計画準備
すいません今回も主人公達は出てきません。
お母さん方が予想以上に頑張ってくれるのでもう少しお待ちください(汗
皇帝の愛妾でありかっての部下でもあるカリンに子供と一緒に死んだこととして―― その身を守る。そう事を起こす、と決断してからの女官長ヴァイオレットの行動は素早かった。
出産を理由にカリンの居室を後宮内の小さな離宮へと移動し、擬装用の身代わりの手配、事が済んでからの身の置き場の手配等、他にも細々(こまごま)とした手配を全て一人でこなす。女官長としての日々の仕事を完璧にこなしてである。
そのヴァイオレットでも手配できなかったものがある。
皇帝への今回の計画の承諾の取り付けである。これが無いのと有るのでは事後の対応がまったく変わってくるのだ。
なぜ手間どっているかというと今現在皇帝は毎年恒例行事と化している隣国のアセリア王国との小競り合いに両国の間を跨ぐように広がるダシュカット平原に総大将として軍と共に赴いており帝都にいないのである。
書状や王に同行する魔術師に念話によって伝えることも考えたが途中王妃や他の愛妾の密偵にでも、それが渡ってしまえば計画は失敗どころか自体は最悪の方向に向かうだろう。ヴァイオレットは頭を抱えていた。
そんな夜、ヴァイオレットはカリンの居室となっている離宮に顔を出し計画についての段取りを話し合っていた。そこには女官ミナと侍女エマも無理やり同席させられていた。二人とも涙目である。
四人で紅茶を飲みながら卓を囲んでヴァイオレットの懸念を聞いたカリンが首を捻る。
「皇帝陛下に絶対知らせておかないと駄目なものなんです?」
「あたりまえです、事後承諾となれば下手をすれば罪に問われます」
「死んだことにするんですから、皇帝陛下にもそう思わせてしまえばいいんじゃないですか?」
「そうするともう貴方も御子様も王宮に戻ることが出来なくなります」
「戻ってくる必要ってあるんですか?」
「「「ん?」」」
カリン以外の三人がおかしなことを聞いたと眉をよせカリンを見る。カリン本人は何かおかしなことを言ったかな?といった顔でキョトンとしている。
「ちょっと待ちなさいカリン貴方王宮に戻ってくるつもりがないのですか? 馬鹿ですか? ―― ああ馬鹿でしたね」
「大物というかなんというか……」
「何も考えてないんじゃないすか?」
三者三様の罵倒を浴びせられカリンは頬を膨らませプリプリと可愛らしく怒り始めた。そんなカリンはあえて無視してヴァイオレットは頭を切り替える。
たしかにカリンと御子を王宮に戻すには皇帝への事前の承諾が必要であったが、戻す必要が無ければ話は変わってくる。ヴァイオレットとしては色々と手配をしなおさなければならないがたいした問題ではない。
「貴方はそれで良いのですね? 王宮にもどることはないと、そうすると生家にも今後一生帰れないかもしれませんよ? カリン―― 様」
「良いですよ、覚悟の上です。というか女官長無理して私に様とかつけなくて良いですよ?」
「そうですか解りましたカリン」
ヴァイオレットは一切承知しましたと頷きカリンはお願いしますと頭を下げる。
「女官長?」
「嫌~な予感が……」
目の前で淡々(たんたん)と進んでいく話にミナはついていけないのか目を白黒させ、エマは今にも逃げだしたいと腰が引けている。
「さて…… そうなると人手が足りません。ミナ、エマ」
「はい?」
「い・嫌… 聞きたくない聞きたくない」
ヴァイオレットはミナとエマの肩に手を置きニッコリと笑いかけると二人に最後通告を下す。ミナは何事かと首を傾げ、エマは耳を両手で塞ぎイヤイヤと首を振る目には涙が溜まっている。
「今日まで女官と侍女としての仕事御苦労様でした、貴方達の仕事ぶりは評価に値するものだったのですが残念です――― 今日をもって貴方達に暇をだします。ああ、大丈夫次の仕事も私が紹介しますので安心してください」
