修行開始ですか? 2
先輩がカチリと鍵を開けて、引き戸の玄関ドアを引くと、カラカラと軽い音がして扉が開いた。
「さあ、どうぞ」
と、ドアを押さえて私を先に通してくれる。
ここが先輩のおうちかあ~。
なんだかドキドキするなあ……。
「お邪魔しま~~す」
先輩が鍵を開けてくれた、玄関ドアをそろりと入る。
靴が脱ぎ散らかされていない清潔な玄関。木の香りのする磨かれた廊下に、飾られた花……。
背後で再びカラカラと扉の閉まる音がする。
その瞬間、はっとした。
先輩が鍵を開けたということは、……おうちに誰もいない?
ふたりっきりってこと?
昨日本屋で仕入れた漫画の内容が頭を駆け巡り、イケナイ想像が顔を熱くさせる。
「どうかした?」
い、いいえ。ナンデモ……。
靴を脱いで揃え廊下に立つと、横に並んだ先輩が居間へと案内してくれた。
廊下の左右にある部屋はどれもふすまで仕切られていて、ふすまの開いている部屋はみな畳の和室。
……先輩の部屋はどれかなぁ。
「俺の部屋に入りたいの? いいけど、理沙結構大胆なんだな」
かあぁ……。
心の声だだ漏れでしたか……。
「ごめんなさい、なんでもないです……」
クックックッと肩を揺らして笑う先輩の背中を、恥ずかしさのあまり睨みつけた。
座布団をすすめられて座っていると、先輩がお茶とお菓子を持ってきてくれた。
「和風ですけど、結構普通のおうちなんですね」
「忍者屋敷の様な家だと思った?」
はい……実は。
「理沙は忍者っていうと、どんなものを考える?」
え?
う~~ん。
「凄く高くジャンプしたり、手裏剣ビュンビュン投げたり、チャンバラしたり……ですかね」
「そう、一般的に幻術を使ったりして派手に戦うイメージあるよね。ショーでは喜ばれるように派手にやるけど、昔にいた忍者の実態は結構地味なんだよ」
うんうんと頷き、優しい笑顔で話す先輩。
「忍者はいつの時代も歴史の影にいて、自分が忍者であることは言わなかった。忍者とばれることは、任務を遂行できなくなることだからね。昔の忍者の本来の任務はスパイ活動や暗殺だったから、殊更普通の人に見えるよう気を遣っていたんだ。理沙も忍者の修行をするからと言って肩に力を入れず、普通でいて欲しい。忍術と言っても、なにも特殊な幻術や超人的な力を身につけるわけじゃないんだよ」
「そうなんですか。今はスパイとか暗殺……はしてないんですよね?」
「クスクス。するわけないだろ、それじゃ犯罪になる」
馬鹿な質問に笑いながらも優しい口調で答えてくれた。
「そ、そうですよねっ。あはは。じゃあ、今の忍者の仕事ってなんですか?」
「うちの場合は、レストラン経営。主に観光客相手に迫力のあるショーを見せて、町おこしに一役買っている。他にも忍者関連のショップの経営とか、甲賀の方じゃ元々の得意分野でもあった製薬会社だとかね。俺達は忍者であることを隠しながら、矛盾してると思うかもしれないけど、忍者ショーをやってる連中が本当に忍者だなんて、誰も思わないだろ?」
それはそうだ。
「今は昔のような『仕事』をすることはないから、ショーを忍者らしく見せるために修行をしているようなものだけど、それでも伝えられてきた技術と家系を誇りに思っているし、遺していきたいとおもっているんだ」
スタント集団の劇団だと、思われていてもね。
と、清々しく笑った笑顔にドキンとした。
私も先輩の傍で何かお役にたてたら嬉しい。
修行……頑張ろう。
「今日は、ジャージとか持ってきてる?」
「はい」
もちろん。運動するかと思っていたんで。
「良かった。じゃあ、それに着替えてお散歩に行こうか」
先輩が自室に着替えに行ったので、ふすまを閉めて着替える。
ヨコシマな展開にならなくて残念なような、安心したような、複雑な気分です。
そりゃ、興味あるよ……お年頃だもん。




