第六十七話 「出逢い」
イシューが覗いた部屋の中にいたのは、髭をボーボーに生やして頭もチリチリなまさに引きこもりという言葉がうってつけの男。誰でもこの様子を見れば「家庭教師の生徒」として見ることはできないだろう。
「三十一歳、二十七留中だと!?」
二十七留というのは二十七回留年しているという事だ。どうすればそんなことになるのか気になり過ぎる。
「あぁ、外国人か。サギッタは飛び級制度があってさ、僕は四歳で十一階級生まで上がったんだけど十二階級に上がる試験がいつもダメなんだ」
曰くサギッタは義務教育課程が十四階級生まであるらしく辞めるに辞められずここまで引っ張ったそうだ。
「次で二十八留だけど、ほんとにやるの?」
どうやらイデオも仕事の話は知っているようだ。報酬や失敗した時のリスクなど、歴代イデオの先輩家庭教師が本人に話したのだろう。
しかしイシューは数字に怯えるほど臆病な男ではなかった。
「大丈夫だ。失敗した数より、成功を目指した数の方が多けりゃ人は誰でも成功できる。挑戦するお前の背中を押させてくれ」
「ほあぁ」
間の抜けた返事で本当にイシューの意気込みが伝わっているか不安になる。
「イシューだ。よろしくな、イデオ!」
一通り自己紹介も済んだところで今日はもう夕方なのでこれから勉強を始めるつもりはなかったが、流石のイシューもこの体たらくを見ると一分一秒が無駄にできない貴重な時間だと思いせめて今のレベルを知ろうと簡単なテストを作って解かせてみることに。
イデオは魔法専攻がない普通科で、十二階級への進級には履修科目の中から歴史、公安、数学の三教科が審査科目のようだ。
出題の為に教科書を見ると、そこまでハイレベルでは無いことが分かった。
(なるほど、公安と数学はエリダヌスの中学二年レベルだな。歴史はサギッタ国史があるから俺も教科書見ないと分からんが、大陸史ならこれも中二レベルか。これなら何とかなりそうだな)
そう思い教科書から模写して各教科十問程度解かせてみる。
すると驚くことに各教科全て二問しか正解が無かった。これには、あのドレシアの勉強を見ていたイシューでさえ目も当てられない惨事に思えた。
「イデオ、ほんとに学校行って勉強してんのか?」
「し……!」
これはしてないな。
「だって、もうこんな大人になっちゃったし恥ずかしくて行けないよ!」
「ガキじゃないんだから駄々をこねるなー!はぁ、家ではやってたのか?」
「やってるよ。イシューと同じように家庭教師も何人も来たし、試験の時以外でもママが勉強教えてくれる」
三十一歳にもなって「ママ」とは正直キツイものを感じたイシュー、しかしそんなことより絶望するのはこの学力。
正直これは普段勉強していないと思われてもおかしくない低レベル。
「こりゃ夕飯食べた後もやるしかないな……」
こうしてイシューとイデオの進級試験攻略がスタートする。
一方ドレシアはドレシアで、自分でもできる仕事をと街中を探し歩いていた。
お転婆で、人見知りという言葉を知らないドレシアは辺りに声をかけまくるがあまり相手にして貰えなかった。
未成年の女性が街中で仕事を探している状況は、旅を進める当人達からすれば何もおかしなことはないが穏やかな日常を送る街の住民にとっては溢れる怪しさを感じずにはいられない。
「もう暗くなってきちゃった……明日また探そっと」
そう言ってイシューの仕事先に帰ろうとした時、ある男が声を掛けてくる。
「君!仕事探してるの?」
「あ、はい」
話しかけてきたのは重めな茶髪で顔に大きな傷が一つある、いわゆるおっさんだ。
「俺の名前はビリヤードってんだ。良ければ明日から、俺に付き合ってくれないか?」
「……仕事ですか?」
四十歳はゆうに超えているであろうおっさんが未成年女性に声をかける状況は、仕事を与えようとするビリヤードからすれば何もおかしなことはないが一般的に考えれば溢れる怪しさを感じずにはいられない。
「仕事だよ!怪しむなって!ほらこれ」
そう言ってビリヤードは自身の名刺を渡した。その名刺の肩書きには『美術家』と書かれていた。
「明日ここに来てくれ、俺のアトリエなんだ」
胡散臭さ全開だが、まあ仕事が貰えないよりはマシだろうと思いドレシアは承諾して名刺を持ったままイシューの仕事先に戻った。
その夜、夕飯はドレシアと婦人の二人きりで食べた。どうやらイシューはイデオと部屋で勉強しながら食べるそうだ。
そこでドレシアも二十七留の話を聞いてイシューが心配になるが、まあイシューならきっとやり遂げるだろうと信じる事にした。
婦人とドレシアが眠りにつき、イシューとイデオが教科書とにらめっこをしている真夜中。
遠いエリダヌス国でアレクシアは宙を見ていた。
その夜、四つの流星が宙を駆けた。