「はい? は? え? え? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「あは・あはは、やっぱりそうなります? 逃げて良いですか? というか逃がしてください! いたたたた痛い! 肩が! 肩が砕けます女官長!! カリンさん何笑ってんすか!! 私の不幸がそんなに可笑しいすか!? 怒りますよ! 怨みますよ! 呪いますよ!」
ヴァイオレットの言葉の意味に気付いたのかミナは素っ頓狂な悲鳴を上げ、エマは薄々感づいていたのか往生際悪く逃げようとするが肩をギリギリと摑まれ悲鳴を上げたり怒ったりしている。それをカリンは懐かしいなぁと笑いながら見ていた。
次の日、ヴァイオレットは後宮から出て王宮の近衛騎士団本部へと足を運んでいた。計画の為ある人物と会うためである。騎士団本部にある応接間に通されしばし待つとその人物が入ってきた。
女性としては背の高いヴァイオレットよりも頭ひとつ背の高い男性であり、艶のある黒髪をオールバックに纏め髭も綺麗に剃り落としている。その顔で女性との噂が絶えないであろう美丈夫である。いやヴァイオレットが知る限りでは帝国一女性との浮名に事欠かない女誑しである。
彼の名はバルタザル・パルヴァー・プリスケイン。競争の激しい近衛騎士団の副騎士団長まで登り詰めた男であり、長槍を使わせれば帝国一とも言われ精霊の恩恵である精霊魔術を中級まで使いこなす戦士としてもその名を国外にも知られている。二人は生家の領地が近かったこともありヴァイオレットが幼少の頃からの仲であった。
「ようヴァイオレット、珍しいなお前から訪ねてくるなんて、とうとう俺の求婚を受ける気になったのか?」
顔をあわせるなり軽口をバルタザルは口にする。二人が会った時の挨拶のようなものだ、いつもならヴァイオレットから断りの言葉と辛辣な皮肉が返ってくるのだが今回は違った。
「そうですね、今回の私のお願いを聞いてくださるなら考えても良いです。今抱えている仕事が終わったら私も女官長の職を退き、生家に帰ろうと思っていますので結婚するというのも、まぁ悪くはないでしょう」
バルタザルが来る前に出されていた紅茶を優雅に飲みながらなんでもないことのように返ってきた予想外の言葉にバルタザルは調子を崩され目を白黒させるが、ヴァイオレットの対面にある椅子に座ると頭を切り替え昔から油断のならない女性を見る。
「女官長を辞める? 本気で言ってるのか?」
「ええ、本気ですよ。私もそろそろ良い年ですし結婚でもして生家か旦那様の家でゆっくりしようかと」
「良い歳ってお前まだ三十越えてな――― すまん、配慮が足りなかった。だからそれを引っ込めてくれ」
ヴァイオレットから尋常ではない殺気を感じてバルタザルは口を閉ざす、プレイボーイである彼からすればありえない失態である。なんとか話を戻そうとバルタザルは疑問に思ったことを口にする。
「それでお願いってのはなんなんだ?あんまり無茶は言ってくれるなよ」
「おや?私を娶る機会を得るためのお願いですよ、自分で言うのもなんですが安いわけが無いでしょう」
ヴァイオレットが本気で言っているのではないと思っていなかっただけにバルタザルの動きが止まる。プレイボーイの面影は既に無い。
「本気で俺の求婚を受けるってことか?」
「ええ、さっきから言っているでしょう? お願いを聞いてくれるなら考えると」
バルタザルの喉が鳴る。ヴァイオレットへのいつもの軽口はあわよくばという気持ちが多分に含まれていたのだ。副騎士団長までなった男に縁談の誘いが無かった訳が無くバルタザルはそれをすべて断ってきた、世間には一人の女に縛られたくないと嘯いてきたがそれはヴァイオレットを青年の頃から一途に想ってのことであり他に関係をもった女性は気を紛らわすための相手でしかない。ヴァイオレットにもそれを直接言ったことは無いが聡い彼女のことである、自分の気持ちに気付いているはずだ。故に――
「聞かせてくれ」
昔と変わらず自分は彼女の掌の上で踊っているのだと理解して。ならば精々上手に踊ろうと思い帝国一のプレイボーイはヴァイオレットの前に膝を折った。
今回も読んでくださりありがとうございました。
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