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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第三部+五方神鳥の章+

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八「奇妙な再会」

 翌朝、いつの間に鸞和宮から抜け出していたものか、昨日の話の通りにレアンが少年用の袍服を持って来てくれた。湖水のような色をしていて、模様は縁取り程度だ。目立たないものを選んでくれたのだろう。


 レイレイはルーシュイと共に朝餉の粥を食べ終えると、それからその袍服に着替えた。慣れない格好に戸惑いつつもなんとか着てみると、胸のふくらみが不自然であり、一度脱いで胸元に帯を巻いて平らにして、それからゆったりと袍服を着込んだ。髪もこのままではおかしいので、ルーシュイに巾でまとめてもらおう。自分では難しくてできそうもない。

 髪は下ろしたまま、外で待っているルーシュイを呼ぶ。


「ルーシュイ、髪を結ってほしいの」


 戸を開けて頼むと、壁にもたれていたルーシュイはレイレイの上から下まで視線を走らせた。そうして、深々と嘆息する。

 レイレイもあはは、と笑っておいた。


「似合うかしら?」

「ちっともお似合いではございません」


 不機嫌に返された。それでも、ルーシュイはレイレイの部屋に入ると鏡台の前に座らせ、そうしてレイレイの髪をくしき始めた。


「レイレイ様の御髪おぐしはとても滑らかで、かえってまとめにくいです」

「シャオメイにもそういうことを言われたわね」


 初めて会った日に、髪が綺麗だと褒めてくれた。それも今ではいい思い出だ。

 まとめにくいと言いつつも、ルーシュイは器用にレイレイの髪を後頭部でまとめ、そうして布を被せると紐で縛った。髪がまとまると、キュッと身が引き締まるような感覚がする。

 鏡に映ったレイレイは、自分の姿に笑ってしまった。これで少年に見えるだろうか。


「どう? 男の子に見えるかしら」


 すると、ルーシュイは呆れたような目を鏡に映るレイレイに向けた。


「少年に見えたところで、少女と見紛うような美少年がいたら、それはそれで攫われますよ」

「何それ」

「いいんです、レイレイ様は私のそばを離れませんように。決して」


 語調を強めてルーシュイはレイレイの手を取って立たせた。手を握る指先に熱と力がこもる。レイレイはルーシュイを安心させるためにそっと微笑んだ。




 そうして、レイレイはルーシュイと共に、待たせてあったレアンとチュアンのもとへ出た。その恰好を見た双子はなんとも言い難い複雑な表情をしたけれど。

 双子がすでに根回しをしてくれてあり、皆で連れ立って出かける。囚人を城市に呼び寄せることはできないので、こちらが出向くしかない。


 監獄は城市よりも東北にある。山を背にした麓だそうだ。

 牛車で向かうと目立つ。レイレイはルーシュイが乗る馬の背に乗せてもらった。レアンは馬を手配するとユヤンのもとへ戻り、チュアンだけが付き添ってくれることとなった。チュアンも馬を駆るのだが、小さな体に見えて手慣れたものであった。


 レイレイはルーシュイの背に捕まり、頬を寄せて秋の乾いた風を受けた。城市を実体で出たのはこの二年で初めてのことであるけれど、こんな形で出ることになるとは思わなかった。




 馬での道のりは一刻(約二時間)ほどであっただろうか。

 その間、会話らしきものはなかった。ただ黙ってお互いのぬくもりを感じているだけの道中であった。けれどそれで十分にレイレイは心を落ち着けることができた。


「見えてきましたね」


 チュアンがそう言った。レイレイはルーシュイの肩越しにその監獄を見た。少し小高い位置にある緑の瓦の門構え。寂れているけれど、物々しさだけが漂ってくるようであった。

 ルーシュイの背中の筋肉が一瞬硬直したのを感じた。


「ええ、何か手がかりがあるといいのだけれど」


 この間もシージエは眠り続けていて、それを見守るユヤンや貴妃の心情を思うと、レイレイも苦しいばかりであった。

 門前でチュアンが門番に書簡を手渡し、事情を説明している。それをレイレイたちは少し離れた位置から見守った。門番は訝しげでありながらも、書簡とレイレイたちとを見比べて、そうして礼を取った。


