175 魔王リヴァイア
結局、飲んだくれピエロは、本当に「観光」以外、何もせずに帰って行った。
こちらは、一応、ベータやドエムン、陰からはオメガとアルファにも手伝ってもらって、何か罠や遅効性の呪いでも振り撒こうとしているなら、抹殺するつもりで見張っていたのだが、完全に拍子抜けだった。
本人的には『あの世界樹に群がっているコバエ共を一匹ずつ魔力弾で打ち抜きたいのに、止められてて何もできないズン』とか『こんなに可愛い子がいっぱいいるのに、一人も拷問したり犯したり殺したり出来ないなんて酷いズン!』などと腐った事を言っていたので、マジでサタナスの野郎に止められていたようなのだ。
実際、ヤツは一度、俺の目の前で、酒場のウェイトレスのお嬢ちゃんのお尻をさわろうとしたのだが、何らかの強制停止の魔法が発動し、彼の右手は決して少女に触れることが出来なかったのだ。
その時の絶望と悔しさに満ちた表情は演技とは思えないくらいリアルなものだった。
サタナスの野郎、本当にこのピエロに何をさせたいんだろうな……?
アイツの事だから……純粋にこの外道道化師野郎を混乱させたいだけなのか?
趣味も嗜好も違い過ぎて思考回路が理解できんなぁ……
あの簡単な謎解き扉で詰まっちゃうような魔王だもんなー……そりゃ、理解できっこないか。
まぁいいや。
警戒だけは怠らず、ダンジョンの成長に力を入れよう。
俺がそう考えて、お土産片手に帰って行った道化師を見送ってから数日後……
ハポネスではまたしても珍しい来訪者を迎えていた。
「はじめまして、じゃねーな。魔王カイトシェイド殿」
「ええ、まさか、魔王リヴァイア殿がハポネスに、突然来訪されるとは思いませんでした」
……うん。ダンジョンポイント美味しいです。ご馳走様です。さすが魔王。
だけど、リヴァイアさんって、第七魔王会議の時はドロドロしたスライムみたいな不定形だったんだけど、人間のフリをするときは、結構ダンディなおじ様系なんだな。
「ははは、そりゃー、ある程度年齢が上の男の姿が一番面倒事が少なくて済むもんだぞ?」
へー……なるほど。確かに、俺くらいの見た目だと「若造」って侮られる事もあるな。
「……でも、別にカイトシェイド殿がこっちの方が良いっていうなら……お姉さん、サービスするわよ?」
と、リヴァイアさんはシュルシュルっと夕方の海の色の髪を持つ美女の姿へと変化する。
たぷん、たゆんと揺れるお胸の山脈はラフィーエルさんとタメを張れるようなぷるぷる特盛ダイナマイトだ。
恐らく声帯も変化しているのだろう。
声まで色っぽい響きの女性へと変化している。
「いや、どっちでも良いですよ?」
「あら? そうなの? 若いのに淡泊ねぇ?」
そう言われてもなァ……あの不定形とおっさん姿を見た後の美女だろ?
興奮しろと言われましても……
「で、今回はどんな要件です?」
「うふふ、単刀直入に言うわね。私と戦って欲しいのよね」
……魔王って、みんなこんな好戦的なのか?
「ダンジョンバトルですか? 戦闘ルールは?」
「ダンジョンバトルじゃないわよ。魔王同士のガ・チ・ン・コ勝負よ」
ウィンクしながらガチンコと同時のタイミングで股間からキノコを生やすな。
何かのオマージュのつもりか。
コイツ、見た目は美女になってもアタマの中身は絶対おっさんだろ!!!
どういうつもりか知らないけど、魔王同士のガチンコというなら、双方の合意が必要なはず……
戦闘場所がここハポネスと言うなら、このカイトシェイドさんは簡単には負けませんよ?
「はぁ……まぁ、戦うのがハポネスだというならお受けしますけど……で、戦闘ルールはどんなものが希望です?」
「もちろん構わないわ。……ん、そうね。何でもアリ・どっちかが敗北を認めたら、でどうかしら?」
いたずらっ子のようにペロリと舌を出すリヴァイアさん。
ミーカイルからは、リヴァイアさんとラフィーエルさんは頭脳派で、ベリアルとジブリ―ルさんとバールさんは脳筋派と聞いていたのだが……当てにならねぇな……
【魔王カイトシェイドと魔王リヴァイアの一騎打ちが承認されました!】
間髪入れず天の声が響く。
「良いですよ? じゃ、闘技場へ行きますか」
「その必要は無いわ」
!?
「勝負開始よ?」
……ガタン!
思わず応接室の椅子から立ち上がってしまった俺を後目に、「勝負開始」を宣言したリヴァイアさんは悠々と笑みを浮かべて微動だにしない。
この屋敷は、一応『ダンジョン』の一部……というか、ぶっちゃけ寝室にコアを置いてある心臓部にあたる建物だから、滅多な攻撃で壊れる訳では無いが、家財道具一式はそうはいかない。
この応接ルームの家財道具はベータやショーギル殿に揃えて貰ったそれなりに高価な品だ。
ぶっちゃけ、俺はあんまりこういう見た目部分についての知識は弱いから、来客がある応接ルームだけはお金をかけているのだが、それ以外は殆どダンジョン・ポイントを流用して家財の配線などをしている。
つまり、応接ルーム以外なら、多少壊されても自力で直せるのだが、ここだけはそうもいかないのだ。
やめて! この部屋だけは壊さないでっ! 後々ベータに文句言われるの俺なんだからな!!
「そして、私の負けを認めるわ」
「……………………は?」
【おめでとうございます!】
【魔王リヴァイアは敗北を認めました!】
【魔王・カイトシェイドは一騎打ちに勝利しました!】
【魔王・リヴァイアを捕虜にすることができます!!】
いや、いや、いや、いや、いやっ!!!
待て、ちょっと待て、戦ってないよ!? 何も戦ってないよ???
怒涛の如く頭に響いて来た天の声に思わず全力でツッコミを入れる。
「ふふふ。どう? カイトシェイドくん、私が欲しいかしら?」
敗北を認めたはずのリヴァイアさんが、何故か蠱惑的な勝者の笑みを浮かべて、さらにゆったりと背もたれへとその妖艶な身体を埋めたのだった。