入学式前の一場面
新章突入です
帝都の一角に、帝都の頭脳となる若者達が集められる場所として帝国学園がある。
設立したのは五代前の皇帝の弟であるペールゼン公爵であり、彼は武を重んじる帝国の気性を肯定しつつも智も必要であると説き、自費での設立に踏み切り初代学長として帝国の智の父として歴史書に名を残した。
現在も帝国の未来をになう若者達が毎年入学し、成人すると帝国の各地へと散り、その英知を揮っている。
そんな帝国学園の構内の中でも端に造られた空中庭園にエレン・ザトゥース・ソウ・アドラーは来ていた。一つの街ほどもある敷地を有する帝国学園を見下ろせる場所でもあり、ほとんどの学生が知らない場所である。自分を囲う取り巻き達と距離を置きたい時には最適の場所だった。
常に心地よい日が当たる綺麗に刈られた芝生が敷き詰められた、お気に入りの場所に向かうと先客がいた。
銀糸のような長い髪を芝生の上に無造作に広げてその少女は横になり、日に照らされ銀色に輝いていた。遠目から見える目を瞑った横顔は人形のように整っておりエレンの胸をうつ。
もう少し近くで見たいと思うが、少女の周りは現実感が無く、近づけば消えてしまいそうだ、少女が精霊の化身では無いかとさえエレンは思い始めていた。
そんなエレンの思いを察したかのように、少女の目が開き紫の瞳がエレンを見る。
「何か用かい、お兄さん?」
横になっていた半身を起こすと少女は鈴のように心地良い声でエレンに話しかける。突然話しかけられエレンの全身は硬直し返答が出来ない。
「? 僕に用があったんじゃないのかい?」
小首を傾げて聞いてくる仕草は可愛らしく更にエレンの体を縛る。何も言わないエレンをおかしく思ったのか少女は立ち上がるとエレンに鼻先まで来る。少女はエレンより頭一つ分背が低く、上目遣いでエレンを見上げてくる。エレンの鼻腔を少女から香る日向の香りが通り抜けた。
「い、いや、先客がいるとは思わなかったんだ、すまない」
「おや? もしかして君のお気に入りの場所だったのかな? そうだったらすまないことをしたねぇ。帝都に来て日が浅いものだから色々探検していたんだ。そしたらここを見つけてね気持ちが良さそうだったから、つい横になってしまったんだよねぇ」
少女の言葉にエレンは今迄少女を学園で見たことがなかった理由を知る。つまり少女は数日前から入学式のために集まり始めている新入生の一人なのだ。女性が入学することは難しいが零ではなく一学年に数人は毎年入学してくる。少女もその中の一人なのだろう。しかし、もう一つの疑問がエレンの脳裏に浮かぶ、どう見ても少女が十歳付近の年頃に見えないのだ。
「いや、学園の全ては平等に学生の物だ。誰かが独占するようなことは本来あってはならない、だから君が謝る必要はないよ」
「そうかい? なら良かったよ―――― まだ何か聞きたそうな顔だね?」
「すまない顔に出ていたか? いや、失礼かもしれないが君の歳はいくつだい?」
エレンの問いに少女はなるほど、と頷くと何気ないことのように問いに答える。
「最近七歳になったところだね」
「それは、すごいな」
エレンが驚くのも無理は無く、帝国学園の入学者の平均年齢は大体十歳であり、歴代最年少でも八歳なのだ。少女の言が事実であるなら、入学が難しい女性でありながら歴代最年少の記録を更新したことになるのだ。
「運が良かっただけだよ」
「いや運だけで合格できるほど帝国学園の門は広くない、君の実力だろう」
「そうかい? ふふふ、ありがと。学園に詳しくて、その制服を着てるってことは僕の先輩になるのかな?」
「あ、ああ。そういうことになるかな」
嬉しそうに笑う少女にエレンの頬が緩む。
ふとエレンは肝心なことを少女に聞いていないのに気が付いた。
「君の名前は―――」
「カラここにいたのか」
エレンが言いきる前に空中庭園の入り口から声がかけられた。声がしたほうに振り返りエレンが見たのは金色の少年だった。
少し癖のある金髪を肩まで伸ばし、鳶色の瞳は日の光を浴びて金色に見える。獅子のように王者としての威厳を意図せずに纏う少年に、エレンは気圧されて一歩下がってしまう。
「レオン」
少女は恋する乙女のように少年に駆け寄っていく。少なくともエレンにはそう見えた。二人が並ぶと一枚の完成された絵画のようにさまになる。それに内心エレンは嫉妬してしまう。
