00. プロローグ
「愛し子を殺害しようなど…もう看過できません。ヴァネッサ様には然るべき罰が必要だ――!」
そう断じた男が、濡れそぼった私を睨みつけている。首を横に振り、処断せざるを得ない苦悩を滲ませているが、伯爵家の三男にそんな権限は無い。
「待ってください!ヴァネッサ様のお気持ちを考えて欲しいんです…!」
おっと。私と同じようにびしょ濡れになった少女が口を挟んだ。
ピンクベージュの髪をした愛らしい彼女は、ソフィアという。実家が取り潰しになったので元・男爵令嬢。
つまるところ平民。本来なら頭を下げて黙ってる以外に選択肢など無い存在である。
「ソフィア…君の優しさは尊いものだ。だか残虐な行いは報いを受けなければならない―!」
彼女を愛おしげに見つめる伯爵令息はジャスティンという。ちなみに私の婚約者である。
盛り上がる2人を見て、首を傾げる。
ご都合主義なハッピーエンドを迎える最終幕なのに、手筋が違う。
―― 悪役令嬢をヒロインが庇うシーンは無いの?
「…ヴァネッサ様はきっと寂しかったんです。ジェイ様の心が離れてしまって…愛されないというのは苦しいものです…!」
「ソフィアは同じ苦しみの中でも清らかなままだったろう。どこまで君は優しいんだ…!」
平民が伯爵令息を愛称で呼んでいる。人前で。人っていうか婚約者の前で。なんか、それは違うくない?
「ヴァネッサ!!ソフィアに言う事は無いのか!?」
「ヴァネッサ様、権力やお金でジェイ様を縛ったとしても寂しいだけですよ…。こんな方法で誇り高いジェイ様が振り向いてくれるはずないっ!」
許可してないのに侯爵令嬢を名前呼び。あと私の片思いが確定事項になってる。
優しさアピールしつつ、"私の方が彼を理解してるの"マウント取ってるあたり、匠の技よね。
そして伯爵令息はもう礼儀もへったくれもない口調になったわ。
――3人目は来るかしら
こちらはタイミングばっちり。背後で砂利を踏む靴音がした。3人目のご登場だ。
「ヴァネッサ様。もうやめましょう。貴方を理解し、愛する男がここにいます」
だから高位貴族同士の会話に入っちゃダメだって。身分制度をなんだと思ってんの?守らないなら貴族辞めなさいよ。
3人目こと、私の又従兄弟のランドルフ。原作ではこの人のが証言で悪役令嬢の自白が裏付けされちゃうんだけど…
―― チュン ピーヒュロロロ…
飛び立つ鳥が美しい声で鳴き、木の葉をさわさわと奏でる。記録的な豪雨で氾濫した河川も、いまは静かな水面がきらめくだけ。台風一過したような、澄み渡った青空が広がっている。
美しい自然の風景を見ていると、細かいことはどうでもいい――
「私が付いてますよ」
「寂しかったんですよね」
「ソフィアの優しさに感謝しろ」
――気がしたけど、説明しないと終わんないんだろうなぁ
● 手筋【てすじ】
局面における最も効率の良い駒の動かし方




