黒い王子様に助けて頂きました。
ううっ、寒い。
今日は陸上部の部活が無いのだろうか。誰も来ない。
陸上部が部活の準備にすぐ来るだろうと、アテにしていたのが見事に外された。
体育用具倉庫に閉じ込められて、1時間ぐらい経っている気がする。
……いや、実際は10分位なのかも知れない。
扉を叩いても、扉を揺すっても、誰も気付いてくれる様子はなさそうだ。
この倉庫の前を誰も通っていないのかもしれない。
体育用具倉庫の扉はグランドに向いているのに、どうして誰も気付かないんだろう。
小窓の無い側には、剣道場があるのに……。
このままじゃ、凍死する!!!
あの小窓から出られないかなぁ。
手前のハードルを脇に避けて、ボールの入ったカゴや、跳び箱を移動出来れば、窓に近づけるかも。
……よし、やってみよう。ダメでも、あそこから近くを通る人に声をかける事はできるもんね。
ハードルを反対側に避けて……っと。
ボールの入ったカゴをずらしてっと。
ええい、面倒くさい、跳び箱の上に乗っちゃえ。
小窓のクレセント錠を開けると……鉄格子が嵌められていて、脱出は無理そう。
目の前には、部室棟の横壁と階段が見える。
窓のサッシに手を掛けて、外をじっと見張っていると、運良く涼先輩が剣道着姿で階段を降りてくるのが見えた。
「涼せんぱーい!! ここ、ここ!! た~す~け~て~」
声が届いたらしく、涼先輩がキョロキョロと声がした方を捜している。
もう少しだ!
「涼先輩ーぃ!!」
「理沙?」
声の出所が伝わったらしく、階段を駆け下り、小窓の下に走り寄って来てくれた。
「何してるの、こんなところで」
いや、そんな冷静に聞かれても困りますが。
「ちょっと閉じ込められまして」
「誰に?」
涼先輩の目が、スゥっと細くなって、なんだか不機嫌オーラが漂っている。
そのオーラだけで人ひとり闇に消してしまいそうですよ、なんて物騒な!!
「あの、それより先に出して欲しいです~。鍵を先生に借りてきて貰えませんか」
「……そうだね。今出してあげるから、待っていて」
そう言うと、鍵が掛っていなかったかのような早さで、扉が開けられ、涼先輩が入って来た。
「あれ? 鍵、掛ってなかったんですか?」
「いや? しっかり南京錠が掛けられていたけど?」
愉快そうに涼先輩の唇が弧を描く。
外された南京錠が先輩の指に引っかかって、プラプラと揺れている。
……こ、怖い。
「えっと、じゃあ、どうやって開けたんですか?」
「理沙、知らなくて良い事もあるんだよ」
涼先輩がさらに笑みを深くして笑った。
「さて、誰にこんなことされたって?」
そんな楽しそうな顔して聞かないでください~!!
「え……えと、どうしても言わなきゃダメ……ですかね」
今の涼先輩が何をしでかす気か恐ろしくて、告げ口する気も失せてしまった。
「自分の彼女が、1月の寒空に、暖房も何もない極寒の体育用具倉庫にしっかり外から鍵を掛けて、閉じ込められていたんだよ? 冗談でしたで済ませられると思う?」
改めて状況を整理して告げられて、本当にヤバイ状態だったのだと青くなる。
だけど、なんて説明したらいいのかなぁ。
悩んでいると、涼先輩の手のひらが私の手を包む。
……あったかい。
「ほら、こんなに冷たくなっているのに、それでも誰かを庇うの?」
そんなつもりじゃ……。
結局、全てを話させられてしまいました……。
「ふうん、なるほど。言い掛かりも甚だしいね。どこから片付けようかな」
楽しい計画を練っているように、涼先輩が呟くので、恐ろしくなって思わず涼先輩に抱きついた。
「いいんです~。先輩に助けて貰えたし。先生に鍵の管理にもっと気を配ってもらって、彼女たちの誤解が解ければ、それでいいんです!!」
「そんなことでいいの?」
「いいんです~」
「……分かった。とりあえず、彼女たちには反省をして貰わないとね。理沙、もうちょっとだけ一人でいられる?」
「え? はい」
「泣き寝入りはいけないよ。この事は明るみに出して、彼女たちにも先生にも反省してもらわないとね」
そういうと、涼先輩は「さっき『先輩』って言った罰」と、優しいキスを口の端に落として、倉庫を出ていき、鍵も再び掛けて職員室へと走って行った。
しばらくして、血相を変えた先生が、涼先輩と共に走って現れ、先生の手によって鍵が開けられ、私は助け出された……。
その後、彼女たちは、親を呼び出されての叱責に加えて、一週間生徒指導室に登下校し、生徒指導の先生の前で課題をし、放課後の部活、バイト禁止の処分になったという。
あまりの厳しい処分に、むしろ逆恨みされたらどうしよう、と思ったが彼女たちは存外素直だったらしく、すっかり反省して、処分明けで教室に戻って来た日に、「吉田さん、ごめんなさい」と謝ってくれた。
「天馬君のことは、クラスメイトとしか思ってないから安心して」
改めてはっきり告げると、彼女らはにっこり笑ってくれた。
「ダメかもしんないけど、うちらも告ってみる。こんなこと言えた義理じゃないけど……」
口籠ってしまったので、後に続けて言う。
「協力できることがあったら、協力するよ」
「じゃあ、藤波先輩を落としたチョコの作り方、教えて」
「げ!! それは、止めといたほうがいいよ。私、お菓子作りは壊滅的だから」
恥ずかしい事実を告白すると、彼女らは、いっそ清々しいほどに笑い飛ばしてくれた。
あと一年付き合いがあるし、仲良くなれたらいいなと思う。
涼先輩が、今回の事に関係して、優駿君に無茶な約束をさせたらしいと知ったのは、バレンタインデーが終わってからの事だった。




