24.
「私が、貴方を愛する事はありません」
"申し訳ありませんが…" と続けた少年は、確かにモテそうな外見をしている。
でも、隣を歩いてただけなのにいきなり過ぎない?
初対面だし。まだ大したお話してないよ?
「学園に通えるようにしていただいて感謝しております。それでも… 」
溜めるタイプだ?
「心を偽る事は……できない ――」
ずいぶん間ぁ取ったな。
センチメンタルな顔をした少年が、私から視線を外す。同時に風が吹いた。視線の移った先には、原作通りの外見をしたヒロインがいる。
距離を隔てて見つめ合う2人。
風に吹かれ、花びらが舞い。
切ない表情の美少年と、涙目の愛らしい少女。
―― ビジュはいいけども
才気煥発という設定はどこいったんだジャスティン。
******
ほんの少し時を遡る。
大雨から5カ月。
追い打ちをかけるように火山が噴火した。
大雨でもなんとか残っていた農作地を白く染める火山灰。土石流や山崩れは生活圏を更に逼迫し、寒さで収まりつつあった疫病と入れ替わるように、流感が流行りだした。山火事は半月続いている。少しずつでも進んでいた復興作業は、ゼロに戻ったどころかマイナスになった。なぜか侯爵家は全く被害無しだけど。
禁足令は未だ敷かれたまま。流通が阻まれる事で生活困窮者も増加し、治安は悪化の一途をたどっている。
限界を迎えた伯爵家は、もう背に腹は代えられないと侯爵家に助けを求めた。
だがお父様は『きっとご加護がおありになるだろうから』と笑顔でお断りに。お前んトコの愛し子に助けてもらえと一刀両断である。
いくら禁足令を敷こうと、生死がかかった領民は次々こちらへ移動してくる。そんな彼らを追い返さず、常識的な範囲で支援もしていた。それだけでも十分な援助だっただろう?世話にかかった代金払えるのか?と釘を差しつつ、完全に突き放した。
そもそもの話。なぜ伯爵家が、こうまで後手に回り続けたのかというと。
自称・愛し子こと、ソフィア・ナハカス男爵令嬢が大雨を予言していたせいに他ならない。
時系列的にはこうだ。
摘発祭りで下位貴族が捕まり出し、いよいよナハカス男爵家も捕まりそうだ、となったのが大雨の一月前。
ソフィアは家族を置いて伯爵家へ逃げ込む。なんで?と思うが、摘発してる侯爵領はダメだし、近かったとかそんな感じなのかな。
そして伯爵家で大雨を予言する。
もちろん信用されず、むしろ不審がられて出ていくしかなかった。しかし大雨は降った。予言的中だ。しかも本人が愛し子だと自己申告するものだから、伯爵家は彼女を迎え入れる事にしたのだ。
なお、伯爵家に迎え入れてもらうまでの間で贋護符を貼付していたらしい。ソフィアの言を信じるならば、だけどね。なんで侯爵家に?逃げてたんじゃないのか?伯爵領にしてあげればよかったのに。
被害甚大だった伯爵家は、ナハカス男爵令嬢を信じる事にした。『侯爵領が軽微な被害で済んだのは、我が家に逗留している愛し子のおかげ』という話に賭けたのだ。際立って被害が少なかったのは事実だし。
ヒューブリィズ伯爵の目論見では。
侯爵は愛し子に感謝するはず。御礼はもちろん、侯爵家に迎え入れたいと言う可能性だってある。接触してきたら交換条件として援助を強請ろう、という事だったみたい。
だから噂を流すだけで何の手も打たず、ただ侯爵家からの申し出をいつまでも待っていた。
そうそう。
昨年から広がり続けているあの噂、愛し子がいると加護が増幅するという新説。これが始まったのも、なんとナハカス男爵領から。
『愛し子を自称する前から情報操作するとは狡猾だな』と、お父様はソフィアの評価を上方修正した。好感度はもちろん下方修正だけど。
伯爵の望んだようには当然ならず、侯爵家から接触はしなかった。当たり前だ。被害が少なくなる心当たりがあるのだもの。
ほっておいても情報が入るくらい、ソフィアは派手に動いてたしね。歌い、彷徨い歩き、贋護符をばら撒き、時々動物を拾っていたらしい。しきりに首を傾げ、教会から接触したこないのも不思議がっていた。なんでたろうね?
本来なら学園に入学する年齢の三男は、自領の窮状で未だに実家住まいだ。愛し子といい雰囲気を楽しんでいるらしい。
もう何が何だかよく分からない。原作通りの事が何もない。
そもそも男爵家の一粒種ってどういう事なの?
