしょ! あんたは罠師と斥候を兼ねてるから先行してもらうのが多くなってるだけで!」
意地の悪い笑みを浮かべるレェンにアルヴァが慌てて弁解する。どうやらこの二人のやり取りは定番のようで、カロラは止めるでもなく微笑みながらやり取りを眺めている。
「もちろん俺も試験に受かりたいのは同じだから、きちんと働きはこなすさ。どんどん使ってくれていい……が、まあ探索が未経験なのは確かだから迷惑もかけるかもしれない。そこは最初に謝っておくよ」
「そんな……即席とはいえ私たちはパーティーなんですから、そんな風に言わなくていいと思います」
「そう言ってくれるとありがたい。精一杯やるのは約束するよ」
馬車の荷台が大きく揺れ、それを契機にしばしの沈黙が落ちる。
グレイヴァットの迷宮に近い村はロルッセアから馬車で半日というから、もう少しかかるだろう。見れば、カロラとアルヴァはいつのまにかうとうとと船を漕いでいる。残り一人のレェンはそんな二人を眺めつつ、警戒のためか起きている。
「……君も大変だな」
「別に。好きでやってるから。アルヴァもカロラも少し抜けてるし、だったらボクがそこを埋めたらうまくやっていけるでしょ?」
そういって短剣を取り出し、刃こぼれを確かめてから手入れを始める。揺れる馬車の上で細かい作業は困難だろうが、滞りなく手入れを進めていく。主武装の短剣を終えた後は、投擲用のさらに小さな短剣を取り出し、それも丹念に研いで拵えを確認する。
銅石級なら俺と同じ駆け出しのはずだが、その熟練した手つきは職人を思わせる。
「……なに?」
「いや、大したもんだと思ってね。俺も手入れは習ったけど、そんな風に流れるような手つきでできないから。どうにも、もたついてしまう」
「ボクは父親も冒険者だったから。子供の頃から見ていて覚えた」
テッドもそうだったし、この世界では親が冒険者だと子供も冒険者になる確率が高いようだ。もちろん、行き場がなくて選ぶ者や立身出世を狙って選ぶ者もいるだろうけれど。
変わらず手元は短剣を弄りながら、レェンが俺を見る。無言ながら、その視線は俺の事情も少しは教えろと語っている。
「俺は……なんだろうな。気付けば冒険者になっていたというか。前職は全然違う職業だったんだが」
「前は楽しくなかった?」
「うーん……それ以前だったかなあ。流されるままに仕方なくその仕事をしてるって感じだったから……嫌いじゃあなかったけど」
大学を卒業して、就職活動をして、営業へ配置され、数年を過ごした。営業職が合っていたかどうかと問われれば、合わないことはなかったと答えるだろう。
ただ、それでもそれが本当に自分のやりたいことだったかと思うと、そうじゃないと即答できる。
そうしなければ暮らしていけなかったから、その仕事に就いた。とはいえ俺は運が良かった方だろう。会社はブラックではなかったし、気の合わない同僚もいたけれど険悪というまではなかった。
それでも、やはりそれが自分の最高の人生ではなかっただろう。自分の思うままに生きられている人なんてほんの一握りだと、自分と同じような人間がほとんどだと慰めのような気持ちを抱いてずっと生きていた。
難しい案件を取り付けたときは達成感もあった。同僚と笑いあうこともあった。
それでも――。
「まあ、今の方が楽しいのは確かだな」
フィーに力をもらって、子供の頃に読んだ冒険小説そのもののような毎日を送っている。安全な前世とは違ってそこかしこに死の危険は転がっているけれど、だからこそ生きているという実感がある。
それが、無性に楽しい。
「楽しいのも大事。ボクも二人と一緒に冒険者になれて毎日が楽しい」
言いながら、レェンはうたた寝している二人を見やる。その目にはパーティーの仲間というだけではない、どこか情のある光を含んでいる。
「今日はそこに俺も加えてくれると嬉しいね」
「それは働き次第」
手厳しい言葉に思わず笑ってしまうと、レェンも小さく笑う。
また馬車が大きく揺れる。そうして目的地へ着くまでの間、俺たちは雑談を続けていた。




