188 俺は、大切なものの優先順位は間違えない
「で、でも……その、だったら、他に何を……」
「【代償】だろ? 問題ねーよ」
俺は、二人を下がらせると、揺らめく混沌に向き直った。
【必要……ヨウ、ヨウ、世界、セカイの、維持、イイイイージジジジジ なに、何を何を、代償に、しましましまぁぁすすすすすかか?】
「【代償】……『大魔王の称号』!」
これで、俺達の加護は消えてしまうが、ネーヴェリクやルシーファ本人が消滅するよりは余程マシな選択だ。
「えっ!? か、カイトシェイド様……それでは、カイトシェイド様が、魔法を使えないようになってしまいマス」
「問題無い」
心配そうにいつものハの字眉毛をさらに押し下げたネーヴェリクに向かって微笑みを向ける。
仮に、これだけでは足りなかったとしても、【代償】を捧げる事は魔法が使えなくとも問題はないし、他の皆の封印が解ければどうとでもなる。……はずだ。
「わりぃな、ルシーファ、一旦成長はお預けだ」
「わ、わたしは構いませんが……」
【かか、カイト、カイトシェイドの『大魔王の称号』を、をを、代償、だい、代償に、世界のカイノ、カイカイノノノ、サイコウ、サイコ、くくく、さい、こうちく、再構築を、開始し、ししししままま、します】
ずるぅり、と何かが引き抜かれるような不思議な感覚と同時に、分身体が消え、ルシーファのヤツがチビ天使に姿を変えた。
【『大魔王の加護』は、無効化、され、ました】
お?
天の声さんの口調がぶちぶちと細切れではあるが、さっきまでのあの異様な調子はなりを潜めている。
【世界、世界の、再構築、には、『代償』が、不足、してい、ます】
【さらなる『代償』を、提示、して、ください】
「そんな……!?」「『大魔王の称号』ですら、足りないんですか!?」
「ッ!……」
……なるほど……
これは、奥の手だから使いたくない……とか言っている余裕は無さそうだ。
「だったら次!【迷宮代償】!! ……ハポネス!」
「えっ!?」「カイトシェイドっ!?」
ネーヴェリクとルシーファが瞳を見開く。
「俺のダンジョン、『ハポネス』を代償にしてくれ」
そう。
これこそが、俺が使いたくなかった、本当に最期の奥の手。
折角あそこまで育てたダンジョンを放棄するのは、断腸の思いだが、それはまた最初から作り直せば良い。
コアがなくなったからといって、すぐにダンジョンが消滅するわけではないからな。
もう一度、俺の屋敷からスタートして、エリアを広げれば良いだろう。
しばらくの間は、ダンジョンに住む魔族の皆には不便を強いることになってしまうが、逆にあれだけの大人数がハポネスの街には居を構えている。
前よりも、今の状態まで戻すのに時間はかからないはずだ。
「い、良いんですか……?」
「ああ」
【『迷宮代償』により、世界の再構築が加速します】
遠くで、ハポネスのコアが砕けて消える最後の音が聞こえた気がした。
だが、そのおかげで、広がり続けていた『混沌』が徐々に小さなものへと姿を変えていく。
天の声も、通常どおりに戻っている。
混ざり合い、異空間が広がりつつあった『混沌』が小さくなり、ぽよん、と二つに分かれる。
「あ! 分離しマシた!!」
白っぽい光の玉みたいなものと、赤黒い闇の玉みたいなものに分かれているように見えた。
だが、それをあざ笑うかのような厳しい現実が響き渡った。
【世界の再構築には『代償』が不足しています】
【さらなる『代償』を提示してください】
「……」「……」「……」
【世界の再構築には『代償』が不足しています】
【さらなる『代償』を提示してください】
【世界の再構築には『代償』が不足しています】
【さらなる『代償』を提示してください】
その声を聞いて、一瞬だけ、小さく絶句すると、ふらふら『混沌』に向かって歩き出そうとするネーヴェリクとルシーファの腕を掴んで足を止めさせる。
二人の不安そう……というよりも、諦めに近い透明な表情を叩き壊すように、俺は自信満々の笑みを浮かべた。
「はっ! 良いぜ、面白い……このカイトシェイドさんを舐めるなよ!! 二人共、下がってろ!!」
「でも……もう……他には……」
「下がってろ、俺は思い切りの良さには定評があるんだよ!」
「カイトシェイド様、何ヲ……!?」
俺は、つかつかと、かなり小さくなった『混沌』の前まで歩を進める。
やってやろーじゃねーか!
