表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
骨まで喰われた俺が、世界ごと灰にするまで  作者: 灰原 健(はいばら けん)@『骨灰』金曜夕方から開幕!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/9

第2話:赤ちゃんに戻っても、俺の魂は灰色だった

連続投稿の第2話目です!

殺意MAXで目覚めた2度目の転生。ここから彼の復讐劇への仕込みが始まります。

 暗い。


 どこまでも、暗い。


 音もない。感触もない。ただ——存在だけがある。


 俺はその暗闇の中に浮かんでいた。体がない。でも思考はある。記憶もある。全部ある。


 骨を噛み砕かれる音。皮膚を引き裂かれる感触。口の周りを血で真っ赤に染めながら、笑っていたあいつらの顔。


 ショーの顔。


 村長の顔。


 スープをくれたあの女の、獣みたいな目。


「……許さない」


 声は出なかった。でも俺の意識の中で、その言葉だけが繰り返し響いていた。


 許さない。


 許さない。


 絶対に、一匹残らず——


 ぐ、と。


 何かが俺を、引っ張った。


 最初に感じたのは、温かさだった。


 次に、音。


 遠い。くぐもっている。でも確かに聞こえる——何かが規則正しく、ドクドクと鳴っている音。


 それから光。


 まぶしい。赤みがかった、柔らかい光。


 俺は……動こうとした。


 動けなかった。


 腕が、言うことを聞かない。足も同じ。体全体がぐにゃぐにゃで、力が入らない。何かに全身を包まれていて、狭くて、温かくて——


 あ。


 これ、知ってる。


 これ、子宮の中だ。


「……またか」


 思考だけが、笑った。笑うしかなかった。


 また、始まりか。


 俺は鈴木健司、享年三十五歳。過労死して異世界に転生して、魔族の村で食い殺されて——それでもまだ終わらないのか。


 怒りはあった。でもそれより先に、どっと疲れが押し寄せてきた。二度死んでも終わらない、この感じ。まるでデスマーチのプロジェクトが終わる気配もなく続いているみたいな、あの絶望に似ていた。


 ただ——一つだけ、違うことがあった。


 俺の中に、何かが宿っていた。


 胸の奥、というか魂の奥、というか——うまく言えないが、何か黒くてじわじわと熱いものが、確かに在った。


 あれは。


 あの瞬間に刻まれた何かだ。


 喰われながら、俺が世界に叩きつけた呪詛の塊。


 消えていなかった。


 俺と一緒に、ここまで来ていた。


 生まれた。


 産声は上げた。上げたくなかったが、体が勝手に上げた。肺が空気を求めて、俺の意志とは無関係に大声で泣いた。三十五年分の経験と二度目の転生の記憶を持つ魂が、赤ちゃんの体で泣いているというのは、なかなかシュールな状況だった。


「男の子よ……!元気な子!」


 助産師らしき女性の声。


「よかった……よかったぁ……」


 泣き声が聞こえた。若い女性の声だ。疲れ切っていて、でも安堵と喜びが滲んでいる。


 俺は視界がぼやけたまま、その声の方を見た。


 若い女性がいた。おそらく二十代前半。黒髪で、痩せていて、顔色が悪かった。でも俺を見た瞬間、ぼろぼろと涙を流して——笑った。


 こんなにボロボロになりながら笑える人間を、俺は久しぶりに見た気がした。


 前の世界でも。


 一度目の転生先でも。


 打算のない笑顔を向けられることなんて、なかった気がした。


「……ケンジ。あなたの名前はケンジよ」


 女性が言った。


 その瞬間、俺は妙なくすぐったさを感じた。


 その名前は知っている。鈴木健司。それが俺だ。前の世界での俺の名前が、そのまま引き継がれるのか。偶然なのか、それとも——


 まあ、どちらでもいい。


 俺は目を細めた。泣くのはやめた。体の機能として泣いていただけで、泣きたい気持ちなんてなかった。


 やるべきことが、ある。


 全員、殺す。


 ショーも。村の奴らも。魔王も。この世界の全ての魔族も。


 でもまずは——成長しなければ。


 幼少期というのは、暇だ。


 これは前の世界でも知っていたが、二度目ともなると余計に身に沁みる。体は赤ちゃんで、思考は三十五年分のおっさんで、おまけに一度目の転生の記憶まである。やれることが何もない時間が、ひたすら続く。


 俺が生まれたのは辺境の村だった。


 名前はランテ村。王都から遠く離れた、森の近くにある小さな集落。冒険者ギルドの出張所すらない、本当に小さな村だ。


 母親の名前はアネット。父親はいない。聞いた話では、旅の冒険者に一夜限りで捨てられたらしい。村では肩身の狭い思いをしながら、内職と畑仕事で俺を育てていた。


 俺は母親のことを観察し続けた。


 信用できるか。利用されていないか。俺に何か企んでいないか。


 三ヶ月かけて、俺は結論を出した。


 この人は、本物だ。


 損得なしに俺を愛している。魔族の村の連中みたいな嘘くさい優しさじゃなくて、疲れ果てても俺を抱きしめて、寒い夜に自分の体温で温めてくれるような——本物の愛情だ。


 だから俺は、母親の前でだけ、少し力を抜くことにした。


 世界全体は信じない。でもこの人だけは、信じてもいい。


 そう決めた。


 二歳になった頃、俺は自分の中の「それ」に気づいた。


 夜中、眠れなくて天井を見上げていたときだ。


 胸の奥の、黒くて熱いもの。あれが、じわじわと脈打っているのを感じた。


 意識を向けると——見えた。


 暗闇の中に、黒い焰のような何かが灯っている。小さくて、不安定で、でも確かにそこにあって、俺が意識を向けるたびに微かに揺れた。


 これが、俺が持ち込んだものか。


 呪いと才能が混ざり合った、何か。


 俺はそっと手を触れてみた——比喩的な意味で。意識の中で、指先を伸ばすように。


 ビリッ、と。


 頭の中で何かが弾けた。


 痛みはない。ただ——情報が、流れ込んできた。断片的な映像。黒い炎が燃え広がる光景。魔法陣のような何かが展開する映像。そして——喰われた瞬間の記憶が、激しく蘇った。