「会話に割り込むのは失礼ではないか!!」
いつもなら決して出さない、苛立った声が自分の口から出る。それに対しても少年は動じずに優雅に一礼すると、謝罪の言葉を述べてきた。
「失礼した。妹が突然いなくなって焦っていたもので、深くお詫びする」
「い、いや。こちらも怒鳴ってすまなかった」
そうされることによって少年の器の大きさを見せ付けられ、そして自分の器の小ささを自覚させられたようで、エレンは敗北感に打ちのめされる。
「よかった。それでは私達は急ぎの用事があるため、これで失礼する。いくぞカラ」
「はいはい、それではさようなら先輩」
深い青のドレスのスカートを軽く持ち上げて挨拶をすると既に背を向けて歩き去っていた少年の背を追って駆けていく。
その後姿を見送るとエレンは言いようの敗北感を感じて、顔を覆う。産まれて初めての感情にエレンは翻弄されることしか出来なかった。
「今日は学園の制服の寸法合わせがあると朝に言っておいただろう!?」
「良いじゃないか! もう三日も拘束状態だったんだから少しくらい散歩しても!」
エレンと別れた二人は、先程の落ち着きが嘘のように言い合いをしながら帝国学園から帝都中央部へと続く道を歩いていた。
「仕方ないだろう、帝都への引越しが最近続いた雨で進まなかったんだ。下の者が働く中、私達だけ呑気に観光している訳にもいかんだろうが!? 他にも学園入学の手続きや、貴族間の挨拶回り、やることは山積みだ!!」
「だからって、そんなに怒らなくても良いじゃないか!?」
「ああ、俺も普段ならこれくらいで怒らんさ。怒っている理由を教えてやろう」
そう言ってレオンは胸のポケットから封を開けられた手紙を取り出しカラに見せる。そして苦々しげに言う。
「どうやったのか知らんが、服飾品店【ラズウェル】のカミラが帝国本店に異動になったらしく、近々帝都に着くとこの手紙にある。そして雨で街道がぬかるんでいたらしくてな、この手紙は数日遅れて届いている」
そのレオンの言葉にカラの顔から血の気が引いて、もともと白い肌がさらに白くなる。
「なんでそれを朝言わないのさ!?」
「お前が部屋を出て行ってから届いたんだ!! 急ぐぞ!! 手紙が届く日数を逆算すると今日中に来ていてもおかしくない!」
レオンが通りかかった辻馬車を止めると、すぐさま二人は乗り込み行き先を告げる。二人の剣幕に何事かあったのだろうと察した御者が出来る限りの速度を出して帝都に本店を構える服飾品店【ラズウェル】に到着した。
叩きつけるように店の扉を開くと店内にいた店員と客達が息せき切って入ってきたカラとレオンを見る。店員が何事かと近づくと、周囲を警戒していた二人がホッと胸を撫で下ろして店員を見た瞬間――――
「東辺境伯領分店より異動してきましたカミラです!! 本日よりお世話になります!!」
カラとレオンの目は見開かれ、自分達の後ろに立つカミラを見る。
「んふふふふ、間に合ったようですねレオン様、カラ様!!」
「いや今終わったところだ」
「そうそう帰るところだったんだよ、またね~カミラ」
そう言って、そそくさと逃げようとする二人の手が掴まれる。
「こちらミスラ家のお二人ですが帝国学園の制服の採寸頼まれていませんか?」
「あっはいおカミラ嬢様、今日こられると言うことで用意してありますが?」
「すまない今日は用事があるから一度帰らなければいけないんだ」
「うん、そういうことで、手離してくれるかな。カミラお嬢様?」
「おや、知りませんでしたか? 私はラズウェルの店主の娘ですよ。今回は父を脅してこちらに異動させたんですよ。いや~、間に合って良かった~」
二人の言い訳を聞き流しながら、万力のような力で二人の手を掴んだままどんどん店内へと進んでいくカミラに二人は恐怖を覚える。カミラの顔が正気ではないのだ、目は血走り口は笑みの形で固定されている。
「カラ、何か言うことは?」
「ごめんレオン。僕が馬鹿だった」
その言葉を最後に二人は店の奥へと消えていった。
やっと新章にはいれました。
といっても今回は、やっちまった感がありますが。
お気に入り、評価ありがとうございます。
今回も読んでくださり、ありがとうございました。




