いい仕事
修学旅行の続き。
お仕事中の和泉の独白です。
「うわ……」
このご時世、仕方のないことではあるのだろうけれど、自分のような愛煙家には本当に生き辛い世の中になってしまった。
(こんなに広いのに喫煙所が2カ所って、どうかしてるだろ……)
案内マップを確認し、涼夜は小さくため息をついた。仕方がない。
(……面倒だけど、巡回ついでに歩くか)
──修学旅行の引率三日目。
彼は、広大な遊園地の片隅にいた。
(ああ生き返った)
十数分後。煙を吸い終えいくらかすっきりした頭で喫煙所を後にする。
日本有数の巨大なテーマパークは平日にも関わらず、多くの人でごった返していた。家族連れ、カップル、修学旅行生────。笑顔で園内を巡る人々を眺めながら、自校の生徒がトラブルに巻き込まれてはいないか、もしくはトラブルの元凶になってはいないか、確認していく。
その途中。
「あ、涼夜先生!」
「ねね、ジェットコースター乗った? ここのすっごく怖いんだって!」
「絶叫系平気?」
「平気だったら乗ろーよー!」
「あとお化け屋敷も行こ?」
「本物出るんだってよお」
「うん、あとでね」
すれ違った女子生徒たちに手を振って、スマホを取り出す。時刻はまだ正午を回ったばかりだった。
(このまま何事もなく終わればいいけど。)
思いながらスマホをしまい、順路を進む。
日常を離れ浮かれた生徒たちは、時折、予想外の行動に出ることがある。そんな彼らを監視……もとい見守るのが、涼夜たち教職員の責務だった。
だから──。
「あれ、七瀬さんひとり?」
広い園内のベンチに七瀬結衣子の姿を見つけて、涼夜は足を止めた。
「あ、先生」
言いながら立ち上がった七瀬は、片手にジュースを持っていた。困っているわけでもトラブルに見舞われたわけでもなさそうだが、彼女の周囲に友人らの姿は見えなくて。首を傾げた涼夜に、七瀬は「えっと」と恥ずかしそうに口を開いた。
「今日は佐倉くんたちと回ってたんですけど、お化け屋敷に入りたいって言われて……私どうしても無理だから、留守番をしてました」
「……それはまた薄情だね」
ひとりくらい残ってあげればいいのに。
苦笑した和泉は呟いて、そのまま彼女の座っていたベンチに腰を下ろした。
「え」
「ひとりじゃ退屈でしょ。一緒に待つよ」
「そんな、いいです大丈夫です、すぐに帰ってくると思いますし……昨夜だって一緒にいてもらったのに」
「あはは。あれ、一応内緒にしといてね」
「は、はい……っ」
神妙に頷いた七瀬を(本当にいい子だなあ)と思いつつ見上げる。この調子では墓場まで口をつぐんでくれるに違いなかった。
(……早くお母さんと仲直りできればいいのに)
昨夜。偶然出くわした七瀬から家の事情を詳しく聞いた涼夜は純粋にそう願っていた。
「まあとにかく座りなよ」
「あの、私本当にひとりで大丈夫ですよ?」
「いいからいいから」
和泉は言って、戸惑う七瀬の手をとって隣に座らせた。
──日常を離れたとたん気が大きくなったり浮かれたりするのはなにも生徒たちに限った話ではない。
先ほどから園内には大学生らしき面々もちらほらとあって。悪い奴、というわけではないのだろうけれど、陽気になった彼らは見境なく女の子たちに声をかけていた。
「七瀬さんとか、格好の餌食になりそうだし……」
「え?」
「んーん、なんでもない」
ぽかぽかと晴れた5月の空を見上げて、(いい仕事をした気がする)と、涼夜はのんびり微笑んだ。
────結衣子の緊張など、もちろん知る由もなく。
読んでくださってありがとうございました。




