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エルドラ

 案内された部屋は、応接室のようだった。

 大きなソファーや背の高い机。

 巨人の家に迷い込んだ気分になる。


 向かい合わせ置かれたソファーに座る。

 生地は柔らかいのに、クッションが固い。


「ふむ、なるほど」


 私の話を聞いたエルドラは、カップに紅茶を注ぐ。

 ソーサラーを私の前に置いた。


「冒険者であるユアサさんは、遺跡の探検中に魔族に襲われてしまい、仲間とも逸れて気がつけばここに辿り着いたというわけですか」


 頷く。

 勇者であることや、魔族が“公爵”であることは省いた。

 東堂たちと事前の打ち合わせで、不慮の事故で逸れた場合の取り決めとして、勇者である事を明かすと事態がややこしくなるから冒険者としか言わないようにと命じられている。

 魔族の中には、街や集落にスパイを送り込んでいることもあるから気をつけるようにとも言われていた。


「信じがたい話ではありますが、その怪我が何よりの証拠。お力になれるかどうか分かりませんが、お仲間さんの元に帰れるようにお手伝いします」

「あ、ありがとうございます……あの、どうしてそこまでしてくださるんですか?」


 エルドラは、とても綺麗な微笑みを浮かべる。


「我々ハイエルフは、優れた魔術があります。悩める者がいるならば助ける、それが我々の責務であり、使命なのですから」

「ほへー」


 そういえば、私たちを召喚した王様とかも高貴に生まれた者の務めとかなんとか言ってた気がする。

 異世界はしがらみが多いんだなあ。


「ひとまず、ユアサさんが探検していた遺跡の場所を教えてください。その最寄りの街や集落に手紙を送ってみましょう」


 エルドラが広げた地図。

 そこに記された国の名前。


「聖セドラニリ帝国……?」


 馴染みのない国の名前。

 聖連合軍の旗に見当たらなかった国章。

 だから、ついうっかり読み上げてしまった。


「────その反応を見るに、どうやら別の大陸から転移してきたみたいだな」


 瞬間、エルドラの纏う雰囲気が変わる。

 言葉遣いが、荒々しいものへ。


「冒険者だというのも嘘。魔族に襲われたというのは真実、だが誤魔化しがある」


 見破られた。

 怪しまれている。完全に。


「短命種では使わない音の並びで名乗る。これらの事実を鑑みると……」


 金色の目が弧を描く。

 微笑みとは違う、獰猛な狩りの笑み。


「貴様、異世界から召喚された勇者だな?」


 確信している。

 ここで否定しても、押し問答が始まるだけ。


「はい」


 『そうですけど、何か?』

 開き直った態度で微笑み返す。


 エルドラは頭がいい。

 だから、無駄な駆け引きよりも話が早い方が好感が稼げる。


 西住がそういうタイプだった。

 ひとまず指示に従えば、信頼関係を構築できる。


「誤魔化そうとした割にはあっさりと認めるのか」

「否定したら引き下がりますか?」

「いいや」


 丁寧な振る舞いを剥がした以上、もう取り繕うつもりもないらしい。


「ならどうして誤魔化した?」

「……勇者は、敵が多いので」


 魔王を討伐できるのは異世界から召喚された勇者だけ。

 魔王は大軍を率いて、聖族の全てを根絶やしにするつもりでいる。

 だからこそ、膠着した国境線や需要が“動く”。


 『勇者を差し出せば魔王軍に見逃してもらえる』

 『勇者がいるせいで襲われる』

 『勇者が魔王軍を撃退したせいで、武器や防具が売れなくなった』


 毒を盛られたこともあると、東堂は愚痴っていた。

 誰も信用できない、頼れるのは同じ勇者だけとも。

 ……だから、安全圏にいる私への当たりが強い。


「そして、エルドラさんはその敵に興味がある」

「御名答。短命種の人間でもそれなりに知恵があるらしいな」


 エルドラの装いは、洗練されている。

 演技も上手かったし、服装も質がいい。

 それなりの身分だと思う。


 高貴な身分の者が、いきなり現れた不審な人物を警戒する事なく個室へ招き入れた。

 保身を第一に考えるなら、必ず護衛を伴うはず。

 だから、可能性があるとしたら、相当な自信。

 魔族と聞いて怯える気配がなかったのも、勝てるという確信があるからこそ。


 こちらの嘘や誤魔化しを知った上で、油断させるためとはいえ協力も提案した。

 外の世界を知る為に。


「だから、貴方は孤立している。違いますか?」

「へえ」


 エルドラが目を細める。

 地図に記されたのは、中央に据えられた国だけ。

 その他は部族の名前を記している程度で、境界線もまっすぐ。川や森など関係なしに引かれている。


「この鎖国した帝国から脱出する手段を求めているのは同じと考えてもいいでしょうか」