「……っ」


 俺は意識を引き剥がした。


 心臓が速くなっていた。体が小刻みに震えていた。二歳の体には、あの情報量は多すぎた。


 でも確信した。


 これは使える。


 使い方と制御を覚えれば——これは、武器になる。


 五歳になった。


 俺の異常さは、もう村で知られていた。


 二歳で普通に会話し、三歳で文字を読み、四歳で農作業の効率改善を母親に提案した。村人たちは「賢い子」を通り越して「不気味な子」として俺を見るようになっていた。


 別に構わない。


 好かれる必要はない。生き延びる必要があるだけだ。


 その日、俺は村外れの森で一人、例の黒い何か——俺は心の中で「呪印」と呼ぶことにした——と向き合っていた。


 少しずつ、扱い方がわかってきていた。怒りや憎しみの感情を燃料にすると、呪印が活性化する。反対に、感情を抑えると静かになる。


 俺は目を閉じて、意図的に思い出した。


 ショーの顔。


 スープをくれた女の顔。


 骨を噛み砕く音。


 呪印が、どくんと脈打った。


 右手に意識を集中させた。熱が集まってくるのを感じた。じわじわと、手のひらに何かが凝縮していく感覚——


 バ゛ンッ。


 目の前の木が、爆砕した。


 直径三十センチはある木が、根元から吹き飛んだ。黒い何かがそこに走ったと思ったら、木が粉々になって宙を舞っていた。


 俺は固まった。


 五秒ほど固まってから、ゆっくりと自分の右手を見た。


 手のひらに、うっすらと黒い紋様が浮き出ていた。すぐに消えた。


「…………」


 思ったより、強い。


 でかい木が一発で吹き飛んだ。しかも制御できていない状態で。


 これを制御できたら——


「今のなに!?」


 声が聞こえて、俺は振り返った。


 木が倒れた音を聞いて駆けつけてきたのか、茂みをかき分けて女の子が現れた。俺と同じくらいの年齢。黒い髪をざっくりと縛って、弓矢を背負っていた。猟師の子供だろう、動きやすい服を着ている。


 俺たちは目が合った。


 女の子は、爆砕された木と俺を交互に見た。


「……あんた、今何したの」


「何もしてない」


「嘘つき。木が吹き飛んだじゃん」


「風だ」


「こんな晴れた日に?」


 鋭い。俺はこの年齢の子供にしては論理的すぎると思ったが、この子も大概だった。


 女の子は爆砕された木の断面に近づいて、じっと見た。それから俺を振り返った。


「怖くない」


「…………」


「その力。怖いとか思わない。なんかすごいな、って思っただけだよ」


 俺は無言でこの子を観察した。


 嘘をついているようには見えない。打算もない。ただ純粋に、興味を持っている目だった。


「リアっていうの、私。猟師の娘。あんたは?」


「……ケンジ」


「ケンジか。変な力持ってるね、ケンジ」


「……余計なお世話だ」


「別に悪口じゃないよ」


 リアは飄々とそう言って、倒れた木の上に座った。追い払う素振りもなく、ただそこにいた。


 俺はしばらく警戒して見ていたが——少なくとも今この瞬間、こいつに害意はないと判断した。


 俺は木の隣に腰を下ろした。


 二人で、しばらく黙って森の奥を見ていた。


「また来ていい?」


 不意にリアが言った。


「何しに」


「一緒にいる。それだけ」


 理由がなかった。得もなければ意図もない。ただ「一緒にいる」。


 俺は短く息を吐いた。


「……勝手にしろ」


 それが、リアとの始まりだった。


 夜、布団の中で俺は天井を見ながら考えていた。


 この世界の仕組みが、少しずつわかってきた。


 魔族がいる。人間がいる。そして——魔王がいる。


 俺を喰らったあの村の魔族は、魔王に従っていた。ということは魔王を倒せば、ある程度の復讐は果たせる。でも——それだけでいいのか?


 ショー一人を殺しても足りない。村人全員を殺しても足りない。


 俺が喰らわれたのは、この世界の「構造」のせいだ。魔族が人間を食う文化が、当たり前として存在するこの世界そのものが、おかしい。


 俺は何を目標にするべきか。


 復讐か。


 それとも——


 ふと、爆砕された木の断面を思い出した。それと、リアの顔を思い出した。「怖くない」と言った目。


 わからない。まだわからない。


 でも一つだけ、確かなことがある。


 俺はまた強くなる。


 呪印を制御できるようになる。


 そして次に誰かが俺の目の前で笑顔を浮かべながら牙を向けてきたとき——今度は俺が、その喉元を掴む。


 瞼が重くなってきた。


 五歳の体は正直で、考え事の途中でも容赦なく眠気を連れてくる。


 意識が沈んでいく直前、俺は思った。


 ——次に目が覚めたら、また鍛える。


 三度目の死は、ない。


 絶対に。


 翌朝、目を覚ますと、呪印が——昨日より、少しだけ濃くなっていた。

第2話をお読みいただきありがとうございました!

圧倒的な怨念の力!

次の第3話【18:40】になります。

読者の皆様、次のページへどうぞ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