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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第三部+五方神鳥の章+

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七「手がかり」

「私が捕縛したあの組織の者に会いに行ってこようかと思います。もしかすると、何かに気づけるかもしれませんから」


 ルーシュイがそんなことを言い出した。考えた末のことであるのだろう。

 あの時はルーシュイが助けにきてくれると信じていたけれど、それでも心細かった。怖い思いもした。できれば思い出したくはない。

 表情を曇らせたレイレイを気遣って、ルーシュイは表情を和らげる。


「奴らは牢の中です。レイレイ様をお連れするわけには参りません。レイレイ様にはここでお待ち頂いて、私だけで会って参ります」


 チュアンとレアンにレイレイの護りを任せてルーシュイは単独で動くつもりのようだ。

 レイレイはすかさず立ち上がった。


「わたしも行くわ!」


 ルーシュイから、え、という声が漏れる。その顔はとんでもなく嫌そうであった。


「いけません。何を仰るんですか」


 チュアンとレアンも少々呆れて見えた。レイレイはそんなにもおかしなことを言っただろうか。


「鸞君、囚人の前にお姿をさらすのは如何いかがかと。ここは鸞君護にお任せになっては?」


 冷静にレアンに言われた。


「姿をさらしてはいけないのなら、変装しましょう。そうね、チュアンとレアンの袍服ほうふくでは小さいかしら?」

「鸞君!」


 チュアンが驚いて声を上げた。ルーシュイが深々と嘆息して項垂れた。呆れたばかりではない。聞き分けのないレイレイに静かに怒っている。


「レイレイ様、ご冗談も大概になさってください」


 それでも、レイレイは引かなかった。立ったままルーシュイの目を見据える。ルーシュイの目は、いつもより厳しかった。


「わたしは冗談なんてひとつも言っていないわ。本気で言っているの。変装してついていくわ」


 ギ、とルーシュイが歯噛みした。そんなルーシュイに、レイレイは言い放つ。


「ねえ、手がかりがないの。あの捕らえた人にもう一度会ったら、もしかすると何かが繋がるかもしれないわ。どんな些細なことでも可能性があるのなら試さなくちゃ。陛下のご容体に関わることなのよ。悠長に待ってちゃいけないでしょう」


 こればかりは引けない。シージエの命に関わるのなら、時間をかけて慎重になっている場合ではないのだ。可能性はしらみ潰しに当たっていかねば時間が足りない。

 今回ばかりはレイレイの言い分が正しいと思ったのか、レアンが困惑しつつもつぶやいた。


「……でしたら、ユヤン様の許可をまず頂いて、それから鸞君に合った袍服をご用意させて頂きます。けれど、ご無理はなさいませんように」


 シージエのことを言われては、誰も何も言えない。この国において最も尊い存在なのだ。それを欠くようなことがあってはならない。

 鸞君であるレイレイよりも余程大事な、替えの利かない命である。


「ええ、ありがとう」




 そうして、レイレイは双子を広間に残して寝室へ向かった。話し込んでしまい、すっかりいい時間になっている。眠たいような、気が昂って眠れないような調子であった。


 ルーシュイの部屋も隣であるから、ルーシュイもレイレイの後に続く。レイレイの寝室の戸の前に来ると、ずっと不機嫌に黙り込んでいたルーシュイが厳しい顔つきで口を開いた。


「レイレイ様」

「なぁに」


 振り返って答えると、ルーシュイの目は痛いくらいに真剣そのものであった。


「この国にとって陛下は唯一無二のお方です。けれど、それと同じほどに、私にとってレイレイ様はかけがえのないお方なのです。それをお忘れなく」


 シージエを案じるユヤンや貴妃を目の当たりにしてしまったせいか、レイレイは大事なことを見失っていたのかもしれない。この国にとって大事な皇帝に比べれば、鸞君などいくらでも代わりがいる。それは事実だ。


 けれど、ルーシュイにとっての『レイレイ』は自分だけだ。他の誰にも代われない。

 自分のことも大切にしなくてはいけないのだ。それをレイレイが忘れているようで、ルーシュイは切なかったのかもしれない。


 ルーシュイは先に自室へ入って戸を閉めた。レイレイは廊下で少しぼうっとして、それから寝室へと入った。

 ルーシュイのことをないがしろにしているつもりではないけれど、今はそうした私情を横に置いて無理をしなければならない時だ。多少の無理は避けられない。


 それはレイレイが後悔しないためでもある。シージエを救えないようなことが起こったら、レイレイもまたこの先どうしていいのかわからない。ルーシュイと二人、心から幸せになれる日は来ないだろう。

 だから今はルーシュイに甘えている場合ではない。今は堪え時なのだ。

 しっかりとそう自分に言い聞かせ、レイレイは眠りに就いた。


 その日、夢は見なかった。

 ――もしくは、夢を見たことさえレイレイが覚えていられなかったのか。


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