186 黒幕さんのご退場
「まぁでも、『未完の破壊神』なーんて、ちょっとカッコイイよね?」
「おまえ、精霊なのに破壊神なのか?」
「ふふふ~、どうでしょうねぇ? 俺は俺だもん。ナニにだって成れるし、ナニモノでもないもーん」
うにょ、うにょ、とサタナスを操り人形みたいに動かしながら背中の触手がモーションランプのように、ぽにょん、ぽにょんと分離してはくっつき、くっついては分離しを繰り返している。
明らかにこっちをおちょくって遊んでいるような調子だ。
「あー、でもでも、二人も喰えばそれなりにスゴくなれるかもね?」
目玉の付いていない触手をネーヴェリクとルシーファの元へと伸ばし、クリスタルなど存在していないように、ぬぷり、と透明な脊柱に入り込む。
そして、難なく二人の身体をその柱の中から引っ張り出した。
「あ、そうそう。『かーくんは動いちゃダメだよ』」
!?
ぴしり、と空間が不可解な歪み方をした。
特に魔力の動きを感じた訳でもないのに、ヤツの発した言葉どおり、身体の自由が効かない。
何だこれは?
ふぎぎぎぎぎ……ぐぎぎぎぎぎ……
うわー!? マジで動かないぞ?! 呼吸のための横隔膜は動かせるのに、舌も唇も動かないし、声も出せないって不思議な感覚だ。
そんな戸惑いを脳内だけに浮かべる俺を後目に、スゴヤミのヤツは、ネーヴェリクとルシーファの二人をもてあそぶ。
おいこら!? つーか俺のネーヴェリクとルシーファをどうするつもりだよ!?
その触手で舐め回すなっ!! 服を溶かそうとすんな!! 「食べにくいから服は剥くね~?」じゃねーよ! だからぁぁぁっ!! サタナスの野郎のボディを使って触るなぁぁぁぁっっ!!
二人共ぐーすぴーと、寝ててくれてるから、ちょっとだけ気分がマシだけど、これは早く何とかしないとマズイ。
「……ん~、でも、起きてくれないと、面白くないね? かーくんも何も言ってくれないし~、っていうか、俺が動いちゃダメって言ったんだけどね~、あはは~」
無反応な二人に加え、俺までまともに反応できない現状を明らかに楽しんでいる。
コイツ……腹立つ……ッ!
「あー、じゃーさ、こんなのはどう? この二人の内、どっちか一人はかーくんの元に戻してあげるよ。どっちがいい? ねぇ、どっちがいい? でも、どっちか一人はぐっちゃぐちゃに壊して食べてあげる!」
「ぐっ……!?」
唐突に。
脳内に送り込まれた映像は、二人が、引き千切られた腹部から内臓をぶちまけ、悲鳴に血反吐が混ざり、溺れたような声を上げてこと切れる……という、魔族の俺でも、なかなかえげつないと感じるものだ。
一種の精神攻撃だ、と分かってはいるのだが、喰らって気分の良いものでは無い。
不快な幻がリアルに投影されたのと引き換えに、金縛りのようなあの違和感は消えたが、胸の奥から湧き上がって来るムカムカは強くなる一方だ。
しかも、コロコロと明るい口調で言い放つのだから、スゴヤミのヤツ、他人の神経を逆なでる才能はサタナス並みだ。
「ねぇ、どうするの~? 迷ってるなら二人共一緒に壊してあげようか?」
「?う……ぅん……」
「あ……ん?」
サタナスに寄生している触手野郎が左右に抱えていた二人が、ゆっくりと目を覚ます。
「ふっ……ざけんなっ!! 二人共、助けるに決まってんだろっ!!」
「ざんねーん、それは無理なんだな~。二人を捕えている僕の腕は魔王の全力の一撃でないと壊せないよ? かーくん、分身しちゃったらパワー半減だもん。二人同時は無理無理の無~理~」
そんな事は百も承知。
「【救援要請】・【出向要請】!!」
斬っ!!
「な!?」
俺の求めに応じてくれるかは、少し賭けだったのだが……どうやら日頃の行いが良かったようだ。
そう。俺一人ではどうしようもないが、魔王の一撃というのであれば、まだ、手はある。
「ネーヴェリクさんッ! 大丈夫ですかっ!?」
「ほえっ?! ラフィーエル様?」
ゆるふわピンクの髪をなびかせた市松模様の翼の美少女が、その手にそぐわない大鎌で、ネーヴェリクの身体を拘束していた触手を切り裂いていた。
あの大鎌は、ラフィーエルさんの先代が使っていた魔導武器だ。
ミーカイルに敗北した時にそっちに渡っていたのだが、俺と同盟関係が成立した際に、ミーカイルのヤツからぶんどって返却しておいたのだ。
「は、ハイ、ありがとうございマス……!」
「お、お待たせしました、カイトシェイドさん! こちらは、大丈夫ですよっ!!」
美少女が美少女を抱きかかえているのは絵になる。
……うん。恩を売って置いてよかった……ありがとう、ラフィーエルさんッ!!
「姉さぁぁぁぁんっ!! 良かった、無事でっ!!」
「ちょっ! さ、触らないでくださいっ!!」
「嫌がる姉さんも可愛い! ね、ね、ね、10000回だけでいいから僕とまぐわっ!!」ごいんっ!! ばちん! ごすっ!!
