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71.悪だくみ


「お、お待ちください!」


部屋に突入してきたアヤメの後に続いて、ガウス翁の付き人ことゼニルが息を切らせながら現れた。

額に汗をにじませる彼に気を使ったソフィアが水を渡すと、ゼニルは礼を言ってから一気に中身を飲み干す。


「大丈夫ですか?」


「え、ええ。自分は大丈夫ですが、アイリス様、せめて方々にお知らせするお時間くらいはいただけませんか」


ゆっくりと振り返り、驚愕に目を見開くアヤメ。


「ごめん、居たの気付いてなかった」


あまりに心ない言葉にゼニルはがっくりと項垂れたが、軽く頭を振ってすぐに姿勢を正した。


「そうでしたか……それよりも、皆様がここに集まっておられたのは幸いです。皆様にガウス様からの言伝があります。『事情は恐らくもう耳入っていることだろう。後始末はこちらがやるので好きにやりなさい』とのことです」


ガウス翁には私がどう動くかお見通しだったらしい。

都合よく許可も出て条件の揃った出来過ぎた状況に、自然と口角が上がっていくのを感じる。


「了承も得られたしアイリス、ちょっと力を貸してくれない?」


「はえ?」





アヤメに粗方の事情を説明すると、アヤメはしたり顔で頷き、とても良い笑顔で親指を立てた。


「タイミングの良いことに、この近くでお店用の新しい倉庫を新築したばかりなんだよね。まだ何も入れてないし、広さは相当あるはずだけど、そこなら今すぐにでも使えるよ!」


「恩に着るわ。今度、別の形で返すわね」


良いってそんな、とひらひらと手を振るアヤメ。この調子だと本当にこのままなかった事にされそうだから、今度何か押し付ける形で返そうと心に決めた。

私の気持ち的な部分もあるし、無償で何かしたという話があったら、アヤメが貴族や商人に軽く見られかねない。

とはいえ、私に出来ることと言えば、アヤメの取り扱っている商品を売りつけられそうな貴族を見繕う事くらいだろうか。

一年前の記憶に加え、ガウス翁とマリーによってアップデートされた脳内リストから適当な貴族をピックアップしていると、アヤメが突然あっ、と声をあげた。


「そういえば、来る前に皆も誘ったんだけど後でエミリーも来るって。アシュレイの方は忙しいから来れないみたいだったけど」


「エミリーが?珍しいわね。まあ、エミリーなら先触れくらい送ってくるだろうし、こっちは先に動き出しちゃいましょうか」


形式や儀礼を気にするエミリーであれば、扉を突き破って突然の来訪ということはないだろうし、先触れが来てからでも事情を話す時間はあるだろう。

そこまで考えてから、私はごく自然にここが溜まり場にされていることに気が付いた。ここは本来、貴族の出入りするような場所じゃないし、まして侯爵家や伯爵家の令嬢がホイホイと気軽に来ていい場所でもない。

やはり、一度はっきりと言った方がいいのだろうか。いや、でも言ってどうこうなるようなことでもないような気がするし……。

軽く頭を振り、纏まらない考えをエミリーのことと一緒に一旦頭から追い出して、それよりも優先すべきこと――目下私たちがやるべきことをまとめて紙に書き出していく。


「以前私たちが教えたシスターからも何人か協力して貰えないかしら。あの人数を全員一度にというのは無理だから、複数人のグループに分けて。ソフィア、エラ、マイラにも協力してもらいたいんだけどいい?」


勿論。三つの声が揃って子気味の良い答えを返す。

一方、名前を呼ばれていないアヤメが、きょとんとした顔で小首を傾げていた。


「あれ、アイリスの出番は?」


「貴女の魔法は直感的で無二だから、教えるのには向いていないかもと思っていたのだけど」


「そっか……」


倉庫を貸してくれるだけでも十分だったし、仮にも侯爵相手にそんなことをお願いするのは、という別の理由もあった。

だけど、肩を落として残念そうにしているアヤメを見ていると、流石に悪い気がしてくる。


「……念のため、ちょっと水の基礎魔法の説明してみて」


もしかしたら様々な理由を吹き飛ばすくらい教え方が上手いかもしれない。

そんな一縷の希望をかけてみたが、擬音と感覚が八割を占めた説明を聞いて、私はアヤメを教師役に置くことを断念する。私以外もかなり微妙な顔をしていて、それを見たアヤメも流石に察したらしかった。


「うーん、やってみたかったけど、やっぱダメかー。他に手伝えることはある?」


「場所を貸してくれてるだけで十分なのだけど、そうね……魔法のお手本係でどうかしら?教えるシスターたちも全員がそう何回も使えるような魔力を持ってるわけじゃないから」


ここまでやる気のアヤメを無下にするのも申し訳ない、ということで出した私の代案は、彼女に笑顔で快諾された。


「それじゃあ、お昼までに細かい部分を詰めてしまいましょうか」



ああでもないこうでもないと細かい議論の末、計画の詳細までが決まったとほぼ同時に正午の鐘鳴り響く。

後は皆に伝達して、動き出すだけだ。


「一応言っておくが、集まっている奴らの中にも総主教派は紛れてると思うから気をつけろよ。流石に直接的な手段には出んだろうが、それとなく妨害くらいはしてくるだろう」


「ご忠告感謝します。ですが、それらしい方が居たら私が担当しますので問題ありません」


バイロンがふんと鼻を鳴らしたのを合図に、皆それぞれの役割のために一斉に動き出した。




以前教えたシスターたちにはエラとマイラが話を持っていき、シスターたちもこれを承諾。

後で聞いたことだけど、業務外のことにも関わらず、皆渋る様子も無く即決してくれたらしい。

どうにも、私は借りばかりが増えていっている気がする。


総主教が集めた人達にも、ゼニルを通して全員に場所を通達して貰った。

あの人数が一斉動くわけには行かないので、何グループかに分けて移動していくそうだ。



エミリーからの先触れが来たのは、シスターたちの最初の移動が始まる頃だった。

報せを持ってきたソフィアが、机で資料を纏めていた私に駆け寄ってくる。


「エミリーさん、そろそろ着くそうですけどどうします?」


「先に倉庫の方で会って事情を話しちゃいましょうか。向こうは移動に時間がかかるだろうし」


出迎え先がきちんとした場所ではなく倉庫で悪いけど、平民相手に事情も込みでエミリーはそうとやかく言わないだろう。一々格式を気にしなくてもいいのはこの身の楽なところかもしれない。

……随分、私も考えが染まってきたのかも。


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