「囚人たちの気を昂らせないようにお願い致します」


 重厚な門が開く。高い塀に囲まれていた監獄に隙間が生まれた。その中に控えていた役人が事情を知るとレイレイたちを案内してくれた。正確にはルーシュイをだ。

 今、レイレイたちは主従が逆転したような形である。ルーシュイが官吏であり、レイレイがその小間使いに見えるよう装っている。チュアンはユヤンの次官であるのだから、ルーシュイに遜ることはないけれど。


 昼だというのに薄暗い牢獄の中。黴臭いような、獣臭いような、そこはかとなく独特の匂いがした。

 ルーシュイはレイレイに声をかけることなく堂々と歩んでいるけれど、内心ではハラハラしているに違いない。


 そうして、通された先に見覚えのある男がいた。

 フェオンと共に攫われた時、馬車の中にいた方術使いの男だ。つり目で細面であることに変わりないけれど、あの時よりもいっそう痩せこけていた。赤褐色の囚人の衣、その裾からくすんだ肌が見える。

 男はただ、何をするでもなく座っていた。ルーシュイは役人が気を張り詰めているその中で男に声をかけた。


「お前が属した組織のことを訊きたい。話す気はあるか?」


 しかし、男は返事をしなかった。項垂れて身じろぎひとつしない。

 すると、隣で役人がそっとささやいた。


「こいつは廃人同然で、何も答えられやしないんです」


 ルーシュイは眉をひそめた。


「それは拷問の末にでしょうか」


 役人はとんでもないとばかりにかぶりを振った。


「いいえ! 組織を摘発する重要な手がかりになるかもしれないのですから、尋問は度々行いましたが、気が狂うような拷問などしておりません。昔とは違い、そうしたことは皇帝陛下がお許しになりませんので」


 その皇帝が今、どんな状態であるのかをこの役人が知るわけもない。

 どうしたものかとレイレイは男をじっと見た。そこから探れるものはないけれど、もし夢に見ることができたならいい。

 そうしていると、役人がさらに言った。


「最初はこうではなかったのです。記憶が曖昧で、何を訊ねても覚えていないとばかり繰り返していましたが、返答はしっかりとあったのです。それが最近急にこうなってしまって……。食事などは口へ運べば取るのですが、自我と呼べるものがない状態でして」

「……気を感じない。これではもう方術も使えぬことだろう。手がかりにはなりそうもないな」


 ルーシュイがため息まじりにそうぼやいた。


「この男の仲間たちはどうだ」


 役人に訊ねると、役人は難しい顔をした。


「似たり寄ったりの状況ですが、会っていかれますか?」


 レイレイは軽くうなずいた。ルーシュイは役人に答える。


「念のために会おう。通してくれ」

「はい」


 その途中、チュアンがぼそりと言った。


「なんでしょう、最近悪化したという時期が気になります。それとも、組織ぐるみでおかしな薬物でも摂取していたのでしょうか?」

「……いや、捕縛した時にそうした兆候はありませんでした」


 ルーシュイの言葉にレイレイもうなずく。あの時、男たちにそうした異常は感じられなかった。ルーシュイに少々痛めつけられたけれど、そのせいでおかしくなったわけでもないだろう。

 しかし、この異変こそがシージエと繋がりがあるようにも思える。


 その時ふと、レイレイは通りかかった牢の鉄格子の中を見た。そこにいたのは、弛んだ皮膚をした男だった。

 レイレイはその顔に見覚えがあったのだ。思わず声を上げそうになったのを、両手でとっさに抑え込んだ。


 この男は、シャオメイを脅し、操った元領主であった。


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