174 酒場にて
「もー、サタナスの野郎、何考えてるのか全然わかんないズン~」
「だよなー」
「ハピネス? この街も訳わかんないし~~」
「ハポネス、な。えー? そうか? こっちは分かりづらく無いだろ? いい街だと思うけどな?」
「街の半数以上の人間たちに天使の羽が生えてるって異常ズン! 一応、ココに天使が居るから目星は付けておけって言われたのに、これじゃ全然……って、誰ーーー!?」
ドエムンから報告を受けた俺は、ハポネスの酒場へ直行していた。
結局、あの大七魔王会議は、想定よりも早く……そして、サタナスとジブリールのヤツが、お互いに戦う事が確定した以外に大きなトラブルも無く終結したのだ。
そのため、まだハポネスの街にサタナス直属の魔族が観光に来ているとの情報を得て、ここに来た、というわけなのだ。
そして、酒場街の一角で、明らかに魔族と思しき矢印型の尻尾を持った道化師の男が、酒をかっくらいながら愚痴をこぼしていたのを発見。
「まー、まー、それより、なんかサタナスの野郎に苦労させられてるんだって? 今度はどんな無茶振りだ? ホラ、これは俺の奢りだぜ」
と、言って、おれは、この酒場で一番良い酒を一本開けてやる。
「ん~、ボクちゃん、これ好きかもー」
ふふふ、魔族も、酔わす『銘酒・星の乾杯』をとくと味わえー!
そんな訳で、その道化師の愚痴からの情報を整理すると……
どうやら、サタナスのヤツ、色々有ってかなり弱体化していたらしい。
そこに目を付けたのが魔王・ベリアル。
サタナスの持つ【大魔王の加護】を奪い取る計画だったそうなのだ。
この【大魔王の加護】……【精霊の加護】と同時に入手できれば、『魔神』にクラスチェンジが可能になるかもしれないスキルなのだとか。
一応、おれも【大魔王の加護】なら持ってるし……【精霊の加護】ってアレだろ?
あの、ボーギルが食らっちゃった例の絶倫技能の事だろ?
……魔王ベリアルさんは、天使やアンデッドや同性にでも懸想してたんかな。
まぁ、動機はどうであれ、サタナスの野郎を魔王城まで追い詰めたところ、何故か突然『魔王城』が崩壊し、それと引き換えにヤツは一気にパワーアップを果たしたようだ。
「魔王城の崩壊!?」
「あれはビックリしたズン……」
まさか【迷宮代償】でも使ったのか?!
あそこまで育ったダンジョンを自壊させるのであれば、あの、不可解なまでの強化と返り咲きは考えられる……
しかし、大魔王と呼ばれた先代の最強迷宮『魔王城』を……
いや、いつかは消え去るとは思っていたけど……
何だか、謎が一つ解けた気がした。
しかも、【大魔王の加護】まで消し飛ばし、半神として復活したのだそうだ。
そう言えば、スゴピカのヤツがサタナスは「聖属性」のヤツを3人喰えば神になれる……とか言ってたな。
「あー、そうだズンよ~。サタナスの野郎から『ハポネスに生きた天使が居るはずだから、探しておけ』とは言われたズン。あとはー、どっかに昔の『天使の欠片を持ったアンデッド』が居るとか~、人間族の中に『光の勇者』が居るとか~……」
ふむ? 一応、あの三人を探してはいるんだな。
「でも、この街、天使ばっかりズン!!!」
「天使ばっかり?」
道化師の男が酒場の窓から指差す先には、うっそうとした世界樹の枝が広がっている。
その木に群がるように、幾人もの人影が、パタパタと背中の真っ白な翼を羽ばたかせて、世界樹の花や新芽を摘んでいた。
「あー……あれな?」
実はこれ……当然だが、ホンモノの天使ではない。
単に『天使みたいに背中に羽を生やして空を自由に飛べるようになる魔道具』を使っている一般人だ。
ホラホラ、よく見ると、中には獣人……猫や犬みたいな尻尾や耳を持った子供達も居るだろ?
この世界樹の樹……余程ここの環境が気に入ったのか、物凄い速度で日々成長しており、ルシーファだけでは新芽や花の収穫が全然間に合わない。
そこで、ラフィーエルさんにお願いして、収穫用の飛行魔道具を大量に作って貰ったのだ。
これを持っている者同士での衝突を避けたりすることができる仕様だ。
それでも木の枝とかにぶつかってしまったり、頭をぶつけて意識を失ってしまったとしても、一番近くの安全な地面までゆっくり降ろしてくれる安全設計。
その代わり、移動速度は最速でも人が走る速度とそれほど変わりは無い。
この魔道具は、世界樹の新芽・花摘みのアルバイト(日給銀貨1枚・昼飯付き)を受けてくれたヤツに一人1個に限って贈呈している代物だ。
なお、使う前には己の魔力を魔道具に登録する必要性があり、一度登録したら取り消すことができないので、転売は出来ない。
それでも、このバイト……ハポネスの人間達も、半数以上が1回は参加してるんじゃないかなー? ってくらい人気のバイトなのだ。
まぁ、自由自在に空を飛んでみたい、というのは人間のあくなき欲求の中でも、かなり上位であるらしい。
確かに【浮遊】の魔法は、単なる【風魔法】習得だけよりも、少し特殊な才能が無いと、扱いが難しいからな。
あのショーギル殿とか……果てはダーイリダ卿までも嬉々としてバイトに参加してたもんなぁ……
曰く、『浮遊の魔道具に近い代物が、ほぼ無料で手に入るなんて参加せざるを得ない』との事。
「……つー訳だ」
「もーーーーっ!! そんな中から本物の天使なんて、全然探せないズン!! しかも、【蘇生魔法】まで使えるようなヤツもゴロゴロしてて、魔力量で目星も付けられないしっ!!」
確かに……冷静に考えたら、回復魔法のスペシャリストで、蘇生魔法まで使えて、人当たりが良くて、人望があって、天使の翼(の魔道具)を持ってるザヤックさんなんかは、下手なホンモノより天使だよな……
ハポネスの人間達も結構、強くなっているからなー。
これも、ひとえに俺の地下ダンジョンでゴブローさん始めとする魔族達との切磋琢磨の賜物である。
でも、この街で『天使が冒険者ギルドに住み着いている』って結構有名なんだけどな?
この酒場のマスターに聞けば教えて貰えるレベルの話だと思うんだが……
どうやらこの男、きちんと人間達に聞き込みをして情報収集を行うようなタイプではないらしい。
「なるほど、苦労してんだな」
「そうなの! 分かってくれるズン~? そんで、そんで~、ダメなら『闇に振り切れ』とか~……何か、無茶苦茶ズン……」
「闇に振り切れ?」
こちらは、聖属性の者を捕えられない場合に、魔王級の強さの魔族を倒し、倒した相手の魔核を代償に力を引き出すやり方だそうだ。
「そーなの。ボクちゃん、そのどっちも出来るように準備しろ、なんて言われても~、困っちゃうズン」
俺は、思わず自分で視線が鋭くなってしまったと自覚した。
幸い、酒でべろんべろんのこの道化師は気づいていないらしい。
鼻歌交じりに、次の酒を空けている。
「へー、なるほど……な」
だから、あの時、あそこでジブリールに宣戦布告した、という訳か。