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夜の向こうのプロジェクト  作者: 冬馬美沙
第1章 出会いと発見
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第3話 「少し待つ」の意味

 ヒアリングの日、黒田と佐々木、システム部の担当者、それに夏美は、現場の担当者が働くフロアを訪れた。


 案内されたのは、窓口業務を行うカウンターの奥だった。数人の担当者が端末に向かい、画面を見ながら書類を確認している。


「今日はお時間をいただき、ありがとうございます。まず、画面の反映が遅れるというのが、実際にはどんな場面なのか教えていただけますか?」


 黒田が尋ねると、現場担当の藤井は少し考えてから答えた。


「入力したあと、次の画面に進んでも、さっき入力した内容が一覧に出てこないことがあるんです。少し待つと出てくることもありますし、画面を更新すると見えることもあります」


「毎回起きるわけではないんですね」


 夏美が確認すると、藤井はうなずいた。


「そうですね。特に朝が多い気がします。忙しい時間帯だから、そう感じるだけかもしれませんけど」


 佐々木が資料を見ながら口を開いた。


「システム部では、入力後の画面反映が遅れているという問い合わせとして受けています。これまでの記録では、再読み込みで表示されたケースが多いようです」


「そのとき、入力した内容そのものが保存されていないのか、それとも一覧に表示されていないだけなのかは、確認されていますか?」


 夏美の質問に、藤井は手元の端末を見た。


「そこまでは、あまり意識していませんでした。画面に出ないと、入っていないのかと思って、もう一度確認することはあります」


「二度入力することもあるんですか?」


「いえ、同じ内容を入れてしまうと困るので、いったん担当者に声をかけます。後で一覧に出てくることもあるので、少し待ってから確認することが多いです」


 佐々木はメモを取った。


「入力処理自体が失敗しているのか、表示の更新が遅れているのか、分けて調べた方がよさそうですね」


 夏美は返事をせず、藤井の話に意識を向けていた。


「入力してから一覧を確認するまで、普段はどのくらい待つんでしょう?」


「すぐ次の処理に進むときもありますし、別の書類を確認してから戻ってくることもあります。忙しいと、しばらくしてから見ることもありますね」


「では、一覧に出ていないと気づくのは、入力してすぐのことも、少し時間がたってからのこともあるんですね」


「そうです。ちゃんと時間を測ったことはないですけど」


 夏美はメモ帳に「入力時刻」「一覧確認時刻」と書いた。


 黒田は、その様子を横目で見た。夏美はまだ、原因について何も言っていない。画面の仕組みを決めつけることもなく、現場で「遅い」と感じた場面を細かく分けて聞いていた。


「藤井さん、入力しているときの作業の流れを、実際に見せていただけますか?」


「はい。ちょうど今から一件処理するところです」


 藤井は書類を確認し、画面に必要な情報を入力し始めた。入力を終えると、確定ボタンを押す。画面には処理完了の表示が出た。


「このあと、すぐに一覧を見に行くんですか?」


 夏美が尋ねた。


「いえ、入力した内容を一度見直してから、次の書類に移ります。こっちの書類は、入力した人とは別の担当が確認するので、一覧を見てもらうのはそのあとです」


「その確認は、だいたい何分後くらいですか?」


「その日の件数や、担当者の手が空いているかで違います。朝は次々に処理が来るので、入力したらすぐ、というわけではないですね」


「一覧を確認する担当者の方は、どの画面を開いていますか?」


「一覧の画面です。開きっぱなしのことが多いですね。新しい情報が出ていないと、更新ボタンを押して確認します」


「入力した方と、確認する方は別の端末を使うんですね」


「はい。別々の端末です」


 夏美は「別端末」「一覧を開いたまま」とメモに加えた。


「確認担当の方が一覧を更新するタイミングも、後で教えていただけますか。入力時刻と、確認担当の方が一覧を更新した時刻を比べられると、どこで時間がかかっているのか整理しやすくなりそうです」


「わかりました。確認してみます」


 黒田は佐々木と視線を交わした。これまでの問い合わせ記録にあるのは、発生した時間帯や、再読み込みで解消したかどうかが中心だった。入力する人と確認する人が別の端末を使っていることや、一覧をいつ更新したかまでは記録されていない。