こちらはうっすらと青く光る剣でスゴヤミの触手を切り裂いてルシーファのヤツを救出したのは良いとして……秒でセクハラかまして反撃を喰らっている。
……「一万回」って「だけ」って言わないよな? 普通。
シスコン変態魔王健在だ。
……コイツは、ルシーファを餌にすれば簡単に釣れると思ってましたよ……
「か、カイトシェイドっ!! これに頼るなんて、どういうことですか!?」
「ああっ、姉さんの汗のニオイ……最高のフレグランスッ……!」
「こ、これ以上、近づいたら攻撃しますよっ!!」
即行でミーカイルの腕から抜け出して俺の背に隠れるルシーファ。
背中の羽をふわっふわに逆立ててぷるぷるしている。
だが、スゴヤミのヤツはヘラヘラ笑いを止めて、少しだけムスっとしたへの字口になっている。
「遅くなってごめんなさいね、カイトシェイドくん……あらあら、これは厄介なタイプの敵ねぇ……私の【能力鑑定】でもほとんどが『エラー』なんて、はじめてよ」
何やら俺に能力UPの補助呪文らしき魔法をかけつつ、リヴァイアさんがぬるりと足元から湧き出てきた。
その表情には笑みが浮かんでいるものの、かなり引き攣っている。
「……注意して……彼のステイタス、特記事項に『【現実改変】』ってスキルがあるわ」
「はぁ……これだから、魔王は……群れると厄介なんだよね。『ここから消えて』よ」
今までとは違う、明かに険を含んだ声。
パァン!! ぼふんっ!! ばしゅっ!!
「なっ!?」「えっ!?」「きゃっ!?」
ミーカイル、ラフィーエルさん、リヴァイアさんの三人が不可解な音と共に掻き消えた。
「な、何をしやがった!?」
「あー、安心してくれていいよ。それぞれの本拠地におかえりいただいただけだから。さすがの俺でも【代償】無しに魔王を封印はできないもん。ま、でも、ココに近寄らせない程度のことはできるけどね? いやぁ、残念だねぇ、折角援軍を呼んだのに。『配下召喚』『ダンジョン・クリエイト』『同盟・出向要請』……これで、かーくんの手持ちの能力はオシマイかな?」
勝ち誇った様子でその口の生えた触手をサタナスの顔の前でゆらゆらと揺らすスゴヤミ。
その様子に、ネーヴェリクとルシーファの二人が戦闘態勢を取った。
ネーヴェリクは己の身体の一部を黒い剣に変えるアサシンスタイル。
ルシーファは、この短期間でまた男に戻るのは流石に無理らしく、防衛専守の構えだ。
スゴヤミのいうとおり、今、俺の切れるカードは【大魔王の加護】による魔法でのガチンコ勝負……くらいのものである。
本当にどうしようもない時に切れる最後の奥の手がないわけではないが……ぶっちゃけ、それは使いたくない。
「うん。じゃ、かーくん達の魔法は封じさせてもらおうかな~、今の俺じゃ、【現実改変】が使えるのはあと1回だけだけど、じゅーぶんだョ……」
ばぐんっ!!
「「「!!??」」」
何が起きたのか、一瞬……分からなかった。
それは、俺達だけではなかったらしい。
スゴヤミの目の生えた触手たちが、一斉に千切れて消えたおしゃべりな「口」を見つめる。
その瞳の一つ一つには明らかな狼狽と「ばかな」という絶句の文字が躍っていた。
「ルヴォォォォオオオアアアアアアアアォォォォ、カカカカ、カイ、カイカイ、カイト、シェシェジェ……」
ぐわしっ、ミチミチ…… ばぐんっ!! ばぐんっ!!
「さ、サタナス、様……デスか?」
ネーヴェリクの声が妙に大きく聞こえたのは、気のせいではない。
信じたくない……というより、信じられない、あまりに現実味の無い風景だったからだ。
そう。
スゴヤミの操り人形でしか無かったはずのサタナスが、触手精霊を喰らったのだ。
「ガアアアアアアァァァァァァァァァッァァァァァ!!!」
ばくっ、むしゃっ、ごくんっ!!
さらには、スゴヤミの触手をひっつかんだサタナスが、その目玉の生えた触手を己の背から毟り取っては口に運び、飲み込んでいる。
「ゆ、ゆる、ゆるるるるゆゆゆるる、カカカ、ゆるさ、さささ、なななななな……カイカイ、シェシェ……余、よよ、余、ヨ、ヨ、ヨ……」
きゅげえええぇぇぇぇ!!!
悲鳴にならない悲鳴を上げて、背中の触手たちが、サタナスの身体を、顔を、魔核を、ボコボコと殴りつけている。
その様子は、明かに、異常。
しかも、サタナスは呂律がおかしい。ガクガクとただならない痙攣を引き起こしているのに、喰らい、飲み込む動きは止まらない。
やがて、ボキリ、と内側から音がして、その首が不可解な方向に捻じ曲がった。
「ひっ……!」
狂気に満ちた瞳と目が合ってしまったルシーファが小さく悲鳴を漏らす。
そんな状態でありながら、喰らう事を止めないサタナス。
キィィィィィィィィィ!!! ギィィィィィィィィィ!!!
ヴィィィィィィィィィ!!! ビィィィィィィィィィ!!!
【深刻なエラーが発生しました】【深刻なエラーが発生しました】【深刻なエラーが発生しました】
はぁっ!?
その時、天の声による緊急事態らしき宣言が響き渡った。