おめでとう。
2月のある日。忍者レストラン飛燕は、珍しく臨時休業をしていた。
バイトの私もお休みかと言うと、実はそうではない。
今日はお店を締め切って、篠原さんと真梨子さんの結婚披露パーティーが催されることとなっていた。憧れのレストランウエディング♪
私はバイトの身ながら、真梨子さんに是非と招待状を頂いて列席することとなったのだ。
1階フロアの舞台前に高砂席を設け、篠原さんと真梨子さんはそこに納まり、多くの招待客に囲まれてお祝いの言葉を受けている。
卓上花に彩られた壁際のテーブルの上は、レストランのコックさんが腕によりをかけたご馳走が並んでいる。
ううっ~、美味しそう♪
いつもの忍者メニューに特化したものではなくて、お寿司に海老フライといった仕出しのようなものから、ローストビーフやパスタ、彩りが美しいサラダまで様々用意され、ビュッフェ形式になっている。まあ、参加者の年齢層が幅広く、内輪だけのパーティーなのでこんなのもありなのだろう。コックさん達も一緒に楽しみたいしね。
赤いドレス姿の真梨子さんは、頬をバラ色に染めて本当に幸せそうだ。横に座る篠原さんもそんな真梨子さんを愛おしそうに見ている。
篠原さんと真梨子さんは、午前中に市内の神社で神前結婚式を挙げた。
真梨子さんの花嫁衣装見たかったなぁ。
「理沙、挨拶しに行く?」
涼先輩の席は親族席なので、場所が離れているにも関わらず、誘いに来てくれた。
真梨子さんのお友達の方々が席に戻ったのを見計らって、挨拶をしに高砂席に近づいた。
「真梨子さん、篠原さん、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう。後で、ブーケトスするから絶対理沙ちゃん貰ってね!」
うふふと真梨子さんが意味深長に笑った。
「いやあ、嬉しいですけど、真梨子さんのお友達にあげて下さい」
「そんなこと言わないで。私、早く理沙ちゃんが本当の妹になってくれるのを楽しみにしているのよ。ね? 涼」
いきなり話を振られた涼先輩は、耳までピンクだった。
ピンクと言えば、会場でビールを飲んでいるオジサマ達は、顔を真っ赤にしてお互いに楽しそうに話をしている。先輩のお父さんは、ちょっと泣きそうな様子で目の回りを赤くしていた。
私が結婚したら、うちの父も泣くんだろうか。
結婚かぁ……白いドレスの私の横にいる人は、涼先輩しか思い浮かばない。
つと先輩の方を見ると目が合って、にこりと笑った先輩の美貌に盛大に真っ赤になってしまった。
うきゃーーー!! 恥ずかしーーい!!
動悸が治まったところで、ふいにある疑問が頭によぎった。
篠原さんの知り合いらしき人と入れ代わる形で高砂席から離れ、先輩とお料理を取りに行くとき、こっそりと聞いてみた。
「涼先輩……この中に、何人くらい本物いるんですか?」
「ん? ああ、3分の1くらいかな。うちの親族と、ショーメンバーだけだよ」
う~ん、みんな全然忍者っぽくないですねぇ。
「そりゃそうだよ。前も言ったけど、目立たないことが第一なんだし」
うぎゃっ!
思考が読まれたと焦ったら、「全部顔に出てるよ」と苦笑された。
そして、先輩に手渡されたお皿を見て絶句。ローストビーフとサラダか綺麗に盛り付けられた皿に結構な面積を取って鎮座まします椎茸のバターソテー。
「涼せんぱ~い、これ、椎茸多くないですか~」
「ダーメ。好き嫌い言わず食べなさい」
「は~い」
ぱく。
う~ん♪ ローストビーフが絶品!! 美味しい~♪
「はい。理沙、あーん」
突きだされたフォークの先には椎茸と、逆らえない先輩の笑顔。
ううっ……。先輩のいじめっ子ぉ。
……仕方なく口を開けた。
* * * * *
披露宴が終わり、先輩に駅まで送って貰う。
「もう来月だね」
唐突に先輩が言う。
……あ、舞台のことですね。
「緊張してる?」
「う~ん、まだ実感ない感じです。本当に私に務まるのかなぁって、そればかり思っちゃって」
クスッと先輩が小さく笑った。
「大丈夫、俺が付いてるから」
はい。
「それにしても、さっきのブーケトス凄かったですね」
先輩と繋いでいない方の手に提げられた紙袋の中に視線が行く。
中には、真梨子さんから貰ったブーケが入っていた。ブーケトス用の赤とピンクと白の花で纏められた球状のブーケだ。
遠慮しますと言ったはずなのに、何故か引っ張り出され、後ろを向いた真梨子さんの手から離れたブーケは、真っ直ぐに、見えていたんじゃないかというコントロールで私に飛んできた。お姉さん、恐るべし。
「姉貴ね、投げモノ系得意だから」
と、先輩も笑う。
「私もあんなかっこいいくの一になれますかね」
ぽつりと言うと、先輩が不敵に笑った。
「俺が鍛えてあげるから、大丈夫」
うっ……。
励まして貰ったように思えないんですが。
* * * * *
そして、3月。
卒業式の日を迎えた。
お世話になった吉備先輩をはじめ、剣道部の先輩一人一人に後輩一同から、小さな花束を贈った。
花道を在校生で作って、式が終わり校門へ向けて歩く先輩達を見送る。
先輩達の中にも、私の中にも、他の在校生のそれぞれの中にも色々な思い出が吹き荒れていた。
……優駿くんがサッカー部の主将に抱きついて泣いている姿さえ、周囲に涙を誘ってしまう。
花道を通ってきた涼先輩が、花道を作っていた私に気付いて足を止めた。
「涼先輩、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
にっこりと笑う先輩の顔が、涙で歪む。
あ、あれ? おかしいな。
学校で会えないだけで、まだまだ一緒にいるつもりなのに。
そうか、あっちでもメソメソ、こっちでもワアワア別れを惜しんでいるこの雰囲気に呑まれちゃったんだな。
……学校で会えないだけなのに。
……先輩の剣道している姿、格好良かったな。
……やかん持ってもらったりして、優しくしてもらって、好きになっちゃって。
……剣道場の前で、告白されたんだっけ。
……一緒に放課後帰って、駅まで送って貰って、楽しかったな。
楽しかった思い出が次々と思い出されて、ポロポロと涙が零れた。
お別れじゃないって、分かってるのに。
「理沙、ありがとう」
先輩の学生服の胸に顔を埋めて、わんわん泣いてしまった。
きっと先輩は少し困った顔で、花道を通り過ぎて行く同級生達に返事しながら、それでも泣き止むまで私の背中を撫で続けてくれていたんだと思う。見えてなかったけど。