異母妹モノのドアマットヒロインだったじゃない。ひとりっ子じゃ物語始まらないと思う。
もしかして私のせい?とも過ったが、実母を亡くしてドアマットヒロインとしてデビューを飾るのは約4年前。私だってまだまだ絶賛サンドバッグだった。その実母はまだ存命みたいなので、私の知らない何かがあったんだろう。
原作通りじゃないヒロインのせいで、伯爵家が読み誤ったのは自業自得だけど。
―― かと言って お隣が治安悪いのも困りものよね
それでも結局は他所の困り事、他人の色恋なので。原作は始まらなさそうだなぁ ―― といつも通り暮らしていたら、ジャスティンとの婚約話が出た。
「わたくしがヒューブリィズの三男と婚約ですか?」
その人、自称・愛し子と良い仲らしいですよ?
「伯爵が王に泣き付いてな。王都が落ち着いてきたから放置もできまい」
お父様も王都に足を運んで尽力されていたから、それはよかったけど。
「泣き付かれた王家が救済なさいませんの?」
「そんな力はない。侯爵家にやらせるしか手がないが、利益を提示できるのは隣接している当家くらいだ」
「利益が婚約ですか?」
私、どれだけ選り好みできないと思われてるんだろ?お宅娘1人だしちょうどいいよね!ってなったのかな。
「王家と借款契約を結んでやるから勝手に助けろと返したが、それは嫌らしい」
聖職者だし、伯爵家を助ける為に王家が借金するわけにいかないだろう。しかし、このままでは伯爵家が破綻する。破綻したら王家主導で復興させないといけない。それも困る、となると。
三男との結婚がメリットですよ、と侯爵家にゴリ押しするしかない。王家も伯爵も勝手だなぁ。
そんな大人たちの都合で行われた顔合わせの最中に、冒頭のやり取りである。三男坊こと、ジャスティン・ヒューブリィズはまだ自己陶酔から戻ってこない。
せっかくの実写化だけど、なんていうんだろう…キャラが変わっちゃってて別物っていうか…。
いやー…解釈違い。
ソフィアもなんか違う。内から滲み出るものが違うと、描写通りのビジュアルでもコスプレみたいになるのね…。
そうそう。なんでソフィアが来ているのかというと。伯爵家が気を回したみたい。評判の愛し子ですよ?って小鼻を膨らませて『一度お目通りを…』と言った伯爵に、お父様は『必要ない』とだけ答えた。
こっちが知らないと高を括っているんだろうけど。婚約者として顔合わせする場に、恋人を連れてくるのはどうかと思う。
「―― お気持ちは理解りましたわ」
見つめ合う2人が動かないので、大人がいる場所に帰ることにしよう。一応声掛けたしな。
両家が座したテーブルに戻ると、一息遅れでジャスティンも帰ってきた。ソフィアも現れたが、紹介されていないから離れた場所で立っているしかない。
「楽しく過ごされましたかな」
問いかけたのはヒューブリィズ伯爵だ。ギョロ目で額が出っ張っている。なんか色々勘違いしてそう。
「えぇ。約束を守ってくださってありがとうございます」
「約束?」
ジャスティンが口を挟む。
「お前は気にするな」
にべもなくそう答える伯爵は、分かっておりますぞと言わんばかりに私に笑みかける。見て伯爵。息子さんめっちゃ険しい顔してるから。不信感うなぎ上りだから。
「父上。侯爵家の手を借りずともソフィアがいれば ――」
今言う?ここで言う?
あ、お父様も呆れてる。これは無いよね。勉強出来ても無い無い。
「あの…!!私がなんとかしますから!!どうか」
ヒロインが勝手に喋りだした。なんとかって何だろう。愛し子って経済復興まで出来るの?
「護符を売ってお金にします!!」
教会の既得権益を侵す宣言。
破門されるからやめときなよ。あと普通に犯罪だから。
こんなにすったもんだしても、婚約は成立した。
王家の肝煎りだし、お隣の情勢不安はこちらも困る。それだけが理由なのだが、どうやら伯爵は私が三男を気に入ったからだと判断したらしい。
ジャスティンは蔑んだ目付きで私を睨み、無言で立ち去っていった。ソフィアの肩を抱いて。
地獄みたいな空気になったなー。
帰ったあの人達はいいけど、殺気立ったアルルや護衛と残された私はどうしたらいいんだ。
そのナイフ、片付け途中なのよねトマス?ずっと握ってるけど。
「阿呆どもを始末した方が早いな」
物騒な顔で物騒な事を言い出すお父様。
「領民には罪がないですから」
お父様に賛成しそうなメンバーしかいなくて困る。気持ちは分かるけど。あの人たち、自分達の無能っぷりで苦しんでる人がいる事を忘れてるみたいなんだもの。
彼らという欠点を除けば、多方丸く収まる方策なわけで。王が婚約を後押しして解決に向かうとなれば、教会だって満足だろう。
結婚する当事者2人が我慢すればいいだけだと、ジャスティンが気付けばいいけど。
●才気煥発【さいきかんぱつ】
優秀すぎてキラキラしてる人




