72.歩み寄り
倉庫の端に用意した簡易椅子に、即席の場の安っぽさを思わせないような優雅な動作でエミリーが腰かける。
時間もあまり余裕の無い中、私たちがこうして向き合っているのは、彼女に事情を話してしまうためだった。
最初、彼女にどうやって派閥関係のことを話すか、あるいはぼかそうかと考えていたが、話していく中で
エミリーは少し前から偶然教会に興味を持って調べていたらしく、派閥関係まで把握していたので杞憂だった。
その際偶然をやけに強調していたけど、そこに何か隠したいことがあるのだろうか。もっともそれを詮索するつもりは毛頭ないけれど。
ある程度前後の事情に関する共通認識を共有してから、いざ私たちが何をしようとしているかを話し始めると、エミリーは意外そうに目を瞬かせた。
「フィリスさんはいつもこんなことをしてらっしゃるの?」
「いつもしているわけでは。かと言って初めてというわけでもないので、どちらとも言えませんが」
返答を受けたエミリーが、徐々に倉庫に集まり始めた人々を一瞥した。
「随分と大規模になさるのね。興味本位なのだけれど、貴女ならばもっと手間をかけずに、簡潔に解決出来たでしょう?何故この方法を選ばれたの」
「うーん、確かに楽をするだけなら幾らでも出来たでしょうけど。総主教の不備を突いて無理矢理解散させるか、私の関与を完全に否定するだけの材料を揃える辺りでしょうか。
けれど、集まった人たちには派閥争いは関係ないでしょう?なら、無かったことにしてしまうより、来て良かったと笑って帰って欲しいと思うのです」
後のことを考えると、私のやっていることは良い策だとは言えないかもしれない。けど、これだけの人数が期待を胸にここまで足を運んだのだから、それを私の都合で無駄足にはさせたくない。
エミリーは私から今後の動きを書いた紙を受け取ると、何か考えごとをするように紙面に指を滑らせた。
「それならば、貴女の利はどこにありますの?」
「差し当たっては私を仮想敵としている派閥をけん制できること、でしょうか」
「それで?」
エミリーは自然に続きを促したが、この話に続きなんてない。
私たちはお互い顔を見合わせ、その間には不思議な沈黙が流れた。
「……それだけ、ですの?賢明な貴女のこと、それにしたって他の手段の方が穏便に済んだであろうことは承知の上でしょうに。ならば、本当に集った人々のためにだけに動いているんですのね」
「そんな高尚なものではありませんよ。ただ、私がそうすべきと思っただけです」
「フィリスさん、実はどこぞの大貴族の御落胤だったりしませんこと?」
当たらずとも遠からず、微妙な距離感の言葉の一射に、私は何を言うでもなく苦笑を浮かべる。
「冗談は置いておいて、私も教師側にまわってよろしいかしら?」
「協力してくださるんですか?」
「あなた方が持てる者の義務を果たしているというのに、カートレット伯爵家に連なる私だけが傍観しているというわけにもいかないでしょう?」
そう言って立ち上がるエミリーの姿は、ノブレスオブリージュを掲げる理想的で高潔な貴族だった。
「なら、お願いします。あ、多少の粗相があっても目を瞑ってあげてくださいね」
「学園に通うような者たちならともかく、そういった教育も受けていない者相手に一々目くじらをたてたりしませんわよ」
エミリーと軽口を交わし合いその後、別れてからじきに人が集まりきって魔法教室は始まった。
「そう、焦らず。私に続いて詠唱を一言一句はっきりと口になさい」
「えぇと、意識を胸の熱に向けてみてください」
「そうですね。ガウス様に私から訪ねておきます。それでは、続けましょうか」
「見ててね、いくよー!」
各所で魔法を発動する時の淡い光が舞う。
参加総数百以上にも及ぶ魔法教室は、幾つかの些細な問題も発生したが、全体としては概ね順調に進んだ。
参加者の中には見るからに表情が険しい、恐らく総主教派閥と思われる人達も何人かいたが、その人たちは私がそれとなく一か所に集めて引き取ったことで、大きな問題を起こす間も無かったようだ。
その上、私の隣では手すきとなったマリーも目を光らせていたから、作為的な問題は一切起こらなかった。
総主教派閥の人達も集められた時点で直接の妨害は諦め、方針を切り替えてか魔法を教わるふりをしながら私からなんとか失言を引き出そうとしていたけれど、どちらかというと私の得意分野であるそこでは、特に成果はあげられずに終わることになる。
一部を除いて、皆が晴れやかな顔をしていることに満足しながら、私は魔法教室の終了を告げた。
先に参加者たちを外に出し、残った私たちの撤収作業中にふと、一番近くにいたエミリーと目があった。
窓際で風に当たっていた彼女に、私は手元で使った魔導具を纏めながら、労いも込めて笑いかける。
「お疲れ様でした。見事な手際でしたね」
「フィリスさんこそ。紛れ込んだお客様方を手早く見抜いて集める手腕、どこで習ったのか教えて頂きたいくらいでしたわ」
要らない気を回させないよう、それとなく自分のところにお客様を集めたつもりだったのだけど、エミリーにはお見通しだったようだ。
彼女の目の良さに感心していると、窓から入ってきた風に髪をなびかせながらエミリーがくつくつと笑った。
「不思議な人ですわ。理知的で貴族然とすらしているのに、どこか脇の甘い人。ねえ、相談なのだけど……」
何度か口を開けては締め、続きを言い辛そうにしているエミリーに、私はただ目で続きを促して言葉を待つ。
「これで私がフィリスさんに初対面の時に行ってしまった、礼を失した行動は禊げた、と思いますの」
言われ、数舜考えてからようやく何のことかに思い至る。そういえば、初対面の時のエミリーは友好的とは言い辛い雰囲気だった。
今では微塵もそんなことは感じないので、記憶の彼方へと旅立ってしまっていたが。
「そんなことなら、元より気にしていませんよ」
「私が気にしますの!……あの、それで、ですのよ。フィリスさんはアイリス様やアシュレイ様と話す時はもっと砕けた感じで話してますわよね。私にも、そうなさってくださらないかしら」
エミリーは落ち着かない様子で指を動かし、視線を合わせようとしない。普段の堂々とした彼女とはかけ離れた段々と消え入るような声での届け出は、私の耳にしっかりと届いていた。
「いいの?私は平民だけど」
「え、ええと、そう!アイリス様やアシュレイ様にあの態度で、家格が下の私には恭しく接するのでは道理が通らない、そうは思いませんこと?」
取り繕うような見え見えの建前だったが、それを持ちだされると私に反論することは出来ない。
両手を軽くあげ降参のポーズをとると、エミリーの顔が綻び、私もそれに釣られるように口元が柔らかく緩んだ。
「お友達になれた、と。そう思ってもよろしいのかしら」
「今更のような気もするけどね」
互いに歩み寄り、平民フィリス・リードと伯爵家令嬢エミリー・カートレットはこうして硬い握手を交わした。
申し訳ありません。執筆中のデータが飛びましたので、一旦このお話はここで締めさせて頂きます。
いつの日か続きを書くことがあるかもしれません。




