シンデレラになってみました 番外編4
花梨は寝返りを打とうと身体を動かした。
だが、抱き留められて動きが取れなかった。
しっとりとした温かさを背中全体から感じる。
「うん?」
ピッタリとしたこの感じ、花梨の目が完全に覚めた。
視線を落とした先にはペタンコの胸と乳首がある。
裸だった。
「そうだった」
昨日、三男の千洋が小学校に入学した。
そのおチビが、初めての学校から帰って来て、母の顔を見て最初に言った一言が
「僕、今日から自分のベッドで寝る」
だったのだ。
二つ違いの兄たちと同じ部屋に千洋の空間もちゃんと作ってあるのだが、寝るときは父と母の間に寝ていた三男だった。
「えっ」
花梨の本心は「まだ、早いんじゃ」だった。でも、目の前で目を輝かせて一人前を気取る息子にその言葉は聞かせられなかった。
生まれた時から、すでに何か達観したようだった、利口な長男新葉。
落ち着きという言葉を花梨のお腹の中に置いてきてしまった暴走小僧、次男渓斗。
気づいたらすっかり少年になってしまっていた二人に比べて、人一倍おっとりした子だったのこともあり、千洋とは一緒にいる時間が長かった。
普段はほとんど自分の意思を表さない三男の言葉に花梨は涙を飲んで頷いたのだった。
そして、10年ぶりに夫婦二人きりでベッドに入った。
そして、盛り上がった。
子供の息遣いをまったく気にすることなく、二人の時間を過ごす、その時間を堪能した。
そしてそのまま寝てしまったのだ。
「悠人さん、起きて」
身体を捻る。
でも言葉と裏腹にさらにがっちり抱きしめられた。
「まだ、早いよ」
「でも、服だけでも着ないと。千洋が来ちゃうかも」
悠人の手が胸に移動する。
「ちょっと」
花梨は非難の声を出す。
「鍵閉めてある」
えっ、花梨は無理やり体の向きを変えた。
「ひどい、怖がってるかも」
目を開けもしないいつもの顔を花梨は思い切り睨んだ。
「渓斗に頼んどいた。怖い夢見て泣くようなら、お前がいっしょに寝てやれって」
返事は想像できた。
「わかった、任せとけって、胸張ってたよ」
そして全く当てにならないのが、この次男なのだ。
「もう、渓斗に頼んでも」
続く言葉は悠人の口に飲み込まれた。
「大丈夫、新葉が嫌そうに冷たい視線を送ってたから」
まあ、それならと思わず出した声を、もう一度唇で塞がれる。
心の中で、もうっと反抗してみるが、抵抗も虚しく花梨は悠人のキスを受け入れた。
千洋を産んだ後、流石にもうしばらく子供は作らないでおこうと二人で話した。
子供たちはみな可愛かったし、十三もマダムも杉もとても喜び、美佳子など日本に戻って来た。もちろん、山崎も村瀬も目に入れても痛くないほどの可愛がりっぷりで、離乳食はすべて鈴木がこれでもかと手をかけてくれた。一般的な子育て中の母とは贅沢すぎて比べられないと十分に分かっているし、後二人ぐらいいてもいいとは思っていたが、思いの外身体が辛かった。
比べものにはならなくても、やはり母業、と妻業と、学業をやりこなすのは大変だった。
子供を産むことで、自分の愛情が本物なのだと悠人に感じてもらう、花梨の思いはちゃんと伝わったと思った。
そう思っていたのだが、三人が大きくなり花梨自身の時間が作れるようになってきた最近は、悠人がまたよからぬ妄想を発動している時があるのではと感じることがあった。
百合には、
「悠人さんのあれはもうしょうがない事なのよ、的外れな心配性はもう治らないのよ。だから、子供で安心感を与えよう計画はやめにしなさい」
と、何度も釘を刺されている。
よく、分かっている。
でも、最近は避妊具を使うことをやんわりと嫌がる悠人に流されてしまう。
