↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女和菓子店  作者: MOKO773


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/2

2月 悩みを流す

「これを召し上がれば、仕事の悩みが無くなり、良く眠れます」


ぷっくりと丸みを帯びた赤い梅の花びらをかたどった和菓子が、艶のある飴色の木製カウンターに現れる。無地の懐紙の上にのる和菓子は、夜露を含んだ土に落ちた梅の花のようだ。白い和紙の懐紙は、土に降りた霜に見立ててもいいかもしれない。


(仕事の悩みを無くす食べ物なんて、ふつう無いだろう。とても怪しい。新手の詐欺か?)


徹夜帰りの会社員の倫太郎は、疑いの目で睨みながら黒ずくめの青年の顔を見上げる。


聖女和菓子店 のマスターである青年の隙のない完璧な格好が、倫太郎の苛立ちを増長させる。

整えられたハネ一つない黒髪、皺のない黒いシャツと仕立ての良い黒いパンツ。片耳に揺れる銀色の鍵のモチーフのピアスがきらきらと光を放つ。そして同性から見ても惚れそうになる端正な顔立ち。


(ぜったい、コイツ、モテる)

倫太郎が心の中で唸る。涼しい顔の青年を羨む。


目の下に黒いクマがくっきりと浮かぶ倫太郎の容姿は、くたびれている。髪の毛はぐしゃぐしゃで、眼球は濁っており、ネクタイを緩めた紺色のスーツはヨレヨレである。


徹夜明けでふらふらと明け方に路地を歩いていたら、店の看板があった。路地の居酒屋で一杯やってから帰ろうと思って入ったら、和菓子店だった。


(そういや『聖女がつくる和菓子店』とか書いてあったけ?けっ、聖女だあ。俺の今の状態を救ってくれよ)


倫太郎は悪態を心の中で吐きながら、カウンターの椅子に乱暴に座る。

目の前にいつの間にか現れた和菓子を一口で食す。


「ん?何だこれ」

倫太郎の顔が歪み、和菓子店のマスターをまた睨む。


「この菓子の名は、“寒紅梅”です。中に白餡が入っており、羊羹の生地で包んでいます」

「そうじゃない。何だか気持ちがすーーっと。爽やかな風が吹いたような」

「左様ですか」

つれなくマスターが倫太郎を見下ろす。

「そして直ぐにでも帰って風呂に入ったら、良く眠れるような気がする」

「それは素敵です」

和菓子店の青年マスターは、心の中で本日の客の態度に腹が立っている。

「仕事の悩みが体の中から、さあっと流れ去った気がする」

「それは、それは良かったです」

青年マスターの無表情な声色は、倫太郎には届かない。


本日の客は、寒紅梅という梅の花を模した繊細な意匠を愛でなかった。現れた菓子に間髪入れずにぱくつき、礼も言わずに店を後にする。


 *


「良いじゃないですか。そんなに怒らなくても」


和菓子を作った聖女が背後から声をかける。

ご馳走様を言わずに、倫太郎はさっさと帰ってしまった。青年マスターは後味の悪い気分である。


「和菓子で人を癒すのが、私たちのお仕事です」

「だからって、一生懸命、心を込めて聖女が作った菓子をあんなふうに雑に食べられると腹が立つ」

「ありがとうございます」

和菓子聖女が青年マスターの顔をのぞいて、礼を言う。

「な、なにが『ありがとう』なんだ?」

「え?私の和菓子を大事に思ってくれて、ありがとう。代わりに怒ってくれて、ありがとう。いつも私の代わりにお客様の対応をありがとうございます」

「これは、ばあちゃんから受け継いだ仕事だし。この鍵に選ばれた宿命というか……」

俊は、片耳に揺れる銀色の鍵のモチーフのピアスを指で弾く。

「それも含めて、ぜーーんぶ、『ありがとうございます』です」


聖女和菓子店の暗い照明の中、黙ってしまった青年マスターの頬が赤らんだことに和菓子聖女は気がつかない。


「ところで、俊さんは来月暇?」


和菓子店マスター兼大学生の青年は、名前を呼ばれて振り返る。

今日も相変わらず表情の見えない聖女が、珍しくもじもじとしている。深くかぶるローブは彼女の表情を隠す。両手の指先をローブの前でこねる。


「何で?」

「試作品を作ったので、味見して欲しいなあと。意見を聞きながら改良したいので、来月、私のアトリエに来て欲しいです」

「変な効用が入っていない和菓子なら食べても良いけど」

「もちろん、大丈夫です。聖女の癒しの効果は、不調のある人に合わせて効用が変化します。俊さんに不調がなければですが……」

「あるわけ無いだろ。俺は健康だ」

「その日は、いつものおともだちにも声をかけました」

「ああ、いつもの3人娘か……」


3月は聖女のアトリエで、新作の春の和菓子を品評することが決まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。