172【サタナスside】その頃の返り咲き魔王
「ほほぅ……『氷雪のダンジョン』か」
どかっ、と。
目の前の男の言葉を聞いたサタナスは、新たな椅子に腰を下ろす。
そこは、元・魔王ベリアルの玉座であったと思しきところだ。
「うぐ……っ」
その着席の衝撃に、椅子が小さくうめき声を上げた。
良く見れば、それは椅子ではない。
玉座に全裸で四つん這いになっているのは、年の頃なら20代後半くらいの立派な体格の男だ。
一見、銀の髪の美丈夫だが、その白目は真っ赤に染まり、尾てい骨あたりから、淡い紫色のウロコを持つ尻尾が生えている。
サタナスが腰を下ろしているのは四つん這いになっているその男の背だ。
どうやら、かなり激しい戦いの後なのか、全身至る所に傷が付けられている。
男の表情は下を向いているため良く分からないが、決して満足している顔ではない。
事実、ときおり「ガリリ……」「ギリリ……」と悔しそうに猿ぐつわを噛みしめる音が響いて来る。
おそらく、ここにラフィーエルかミーカイルが居れば、元・魔王であるベリアルの無残な姿に顔をしかめるか、目を反らせるに違いない。
簒奪者に敗北した者の末路は悲惨だ。
だが、サタナスにとって、これは教育の一環にすぎないようだ。
こうやって、長期間にわたる拷問により、心を完全に挫いてから、ゆっくり自分の陣営に引きずり込む算段なのだろう。
「余の歓迎を兼ねた大七魔王会議はそこで開催すると?」
「そ、そのとおりみたいズン! この変態使者が言うには、魔王カイトシェイドのとこrがふぁっ!!!」
『魔王カイトシェイド』という名が、脇に控える道化の口から飛び出した瞬間、サタナスの拳が道化の頭を砕いた。
だが、砕かれ、飛び散った肉片は、うごうごと、再び元の位置に集まりはじめる。
そしてしばらく後には、最初の時と変わらない道化の顔がそこにあった。
「余が会話をしているのは、貴様ではない」
「ひ、ヒィィ……も、もも、も、も、申し訳ありませんズン」
「誰のおかげで『死霊道化』として復活できたと思っている?」
「それはもちろん、偉大なるサタナス様のお力のおかげズン!! ズンズンピエロ改め、このドーケッシー、誠心誠意☆サタナス様にお仕えするズン!!」
「ならば、しばらくは口をつぐんでいろ」
「……っ!!」
明らかに冷や汗を滴らせ、コクコクと頷く。
それでも幼児がするように、お口を縫い合わせる真似をして、ぎゅっと口を閉じるあたり。
流石、腐っても道化である。
サタナスの目の前に居る……自分とよく似た顔を持つ男が、赤と緑のオッドアイを輝かせて微笑む。
胸元に魔核を抱いた竜の紋章を取り囲むように六角形に結ばれた縄。
裸に亀甲縛り……下半身はズボンを着用しているのがせめてもの救いか……
「んんんッ!! では、わたくしめが答えるべきですな? そのとおり、開催地は魔王ラフィーエル様の管理する『氷雪のダンジョン』ですぞ!」
だが、この使者の男もなかなか肝が据わっているようだ。
元・魔王のベリアルが椅子にされ、明かに高位魔族の頭が吹っ飛ぶ姿を目の当たりにしても、それらを少し羨ましそうに見つめている。
「ふんっ……」
びゅがっ!!!
一閃。
半神となったサタナスの一撃が使者の男の胸に炸裂する。
だが、
「んほぉぉぉぉッ!!! 熱い一撃ッ!! 実にイイですぞ! も、もっと激しくっ!!」
使者の男は涎を垂らさんばかりに頬を上気させ、その一撃を胸元で受け止め恍惚の笑顔を見せている。
きゅどどどどどど……ッ!!
連撃の魔力弾が炸裂するも「あぁん、激しいィィ!!」とか「そこをそんなに攻められたらおかしくなってしまいますぞォォォ!」とか「あひぃ、それ、しゅきぃぃぃぃ~~~!」とか……明らかに嬉しそうな声が響き渡る。
一度頭を失ったはずの道化が、どん引いた目で、くねくねと嬉しそうに攻撃を受けまくる男を見つめていた。
サタナスはその使者を愉快そうに一瞥した。
「まぁいい。……余は今、気分が良い。あのカイトシェイドであっても共に握手を交わせる程度には、な」
「おお、それはあるじ殿が喜びますぞ!!」
先ほどの攻撃は文字通り「ご褒美」としか感じていない様子の使者に、流石に一瞬こめかみを引きつらせるサタナスだったが、それでも、唇を薄く笑みの形に吊り上げた。
「そこで……ドエムンと言ったか? 確か、貴様等のダンジョン・ハポネスは『むやみに敵対しない場合は高位魔族であっても歓迎する』と聞いているが?」
「んんん! それはもちろんですぞ!! ハポネスは風光明媚で良いところですぞ? ネーヴェリク様の創っていただいた温泉は最高ですし、冒険者ギルドには世界樹の木も茂っておりますぞ! 近くの海では美味しい海産物が良く取れますぞ!!」
「そうか……ではドーケッシーよ。ハポネスには一切危害を加える事なく、その男に付いて観光でもして参れ」
「!?」
サタナスの意外な命令に目玉を丸くするドーケッシー。
「んんん!! それなら、きっとあるじ殿も歓迎しますぞ!!」
「話は了解した。では、期日には『氷雪のダンジョンに向かう』と伝えるが良い」
ドエムンを謁見室から下がらせると、流石に我慢が効かなくなったのだろう。
ドーケッシーが不思議そうに首をかしげ、今にも何かを叫びそうだ。
「良い。発言を許すぞ、道化よ」
「ど、どういうことですか? ボクちゃん、ホントに、ただ、何もしないで、観光するだけ?」
「そうだ」
「可愛い子がいたら食っちゃったり、ヤっちゃったりするのもダメダメのダメ??」
「そうだ。完全に禁止だ。破ったら、余自ら貴様を消滅させてやる」
「????」
明らかに、解せない様子の道化を後目に、サタナスはニヤリ、と何やら不吉な笑みを浮かべたのだった。