第47話:敗北の味
五人が動いた瞬間、中継点の空気が変わった。
同時だった。
ヴァルトが正面から来た。
レオンが右から回り込んだ。
鎧の黒い男が左から圧をかけた。
カインが後方で魔法陣を展開し始めた。
そして——影に溶け込んでいた女が、消えた。
「散開——!!」
俺が叫ぶと同時に四人が動いた。
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ヴァルトの剣が来た。
速い。
これまで見てきたどの剣士より速かった。
俺は右腕に黒炎を集めて受けた。
ガンッ——弾かれた。
腕が痺れた。剣に魔力が込められている。
「その腕、前より硬くなっているな」
「成長した」
「見てわかる。ただし——」
ヴァルトが二撃目を繰り出した。今度は連続だった。
縦、横、斜め——三連続。
俺は一撃目を右腕で受け、二撃目を後退して躱し、三撃目を横に跳んで避けた。
でも足元が悪かった。
根が地面に這っていた。踏み込みが決まらない。
「ここはダンジョンの中だ。足場が悪い。お前たちが不利だ」
「それはお互い様だ」
「こちらは休んでいて、お前たちは戦い終わった直後だ」
三撃目が来た。
俺は右手の形を変えた。
拳のーー人差し指と中指を立てた。
《黒炎短刃》。
指先から七センチほどの黒炎の刃が伸びた。
ヴァルトの剣を、刃で受けた。
黒炎が剣に触れた瞬間、弾かれ方が変わった。
刃で受けることで、剣の軌道を逸らせた。
「……面白い使い方だ」
「これだけじゃない」
俺は踏み込んだ。
接近した。
ヴァルトは後退した。剣の間合いを保とうとしている。
でも俺は素手が基本だ。接近戦に持ち込む方が俺に有利だ。
右拳に黒炎を集めた。
身体強化——全身に呪印の力を巡らせた。足から腰から肩から腕へ、連動して力を集める。
全力の一撃を打ち込んだ。
ヴァルトが剣でブロックした。
ドゴッ——。
ヴァルトが後退した。数歩、確実に下がった。
「……力が増している」
「当然だ。ずっとダンジョンでも戦い続けた」
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右側では——レオンとドラが戦っていた。
レオンの剣が速い。無駄がない。一撃一撃が急所を狙ってくる。
ドラは双剣で受けながら、じりじりと押されていた。
「前に一度やり合ったな」
レオンが言った。表情がない。ただ剣が動いていた。
「あの時は黒炎弾に当たって退いた。今日は——」
レオンの右肩に、鎧の補強がされていた。《黒炎弾》対策だ。
「準備してきたか」
「当然だ」
ドラが双剣を交差させてレオンの一撃を受けた。
そのまま押し返そうとした——が、レオンが動きを変えた。
押す力を抜いて横に流した。ドラの双剣が空を切った。
レオンが隙をついて踏み込んだ。
「——ッ」
ドラが後退した。左腕に浅い切り傷がついた。
「速い」
「お前も速い。だけどな——」
レオンが剣を正眼に構えた。
「双剣使いは隙が増える。一本目を受けながら二本目を出す瞬間に、必ず腕が交差する」
「……徹底的に調べられてるな」
「お前たちのことは全て報告があった。戦い方の癖もな」
「なら——これは分析にないはずだ」
ドラが右手を開いた。
爪が伸びた。
土属性の身体強化を——爪に集中させた。三センチ、五センチ、七センチ。
「《鋼爪》——!」
ドラが双剣ではなく右手の爪でレオンに向かって斬りかかった。
レオンが剣で受けた。
金属と爪が当たった。
爪が——剣を削った。
「……爪が剣を削るか」
「報告にはなかっただろう」
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後方では——カインとエリスが向き合っていた。
「やあ、可愛い魔法使いちゃん。また会ったな」
カインが杖を構えながら言った。
「……あなたたちとは何度も会いたくない」
「辛辣だな。俺はお前のことを気に入ってるのに」
「気に入られても困る」
「でも今日は、傷つけないって命令がある。だから——」
カインが魔法陣を展開した。「拘束するだけにしておく」
赤い鎖のような魔法が伸びた。
「——っ!」
エリスが後退した。魔力の残量が少ない。障壁を張る余裕がない。
「エリス、動き続けて!」
