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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第三部+五方神鳥の章+

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十八「悪あがき」

 レイレイが鸞君として目覚めたのは、梅花が庭先を美しく染めていた頃であった。それならば、冬を越せばレイレイは任期を終えるのだ。


 その時が来たら、レイレイはルーシュイの妻になり、そうしてルーシュイを忘れる。

 楽しみにしていた日が、今は来ないでほしいような気になる。このままここでルーシュイと二人でいたい。そんなことも思ってしまう。


 何かというと涙ぐんでしまうレイレイを、ルーシュイは常に気にかけ、労わってくれた。


「私はもう一度レイレイ様に惚れ込んで頂ける男にならなくてはいけないわけです。これは精進あるのみですね」


 などと言ってレイレイの気分を和らげてくれた。

 出会った頃とは違う。ルーシュイを好きだと気づいてからとも違う。徐々に徐々に、愛しい気持ちが募った。

 ルーシュイを忘れることで、ルーシュイの心をまた孤独にしてしまうようで苦しい。


「大好きよ、ルーシュイ」


 覚えていられる今、ありったけの気持ちをルーシュイに伝えたい。レイレイは寄り添って何度も何度も気持ちを伝えた。ルーシュイは寒さの厳しくなる中、レイレイのそばで微笑んでいた。


 幸せだと思う。幸せだから続かないのかもしれない。

 幸せな時間には限りがあり、永遠とは縁遠いものなのかと。


「さあ、レイレイ様、お風邪を召されてはいけません。そろそろご就寝ください」


 ルーシュイと離れがたい気持ちであるけれど、レイレイはうんと言ってうなずいた。

 今、レイレイはまだ鸞君なのである。夢も見る。それが仕事だから。

 自分のことで頭がいっぱいであるけれど、そんなことばかり言っていてはいけないのだ。困っている人はたくさんいる。


 鸞君という存在がいなくなり、この国は大丈夫なのだろうか。声を上げられない弱者に救いの手は伸べられるのだろうか。

 シージエを疑うわけではない。それでも、彼も人である以上完全とはいえない。どこかに綻びがあり、そこから零れ落ちていく人々を救えるだろうかと、そんなきりのない心配をしてしまう。

 色々なことを考えながら遅い眠りに就いた。




 毎晩とまでは言わずとも、かなりの頻度でレイレイは夢を見た。些細なこともあれば、命に関わるような人もいた。その人々の救いになれたことにほっと安堵する反面、やはり今後への不安は拭えない。

 そうした日々を過ごす中、ユヤンの使いとしてチュアンがやってきた。チュアンもレアンも、出会った時から何も変わらない。成長を見せない子供たちに慣れてしまった。


「鸞君、ご無沙汰しております」


 椅子を勧めても素直に座ることをせず、丁寧に挨拶をしてくれた。レイレイは久し振りに見る顔に喜びを感じた。けれど、冷静に考えて見ると、鸞君であった頃のことを覚えていられないというのなら、このチュアンのことも忘れるのだ。シージエも、ユヤンも、シャオメイも、誰も彼もわからなくなる。心細さにレイレイはうっすら涙ぐむ。


「チュアン、来てくれてありがとう」


 チュアンはそんなレイレイよりもよほど大人びた目をした。


「陛下やユヤン様も心配されております。何か手はないかとユヤン様も手を打とうとなさっておいでです」

「あのお忙しいユヤン様が……。それはありがたいけれど、申し訳なくもあるわ」


 ただでさえ、国の政策に関わり忙しい毎日を送っているユヤンなのだ。レイレイの事情にばかり構っている場合ではない。ユヤンの時間は本来、皇帝であるシージエと国民のために費やしたいと思っているだろうに。その気遣いはもちろん嬉しかったけれど。

 ふと表情を和らげたレイレイを見上げ、チュアンは言った。


「ええ、それで私が使いに参りました。最後の悪あがきだと、ユヤン様が仰っておりましたすべをお伝えに上がったのです」

「え?」


 何か方法があるというのだろうか。あるのならば、なんだって頑張りたい。

 胸がうるさいほど騒いだ。そんな中、チュアンが告げる。


「神山には如意宝珠にょいほうじゅという宝があります。その宝珠は願いを叶えてくれるものなのだそうです。かなり古い文献のあやふやな記述でしたので、ユヤン様が神山の神鳥にお訊ねになってみたところ、事実そうしたものがあるそうなのです。ただ、どのようにすればその宝珠の力を借りられるのか、それは教えてもらえずじまいだったそうで」

「わ、わたしも神山へ行くわ! でも、ユヤン様とご一緒にしか行ったことがなくって……」


 神鳥たちには世話になったばかりだから、また頼みごとをするのは気が引けるけれど、背に腹は変えられない。ここは熱心に頼み込むよりないのだろう。

 覚悟を決めたレイレイに、チュアンの言葉は予想とはまるで違うものであった。


「如意宝珠はそう易々と求めてはならぬものであるから、もしその力を臨むのであれば神山を登って参れと仰るのです」


 神山を登る。どこにあるのかもわからぬような山を登ってこいと。

 それはレイレイの体力で可能なことなのだろうか。


「わたしに登れるかしら?」


 すると、チュアンはとんでもないとばかりに首を振った。


「いいえ、女人に登れるような山ではございません。我が故郷よりもさらに険しい道でございますから」


 そこでチュアンはちらりとルーシュイを見た。それだけでルーシュイはチュアンの言わんとすることを察したようだ。


「わかりました。私が行きます」

「えっ」


 驚いて振り返ったレイレイに、ルーシュイは晴れやかな笑みを見せた。


「レイレイ様、しばしおそばを離れますが、必ず戻りますので」


 簡単にそんなことを言う。レイレイの方が驚いてしまった。


「待って、危険はないの?」

「ないはずがございません」


 チュアンは隠すでもなく言った。その言葉にレイレイは泣きそうになる。ルーシュイもチュアンもレイレイの顔を見て焦っていた。


「ですが、鸞君護は優秀です。きっと望みを叶えて戻ると思います。陛下もユヤン様もそう思ったからこそこの話を伝えに行けと仰ったのでしょう」


 ルーシュイは穏やかな声音でレイレイの心を撫でるようにして言った。


「レイレイ様と私自身のためにできることがある。それは幸いなことです。必ずやり遂げてお見せしますから」


 ルーシュイの能力を信じていないわけではない。それでも不安はつきまとう。


「神山に向かわず、残り少ない任期をここで二人過ごされるのも自由です。けれど、神山に向かいたいのであればユヤン様をお訪ねください。鸞君護が向かうのでしたら、鸞君の守りは私かレアンが代行いたしますので」


 そう言い残してチュアンは去った。

 残された時間は少ない。二人で大事に過ごした方がいいのだろうか。

 どちらを選べば後悔しないのであろうか。それを教えてくれる存在はいなかった。


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