「朝に多いというのは、どういう状況のときですか?」


 夏美が尋ねると、藤井は少し考えた。


「朝礼が終わって、前日からの分と当日の分をまとめて処理し始める時間です。いつもより件数が多いですね」


「一度に入力する件数が増えるんですね」


「はい。でも、反映が遅いのは、件数が多いときだけとも限らないんです。午後に一件だけ入力したときにも、似たことがありました」


「午後の一件でも、一覧に出るまで待つことがあったんですね。そのときも、確認担当の方が同じ一覧画面を開いたままでしたか?」


「たぶんそうです。確実ではないですが、朝と同じように、画面は開いたままだったと思います」


 佐々木が顔を上げた。


「朝の処理件数が多いことだけでは、説明できない可能性がありますね」


「まだ何とも言えません。ただ、時間帯や件数だけではなく、入力した人と確認する人の画面の状態も見ておいた方がよさそうです」


 夏美はそう言って、メモに小さく「画面を開いたままの場合」と書き足した。


「藤井さん、一覧に表示されていないとき、入力した側の画面では処理完了になっていますか?」


「今日のように完了と出ることもあります。以前は、完了表示を見たのに、確認担当の一覧にはなかなか出なかったことがありました」


「そのとき、入力した側の画面をもう一度開いたり、履歴を確認したりはしましたか?」


「そこまではしていません。確認担当の画面に出るのを待っていました」


 夏美は、そこで一度ペンを止めた。


「わかりました。次に同じことが起きたら、入力した側では完了表示が出ているか、確認する側の画面では何時に一覧を更新したか、その二つを記録していただけますか。無理に操作を増やす必要はありません。いつもの作業の範囲で、分かるところだけで大丈夫です」


「はい。記録してみます」


「こちらでは、その時間帯のインフラの負荷状況や、確認できるサーバー・ネットワークのログを照合します。システム部では、業務処理の時刻や、入力後の処理記録を確認していただけますか?」


「確認します」


 佐々木が答えた。


「製品側に問い合わせる場合にも、発生時刻や処理状況がそろっていると、確認を依頼しやすくなりますね」


「そうですね。現場の作業とシステム側の記録を並べて、どこに差があるのか見ていきましょう」


 黒田は、現場担当者たちに向き直った。


「普段の業務の中で、気になることがあれば、今回の件に限らず教えてください。画面の遅れだと思っていることでも、実際には別のところで時間がかかっているかもしれません」


「わかりました。少し気にして見てみます」


 ヒアリングが終わると、黒田たちは現場を離れ、近くの打ち合わせスペースに移った。


「原因は、まだ絞れませんね」


 佐々木が言った。


「はい。今日は、入力した側の処理完了と、確認する側の一覧表示が、現場では同じ意味で捉えられているかもしれないと分かったところです。実際にどこで時間がかかっているかは、記録を見てからですね」


「システム部では画面の反映遅延として扱っていましたが、入力した時刻と一覧を更新した時刻を分けて確認する必要がありそうです」


 黒田は、夏美のメモを見た。


「現場の何気ない話から、確認項目が増えたな」


「まだ、別の問題があると決まったわけではありません。ただ、入力が終わった時点と、次の担当者が一覧を確認する時点の間に、いくつかの段階があります。そこを分けて見ないと、原因を取り違えるかもしれません」


 夏美は、メモの時刻項目を指でたどった。


「入力を確定した時刻。処理が完了した時刻。確認担当が一覧を更新した時刻。画面に表示されたと気づいた時刻。まずは、この四つが分かれば、何が起きているか少し見えやすくなると思います」


「なるほど。問い合わせ記録だけでは、その違いが分からなかったわけだ」


「そうですね。もしインフラの記録やシステム部の処理記録と照らしても説明がつかなければ、製品の提供元に確認してもらうための情報を整理します」


 夏美は、そこで話を切り上げた。原因を言い当てたわけではない。次に確認することが少し具体的になっただけだった。


 その日の夕方、夏美はチームのメンバーに、確認を依頼した。


「午前中の該当時間帯について、インフラの負荷状況と、確認できるサーバー・ネットワークのログを見てもらえますか。今日の時点では原因の調査というより、現場から聞いた時刻と照合できる材料をそろえるイメージでお願いします」


「わかりました。対象の時間帯が確定したら、そこに絞って確認します」


「お願いします。製品側の中の処理までは、こちらでは追えません。そこはシステム部の記録と合わせて、必要なら提供元に確認しましょう」


 夏美は、チームのメンバーに作業を頼んだあと、自分のメモをもう一度見直した。


 システム部が把握している業務上の情報と、チームで確認できるインフラの負荷状況やログを並べれば、次に確かめるべきことが見えてくるはずだった。


 翌日の午前中、佐々木から連絡が入った。藤井が、前日の入力について確認担当者に聞き取りをしたという。


『入力した本人は、確定ボタンを押したあと完了表示を確認していたそうです。確認担当者は、一覧画面を開いたまま別の書類を見ていて、しばらくしてから更新ボタンを押していました。正確な時刻は、まだ確認中です』


 夏美は、その文面を読み返した。


 入力後すぐに一覧を更新しなかったことだけで、画面反映の遅れが説明できるわけではない。だが、これまでの問い合わせ記録にはなかった情報だ。


 彼女は返信を打った。


『ありがとうございます。入力時刻と一覧を更新した時刻が分かれば、インフラや処理記録と照合できます。可能な範囲で確認をお願いします』


 送信してから、夏美は画面のメモに「入力完了後、確認担当が一覧を更新するまで」と書き加えた。


 現場では「画面の反映が遅い」と感じられている。けれど、そこに至るまでには、入力、処理、画面の更新、次の担当者の確認と、いくつもの出来事がある。


 そのどこに時間がかかっているのか。まだ、誰にも分からない。


 夏美は、次にそろう時刻を待つことにした。


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