七「手がかり」
「私が捕縛したあの組織の者に会いに行ってこようかと思います。もしかすると、何かに気づけるかもしれませんから」
ルーシュイがそんなことを言い出した。考えた末のことであるのだろう。
あの時はルーシュイが助けにきてくれると信じていたけれど、それでも心細かった。怖い思いもした。できれば思い出したくはない。
表情を曇らせたレイレイを気遣って、ルーシュイは表情を和らげる。
「奴らは牢の中です。レイレイ様をお連れするわけには参りません。レイレイ様にはここでお待ち頂いて、私だけで会って参ります」
チュアンとレアンにレイレイの護りを任せてルーシュイは単独で動くつもりのようだ。
レイレイはすかさず立ち上がった。
「わたしも行くわ!」
ルーシュイから、え、という声が漏れる。その顔はとんでもなく嫌そうであった。
「いけません。何を仰るんですか」
チュアンとレアンも少々呆れて見えた。レイレイはそんなにもおかしなことを言っただろうか。
「鸞君、囚人の前にお姿をさらすのは如何かと。ここは鸞君護にお任せになっては?」
冷静にレアンに言われた。
「姿をさらしてはいけないのなら、変装しましょう。そうね、チュアンとレアンの袍服では小さいかしら?」
「鸞君!」
チュアンが驚いて声を上げた。ルーシュイが深々と嘆息して項垂れた。呆れたばかりではない。聞き分けのないレイレイに静かに怒っている。
「レイレイ様、ご冗談も大概になさってください」
それでも、レイレイは引かなかった。立ったままルーシュイの目を見据える。ルーシュイの目は、いつもより厳しかった。
「わたしは冗談なんてひとつも言っていないわ。本気で言っているの。変装してついていくわ」
ギ、とルーシュイが歯噛みした。そんなルーシュイに、レイレイは言い放つ。
「ねえ、手がかりがないの。あの捕らえた人にもう一度会ったら、もしかすると何かが繋がるかもしれないわ。どんな些細なことでも可能性があるのなら試さなくちゃ。陛下のご容体に関わることなのよ。悠長に待ってちゃいけないでしょう」
こればかりは引けない。シージエの命に関わるのなら、時間をかけて慎重になっている場合ではないのだ。可能性は虱潰しに当たっていかねば時間が足りない。
今回ばかりはレイレイの言い分が正しいと思ったのか、レアンが困惑しつつもつぶやいた。
「……でしたら、ユヤン様の許可をまず頂いて、それから鸞君に合った袍服をご用意させて頂きます。けれど、ご無理はなさいませんように」
シージエのことを言われては、誰も何も言えない。この国において最も尊い存在なのだ。それを欠くようなことがあってはならない。
鸞君であるレイレイよりも余程大事な、替えの利かない命である。
「ええ、ありがとう」
そうして、レイレイは双子を広間に残して寝室へ向かった。話し込んでしまい、すっかりいい時間になっている。眠たいような、気が昂って眠れないような調子であった。
ルーシュイの部屋も隣であるから、ルーシュイもレイレイの後に続く。レイレイの寝室の戸の前に来ると、ずっと不機嫌に黙り込んでいたルーシュイが厳しい顔つきで口を開いた。
「レイレイ様」
「なぁに」
振り返って答えると、ルーシュイの目は痛いくらいに真剣そのものであった。
「この国にとって陛下は唯一無二のお方です。けれど、それと同じほどに、私にとってレイレイ様はかけがえのないお方なのです。それをお忘れなく」
シージエを案じるユヤンや貴妃を目の当たりにしてしまったせいか、レイレイは大事なことを見失っていたのかもしれない。この国にとって大事な皇帝に比べれば、鸞君などいくらでも代わりがいる。それは事実だ。
けれど、ルーシュイにとっての『レイレイ』は自分だけだ。他の誰にも代われない。
自分のことも大切にしなくてはいけないのだ。それをレイレイが忘れているようで、ルーシュイは切なかったのかもしれない。
ルーシュイは先に自室へ入って戸を閉めた。レイレイは廊下で少しぼうっとして、それから寝室へと入った。
ルーシュイのことを蔑ろにしているつもりではないけれど、今はそうした私情を横に置いて無理をしなければならない時だ。多少の無理は避けられない。
それはレイレイが後悔しないためでもある。シージエを救えないようなことが起こったら、レイレイもまたこの先どうしていいのかわからない。ルーシュイと二人、心から幸せになれる日は来ないだろう。
だから今はルーシュイに甘えている場合ではない。今は堪え時なのだ。
しっかりとそう自分に言い聞かせ、レイレイは眠りに就いた。
その日、夢は見なかった。
――もしくは、夢を見たことさえレイレイが覚えていられなかったのか。