 私の問いかけにエルドラは頷いた。

 ひとまず、私の当てずっぽう適当な推理は当たっていたらしい。


「話が早い。お察しの通り、この国は外部との関わりを完全に遮断している」

「海路と陸路を封鎖しているんですか?」

「敬語は要らん」

「では、お言葉に甘えて。遮断の方法は?」


 どうやら外を目指すだけあって、破天荒な性格をしているらしい。


「女帝の側近どもが張り巡らせた空間結界により、この国は物理的に外部と遮断されている」

「破壊や干渉は勘付かれる?」

「ああ。そうなれば精鋭の宮廷魔術師団が原因を排除しにくる」


 考える。

 この荘厳な建物であるにも関わらず、生活の気配が乏しい空間を。


「綺麗にされているけど、金属の部分は錆や塗装の禿げが見える。ここは遺跡で、エルドラは転移に関する技術や知識を求めてきた?」


 エルドラが指を鳴らした。


「ああ。全くもってその通り。この遺跡は我らが聖セドラニリ帝国と人間が国交をしていた時代に建てられた、いわば大使館のようなものらしい」


 この世界では、信頼の証として最新の技術や知識者を互いに派遣し合う。

 魔王軍という脅威があるからか、内に抱えたまま滅びるよりは技術交流した方がマシと考えているらしい。


「調査はどれほど進んだの?」

「貴様を見つけた通路が最後だった」


 それはつまり、いくら探してもそれらしいものはなかったと言っている。

 だが、エルドラの表情に落胆はなく、それどころか何か確信を得ていて。


「この遺跡、どうやら人間である貴様に反応しているらしい。魔力の流れが変わりつつある」


 好奇心に目を輝かせるエルドラを、私は変なやつだと心の中で評した。

 耳の傷はとっくに血が渇いて塞がっている。

 調査や行動に問題はない。


「その前に一つ、確認しておきたい」


 エルドラを見据える。

 今の所、声以外に協力者となりえる人物。


「エルドラ、君はどうして外の世界を求めるの?」


 だからこそ、確認しておきたい。

 彼がどれほど本気で、この国を出たがっているのかを。


「聖セドラニリ帝国は、ハイエルフだけが統治する国だ。その歴史は古く、三万年以上も遡れる」


 エルドラは長い指で地図上の国境をなぞる。


「我々ハイエルフに寿命はない。優れた力と、頑丈な体……だが、神ではない。万能だが、全能には至れない」


 何言ってんだ、コイツ。


「この国を作り上げた始祖は子孫に命じた

 ────『世界を監視し、外なる害悪を退けよ』」


 この話、長くなりそうだ。

 覚えきれる自信がない。


「何を思ったか、今の女帝はこれを『ハイエルフによるハイエルフの為の国であればよい』と曲解したらしくてな。ありとあらゆるその他の種族を、長い年月をかけて排除した」


 そろそろ結論を語ってくれないだろうか。


「この国には未来がない」


 エルドラが指を帝国の中央に垂直に立てた。


「変化がない。終わりもない。故に、停滞している。何万年も」

「途方もない話」

「生き物は変化に適応することで生きてきた。停滞は絶滅を引き起こす」


 あまりにも物騒な話に舵を切った事に驚いて、思わずエルドラの顔を見る。


「元老院の半数は既に自ら命を絶った。あまりにも長い生に飽いて。女帝の命ですら、もはや拘束力を持たない。この国はもってあと数百年」


 数百年。割と余裕がありそうだと思ったが、それはあくまで人間での価値観。

 長命種にとっては、きっとそう遠くないのだろう。


「俺より劣る連中ではあるが」


 平然と口に出た言葉に思わず絶句する。

 かなりの自信家だと踏んでいたが、まさかここまでとは思わなかった。いやはや、世界は広い。


「見殺しにするのも哀れなので、こうして俺が外の世界に出向いて心の病に効く治療法や魔道具を探してやろうと思った次第だ」

「な、なるほど……」


 ひとまず、個人的な興味の他に大義があるということで己を納得させる。共感も理解もできないが、できなくても協力関係に問題はない。


「話してくれてありがとう。改めて、この国から出るという目的は一致しているってことで間違いないと思う」


 協力関係は重要だ。

 同時に、上下関係やトラブルも生まれやすい。


「先ほどは助けてくれると申し出てくれたけど、世話になりっぱなしになるわけにはいかない。私に出来ることなら協力させてほしい」


 下手過ぎず、かといって高慢にならないよう。

 可能な限り言葉を選んで、対等を目指す。


「無論、そのつもりだ。俺は慈悲深いが、博愛主義とは無縁なものでな。役立たずは見捨てる」


 東堂よりも甘くない。

 エルドラは、役立たずに優しくない。

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