リアの声が飛んできた。
エリスが走った。拘束魔法を躱しながら。
「火属性、使えるんだったよな。ちょっと出してみてよ」
カインが挑発するように言った。「こっちは傷つけちゃいけないから、ある意味楽な相手だろ。存分に使ってみなよ」
エリスが歯を食いしばった。
「……うるさい」
残り少ない魔力を火属性に集めた。
小さい。でも、正確な炎の球が生まれた。
「へえ。制御が上手いな」
「うるさいって言った」
エリスが炎を放った。
カインが軽く横に躱した。
「惜しい。でも——」
カインがまた拘束魔法を張った。今度は複数、四方向から。
「逃げ場がなくなったろ」
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その時、横からリアが飛び込んできた。
エリスの前に立った。
「リア!」
「大丈夫。任せて」
リアが弓を引いた。
カインに向けて——三本の矢を同時に放った。
カインが一本を魔法で弾いた。でも残り二本が来た。
「っ——!」
一本が肩をかすめた。
「お前、弓使いか。それにしては速い射ち方だな」
「まだあるよ」
リアが目を閉じた。
中継点の空気の流れを読んだ。
カインの動きの癖を風で感じ取る。
「杖の振り方、右に偏ってる。次の魔法も右から来る」
「……そんなことまでわかるのか」
「あなたの動きが単純なんじゃない?」
リアが放った。
カインが右に躱そうとした——矢がその右に向かって飛んでいた。
腕に当たった。
「——ッ!!」
カインが後退した。
「こんの——ガキが!」
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俺はヴァルトと戦いながら、全体を把握していた。
左側——黒い鎧の男が俺に向かって動いてきた。
ヴァルトと挟み撃ちだ。
「二体一か」
「悪いな、命令だ。ヴァルト様を援護しろと言われている」
黒い鎧の男が大剣を振った。
俺は横に跳んで躱した。
ドンっ!
重い。岩砕き熊の一撃に近い重さだった。
ヴァルトも追ってきた。
前後から同時に来る。
後退できない。
俺は地面を蹴り、真上に跳んだ。
ヴァルトと黒い鎧の男の剣が交差した場所を、上から跳び越え、空中で——右手の形を作った。
親指を立て、人差し指と中指を伸ばした。
《黒炎弾・旋》。
ベルクの鎧の肩——前回のレオンと同じ発想で——継ぎ目を狙って放った。
ズドォッ——。
鎧の継ぎ目に螺旋の黒炎弾が食い込んだ。
「——ッ!!」
黒い鎧の男が右腕を押さえた。鎧越しでも衝撃が入った。
着地と同時に俺は踏み込んだ。
右腕に黒炎を集めた——強化を脚と腰に集中させ、ヴァルトに向かって蹴りを入れた。
右膝でヴァルトの腹を狙う。
「——ッ」
ヴァルトが剣で防いだ。でも蹴りの威力は殺せずに後退した。
俺は続けた。
黒炎短刃——左手の人差し指と中指に刃を出した。
ヴァルトの右腕——剣を持つ腕の付け根を狙った。
刃がヴァルトの革鎧を切った。
「——ッ!」
深くはない。でも確実に傷をつけた。
「……近距離と遠距離を同時に使うか」
「近距離が基本だ」
「なるほど」
ヴァルトが後退して距離を取った。
「ベルク」
「……はい」
「他のやつの援護をしろ。俺が抑える」
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ドラとレオンの戦闘が激しくなっていた。
爪を知られたレオンは対策を変えてきた。
距離を取った。接近を許さない剣捌きに変えた。
「爪が届く距離に入れないようにするか」
「そうだ」
「なら——」
ドラが咆哮した。
ハウリング——今まで使った中で最も強い。魔力を全て声に乗せた。
音が中継点全体に響いた。
レオンの動きが止まった。二秒。
ドラが踏み込んだ。
双剣と爪を同時に使った。
剣でレオンの剣を絡め取り——爪でレオンの脇腹を引いた。
革鎧が裂けた。
皮膚が裂けた。
血が出た。
「——ッ!!」
レオンが後退した。初めて後退した。
「……」
レオンが脇腹を押さえた。深くはない。でも確実にダメージが入っていた。
「ハウリングと双剣と爪を同時に使うのか」
ドラが正面に立った。
「今度こそ逃がさない」