サタナスのヤツだって、己の全てを賭けてこの攻撃をしかけてきやがったのだ。
いけ好かない野郎だったが、その執念だけは認めてやるぜ!!
サタナス、お前、ホントすごいヤツだよ!! 色んな意味でな!!!
だが、それなら、俺だって己の全てで、テメェの想いを打ち砕くッ!!!!
「俺は、大切なものの優先順位は間違えないッッ!! ほらよ、持ってけ!! 代償! スキル『ダンジョン・クリエイト』!!」
「えっ!?」「それは……ッ!」
それを代償とする意味を正しく理解しているネーヴェリクとルシーファの声が悲鳴のように聞こえた。
【スキル『ダンジョン・クリエイト』により、世界の再構築が加速します】
キュイィィィィン、と全身から何か重要なアイデンティティーが引き抜かれるような感覚。
そうか……力を失うって、こういう心地なのか……
だが、選んだのは俺自身。そんなに悪い心境じゃない。
喪失していく何かと反比例するかのように『混沌』だったものは、さらに赤黒い玉が「赤い玉」と「黒い玉」に分かれ、ひび割れていた世界が収束する。
【全ての代償により、世界の再構築が完了したました!!】
その声と同時に、地平線から明るい光が顔を出す。
気づけば、空は夜の紫から、深蒼、群青、薄紫、ピンクのグラデーションを描いている。
嗚呼、夜明けか。
それが合図だったのか、ぽこぽこと、地面から俺の配下のみんなが戻って来た。
「ぷはっ!?」「な、何だったんだ!?」「あれぇ~?」「お、終わったの?」「だ、旦那様!?」「んんん?」「何よもうっ!」「ぬっ!?」「はぁ、はぁ」「ッ!?」
ボーギル、アルファ、ベータ、オメガ、カシコちゃん、ドエムン、サーキュ、マドラ、ケイトラさん、タデクー……うんうん。みんな、居るね。
良かった、良かった。
失ったものはそれなりに有るけど……でも、ま、何とかなる……つーか、なんとかするしか無いし。
「ふえぇぇぇっ……カイトシェイド様ァっ!!」
「おっと!」
ぎゅっ!
抱きついてきたネーヴェリクをしっかりと抱きとめる。
よしよし、泣くな、泣くな。
「うぅ……『ダンジョン・クリエイト』が……カイトシェイド様の、ダンジョン……ぐすっ……もう、つ、創れないデス……」
「か、カイトシェイド……その……あ、あの、ほ、本当に……良かったん、ですか?」
不安そうに俺を見上げて羽を震わせるルシーファを左腕で抱き上げると、思わず、ニヤリ、と頬が緩んだ。
「ああ!! 超スッキリした気分だぜ!! まるで体の中がリフォームされたみたいだ……だが、テメェら、これからも俺に協力してもらうからな!!」
「も、もちろんデスッ!!」
ぐしぐし、と涙を拭って、大きくうなずくネーヴェリク。
「し、仕方ありませんね。乗り掛かった舟です」
ふいっと、顔を背けながらも頬を染め頷くルシーファ。
ふんわりと暖かな二人のぬくもりが、やっぱり、こっちを選んで正解だと教えてくれる。
その時だった。
【ありがとうございます!】
【世界の崩壊は免れました!!】
おぉ、天の声もしっかり元に戻っている。
【魔王カイトシェイドは、世界の祝福を受けました!】
【スキル『異世界創造』を覚えました!!】
――んん!?