↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女和菓子店  作者: MOKO773


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/2

1月 失恋を癒す

 ようこそおいでくださいました。


 聖女がつくる和菓子店です。


 今のあなたが求める一口をどうぞ。



クルスマスイブを目前に8年間付き合った恋人と別れた櫻子は、年季の入った焦茶の木製看板に書かれた黒い文字を目で追った。今日も泣き腫らした目は乾き、マスカラは落ちている。失恋から二週間以上経過しても心の傷は癒えず、独りで帰宅していると涙が止まらなくなる。


この怪しい扉を開けようかと悩んでいると、自動ドアのように音を立てずにすっと扉が開いた。


「どうぞ」


中から青年が現れた。黒髪に黒いシャツと黒いパンツ。片耳に銀色の鍵のモチーフのピアスが揺れる。アンティークの鍵のように見えるが、とても小さくて精巧な作りなので櫻子からは良く見えない。


「お入りください」


青年に促され、櫻子が狭い小さな扉をくぐって入ると、店内は真っ暗だった。目が慣れてくると、うっすらと奥に裸電球の照明に照らされたカウンターが見える。カウンターに近づくと、何も無い。

怪訝な顔で櫻子が和菓子店マスターの青年を見る。

青年は柔らかい笑みを浮かべる。


「今日は寒いですね。外は雪が降っていましたか?」

唐突に何だろうと思いながら、櫻子は答える。

「ええ。雪が降り始めました」

「そうですか」


カウンター前の一つしかない椅子に座る。暖かいおしぼりを渡される。

カウンター上部の電球がゆらゆらと揺れる灯を放つ。


目線を手元に戻すと、白い無地の懐紙の上に小さな丸い饅頭がある。

「召し上がってください。お代は既に頂いておりますので、お気になさらずに」

いつお代を払ったのだろうかと思いつつ、ぱくっと一口で食べる。


「雪輪まんじゅうです」

「雪輪?」

櫻子が咀嚼し終わると、青年の言葉を繰り返す。聞いたことがない言葉。

「雪が結晶した形です」

丸い饅頭だが、確かに雪の結晶を連想させる形状をしていた。


甘い餡が口に広がる。

走馬灯にように別れた恋人との思い出が巡る。今はとにかく悲しいけれど、楽しいことも沢山あった。涙がまた落ちるが、顔は穏やかである。

「美味しい……」

溜息をついて目を閉じる。


目を開ける。

櫻子は、東京下町の路地に立っていた。いつも帰り道に通る路地。朝は最短の大通りを選ぶが、帰りはうねうねとその日の気分で路地を曲がる。狭い間口の町屋が連なり、植木鉢が並ぶ。足元には雪が積もっている。

うおっ、寒い。

私はいま、何をしていたのだろう。口の中がほんのり甘い。心が軽くて、暖かい。

櫻子は路地の街灯に照らされた夜道を足早に帰る。


「ご苦労様です。マスター」

小柄な少女が、和菓子店マスターの青年に近づく。深くフードを被っているため、表情が見えない。三つ編みのお下げが両肩から見える。

「聖女こそお疲れ様。今日は閉店でいいかな?」

黒いダウンを来た青年はちらちら舞う雪の中、櫻子の背を目で追いながら白い息を吐く。ダウンのポケットに両手を入れ、ブルっと震える。

「うん、たぶん閉めて良いと思う。和菓子のストックないし」

「もっと作れよ」

大学3年生の青年は、砕けた口調で年下の聖女を諭す。

「そんなに働きたくないです」

「出た、聖女の怠け癖が」

「じゃ、帰るね」

聖女は黒いローブを引きずり歩き出す。魔女ような出立だが、一応聖女だ。

青年が片耳のピアスを外し手の平に載せると、小さな銀の鍵が通常の鍵の大きさになる。細かい彫刻が施されている。

路地の中央に立ち、宙に鍵を挿す。透明の扉が開き、聖女は扉の中に消えた。

ガチャリと見えない扉が閉まる音がし、鍵が青年の手に戻ると元のピアスに戻る。慣れた手つきで耳につける。


青年は路地を後にする。

路地には3人分の足跡が、雪の上にうっすらと残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。