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その時だった。
俺は感じた。
何かが——おかしい。
影の女、クレアが——見えない。
戦闘が始まってから姿を消して、一度も現れていない。
「エリス——!」
俺が叫んだ瞬間だった。
エリスの隣にいたリアが——横から飛んできた針を避けるために動いた。
ほんの一瞬の隙だった。
一秒にも満たない。
女は影から現れた。
エリスの首の後ろに——何かを刺した。
細い針だ。
「——ッ、なに……」
エリスの目がぼやけた。
膝が落ちた。
「エリス!!」
「気を失わせる薬だ。傷はつけていない」
女がエリスを抱えた。
「離せ——!!」
俺は跳んだ。
女に向かって《黒炎弾》を放った。
躱した——が、エリスを抱えたまま動きが鈍い。
当たる。
そう思った瞬間——ヴァルトが割り込んだ。
剣で黒炎弾を弾いた。
「させない」
「——ッ!!」
ベルクがリアに向かって大剣を振った。リアが後退した。ドラがレオンに抑えられた。
「カイン」
「はいはい」
カインが——エリスとクレアを包む魔法陣を展開した。
転移魔法だ。
「——やめろ!!」
俺は全力で踏み込んだ。
呪印を全段解放した。
黒炎が全身を包んだ。
でも——間に合わなかった。
光が弾けた。
クレアとエリスが——消えた。
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静寂。
ヴァルトが俺を見た。
「終わりだ」
「……」
「大人しくしろ。エリスは生きている。マハザ様の元に連れていくだけだ」
「返せ」
「できない」
「返せと言っている」
俺の全身に黒炎が燃えていた。
呪印の熱が、今まで以上に高くなっていた。
でも——。
「ケンジ!!」
リアが叫んだ。
「止まれ!暴走するな!」
俺は——止まった。
奥歯を噛んだ。
黒炎が、揺れた。でも消えなかった。
「今は——」とドラが言った。「今は、引く。エリスを追う手段を考える」
「……」
「今ここでヴァルトと全力でやり合っても、エリスは戻らない。まず生きて帰る。それからだ」
俺は黒炎を——消した。
ヴァルトを見た。
「エリスの居場所を言え」
「言うわけがない」
「ならお前を捕まえて吐かせる」
「それもできない」
ヴァルトが後退した。
「カイン、レオン、ベルク——引くぞ」
「……」
レオンが無言で後退した。
ベルクが右肩を押さえながら後退した。
カインが「次はもっと本気でやり合いたいな」と言って笑った。
「次は殺す」
「楽しみにしてる」
ヴァルトが最後に俺を見た。
「ケンジ。エリスは——今すぐには死なない。それだけは本当だ」
「……」
「マハザ様が欲しているのは、生きたエリスだ。だから殺さない。だけど——急いだ方がいい」
ヴァルトたちが転移魔法で消えた。
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中継点に、俺とリアとドラだけが残った。
三人。
エリスがいない。
リアが俺の袖を掴んだ。
「……ケンジ」
「わかってる」
「エリスを——」
「必ず取り返す」
声が、低かった。
「……うん」
リアの目に涙が滲んでいた。でもこぼれなかった。
「ドラ、傷は」
「動ける。深くない」
「リアは」
「大丈夫。針は当たってない」
「俺も動ける」
俺は拳を握った。
黒炎が——指先で揺れた。
エリスが消えた。
仲間が攫われた。
全員で帰ると、約束していた。
守れなかった。
呪印が——今まで感じたことのない熱を持った。
怒りではなかった。
悔しさだった。
これは——怒りより深いところにある何かだった。
「行くぞ」
俺は立ち上がった。
「どこへ」とドラが言った。
「上だ。ダンジョンを出る。ジンを探す。外の情報が必要だ。エリスの居場所——ヴォルテクスの本拠地を探す」
リアが「……ケンジ」と言った。
「何だ」
「絶対に取り返せる?」
俺は少し間を置いた。
「取り返す。それだけだ」
リアが頷いた。
ドラが「行くぞ」と言った。
三人で、上層への階段に向かって走り始めた。
白い天井の光が、遠くに見えた。
エリスがいない。
でも——止まらない。
止まる理由がない。
呪印が燃えた。
これは——終わりじゃない。
始まりだ。