こうして、悠人の重みを感じていると、まあいいかと思ってしまう。
百合は花梨の身体を心配して嫌がっているが、
「次は女の子だったらどうする?」と聞くと声のトーンが明らかに下がる。
向日葵はシングルス選手を辞め、ダブルスやミックスのみに絞ってプレイを続ける様になり、やっと妊活を始めた。そして見事双子を妊娠したのだ。だから、同級生を作れオーラが半端ない。
きっとそのうち妊娠するだろう、花梨はそう思っている。
「集中」
悠人が耳だぶを甘噛みした。
「ごめん」
花梨は悠人の首に手を回して、キスをする。
「何を考えていたの?」
「こうしていると、昔に戻ったようだなって思って」
また、キスをする。
「幸せ」
また、キスをする。
「悠人さんは?」
「私はもうずっと幸せだよ」
おでこをくっつける。
「これからも、私はずっときっと幸せ。悠人さんもずっと幸せだからね」
「これからの事は分からないよ」
口ではそう言いながらもおでこから熱と想いが伝わってくる。
結婚して12年、あっと言う間の12年だった。
二度しか会っていない相手と結婚した。
その相手に恋をした。
そして、ずっと恋をしている、これからも変わらない。
そういくら言っても、悠人は「この先のことは分からないよ」と言う。
12年同じやり取りを繰り返してると可笑しくなる。
そして、きっと後何十年も同じやり取りを繰り返すのだ。
キスに応えながら花梨は笑った。
悠人の唇が少し離れる。
「また、同じねって考えてた?」
うん、と素直に頷く。
「でも、本当だろう?先の事はわからない」
「これも、デジャブね」
花梨は腕をさらに悠人の首に巻き付けて、また笑った。
「絶対、次の十年もその次の十年も同じこと言ってる」
悠人はちょっと遠い目をした。
「・・・50年後ぐらいなら違うかも」
本気の呟きに花梨は耐え切れず吹き出した。
「お杉さんの言う通りね。50年一緒にいれば何ともなくなるね」
余りに花梨が笑うので、悠人はおでこをぶつける。
「そんな奇跡みたいな未来のことはいいから、今に集中して」
はいと、花梨は必死で真面目な顔をつくる。
二人は笑いながらキスをした。
何度かキスを繰り返して、キスが熱を帯びてくる。
熱く見つめ合った二人の耳に聞き慣れた声が聞こえた。
「かあさま~、とうさま~」
泣き声はどんどん近づいて来る。
そして、ドアの前でピタリと止まった。
「母様、父様、僕は二時間本を読み聞かせました」
ノックと共に、冷静な訴えが届いた。
花梨は悠人を押しのけ飛び起きると、ベッド下のスツールからバスローブを拾い上げ羽織った。
一瞬の早着替えだ。
そして、悠人にもう一着を投げる。
その視線が「すぐ着て」と言っている。
悠人が渋々身体を起こしてバスローブを羽織った時には、花梨はドアの前でスタンバっていた。
目くばせの後ドアを開けると、勢いよく固まりが二つ花梨の胸に飛び込んできた。
「かあさま~」
一つは泣きじゃくり、もう一つは
「母様、僕は千洋にお化けが怖かったら戦えって教えたよ」
と胸を張った。
最後にゆっくり部屋に入ってきた残りの一つは、悠人の方に向かって、
「千洋が一人で寝るのはまだ早いと思います」
と報告した。
花梨は腕を伸ばして三人まとめて抱きしめた。
「ありがとう、偉かったね、新葉、渓斗、千洋」
下二人は途端に笑顔になり、ツンとしていた上もまんざらじゃない顔になった。
「さあ、まだ朝早いから、久しぶりにみんなでもう一度寝よう」
「僕は部屋に戻ります」
と嫌がる新葉に「まあまあ、そう言わずに」と花梨は諭し、渓斗と千洋と手を繋ぎ、四人はこっちに向かってくる。
「・・・もうずっと、奇跡の連続だ」
悠人は眩しそうにその光景に目を細めた。




