157【サタナスside】そのころのただのデーモン(転)
(くそっ……くそぉっ……!)
サタナスは、あのトチ狂ったピエロに切断された腕を見事に癒して見せた獣人娘から飛び出した忌々しい土地の名前に逆上し、咄嗟に攻撃を放ってしまった。
だが、それこそが、あの厭らしい土地に生まれ育った者の狙いだったのだろう。
サタナス渾身の一撃を鼻先で嘲笑うかの如く、ゼロ距離で反射してみせたのだ。
屈辱感で心臓が軋む。
しかも、その受けるダメージが瀕死ダメージであると認識されたのだろう。
強制的に【大魔王の加護】によりその身体を『魔王城』へと呼び戻されたのだ。
「わわわわ~、ボクちゃんびっくりだズン! 尻尾を巻いて逃げだしたはずの、ダメダメの、ヨワヨワの、ボロボロのサタナスを見つけたズン! あれあれ~? 何でちぎってあげたはずの腕が戻ってるズン? ん~、でも、まぁ、良いズン……アホアホのサタナスを捕まえて戻れば、これでボクちゃん、ベリアル様に怒られなくて済むズン☆」
「……くっ!」
「も~、ダメだズン☆ 【大魔王の加護】を取り外そうとした途端に逃げ出すなんて~、ベリアル様、プンプン、カンカン、プンチンカンチンズン!」
ほっぺをぷくっと膨らませて、道化的に怒りを表現するズンズンピエロ。
その姿は、滑稽でありながら、背筋を凍りつかせるような狂気を孕んでいた。
【大魔王の加護】には、それを持つ者同士を殺すことができない以外に、瀕死ダメージを喰らうと、自動的に『安全地帯に強制移動』させる能力がある。
だが、この加護の真の価値は別にあったのだ。
それは、この加護と、もう一つ【精霊の加護】を持つ者は『魔神』へと進化を遂げることができる……というものだ。
その真偽のほどは不明である。
だが、それが『誠か』『嘘か』は、この際どうでもいい。
ただ確実なのは、ベリアルの狙いが、サタナスから【大魔王の加護】を吸収する事にあった……ということだ。
吸収する、とは、当然サタナスの消滅を意味する。
こんな話に乗る事など、当然、できなかったのだ。
それを知って、魔王・ベリアルと、このふざけたピエロの目を掻い潜り逃げ出したのだが、ただのデーモンが魔王とその側近から簡単に逃げおおせられる訳もなく。
呪いと致命的な攻撃を喰らった事により発動した【大魔王の加護】にてサタナスが『魔王城』に強制移動する、という事を突き止めたベリアルは、配下であるこのピエロを『魔王城』で待ち伏せさせることにしたのだ。
本来『魔王城』はサタナスにとって安全な我が家のはずである。
だが、管理を怠り、放置し、時には八つ当たりばかりしていたダンジョンは、すでに安息の地ではなく……
「わわわわ~、それにしてもこの『魔王城』は罠がたっぷりでホントめんどくさかったズン……」
主であるはずのサタナスにとって、完全に『敵』でしかないピエロを招き入れてしまっている。
だが、魔力量も攻撃力も、今の……ただのデーモンでしかないサタナスにとっては、絶望的なほど、強い相手だ。
「くそっ!!」
サタナスは一目散にその場から逃げ出す。
後ろから「わわわわ~、逃げるなんて、ずる~~い、待て待て~、ボクちゃん、八つ裂きにしちゃうゾ☆」と、おっさんの体型から吐き出された声にしては気色悪いほど甲高い声が響いている。
「!!」
サタナスは、見覚えのある空間へと飛び込むと、その中央で光輝く玉に対して祈りを込めて命じた。
「よ、余を助けよ!!」
その言葉に応え、シュン、と音を立て、結界のようなものが出入口に張り巡らされた。
サタナスが逃げ込んだのは、ここ『魔王城』の全てを管理する『コアルーム』だったのだ。
『わわわわ~、サタナスの癖に、結界を張って逃げ込むなんてズルいゾ☆ え~い、ボクちゃん、こんなの壊しちゃうんだから~☆ えいっ、えい~!』
ゴゴン……ズズン……
軽い感じの声とは裏腹に、『コアルーム』の結界を力業で打ち破るべく、ズンズンピエロの攻撃が響いてくる。
本来、ここまで育った『魔王城』のコアルームは異空間へ独立させる事が可能なはずだ。
だが、サタナスがあまりに放置しすぎていた結果、ダンジョン・ポイントを生み出すはずの住人は全て逃げ出し、その場に存在するだけでダンジョン・ポイントを消費していく罠やギミックの存在が、むしろマイナスに働き……結果としてダンジョン自体のレベルが徐々に低下していたのだ。
このままでは、この結界が打ち破られるまであまり時間は無さそうだ。
「く、くそっ……何か……何か無いか!?」
サタナスは、ここに来てようやく、部屋中に散らばる書類をガサガサと漁った。
これは、以前にルシーファが何とか魔王城の管理をしようと集めた資料の一部だ。
マドラが資料をぶちまけてしまってから、恐らく誰も中に入って作業をしなかったのだろう。
順番などは、もはや滅茶苦茶。
バラバラの情報の破片にすぎない紙の束だ。
だが、ミシミシと歪む結界の悲鳴を聞きながら、何とか起死回生の策を探る。
「くそっ……くそっ……何か、何か……」
ガサガサガサ!
ゴキブリのように床を這いずりまわって纏められた資料を漁る。
「……空調設備!? 要らん!! 封魔回廊……もう遅いわ!! 迷宮代償……迷宮、代償? 迷宮を……この『魔王城』を自壊させることで奇跡を起こす……だと?」
サタナスが見つけたのは、果たして……パンドラの箱の最後に残った希望だったのだろうか。
ゴゴン……ズズン……
迷っている時間は無い。
サタナスは、コアルームの中央で光っているダンジョン・コアに手を添えると、魔力を注ぎ込みながら叫んだ。
「迷宮よ! ……最強の迷宮『魔王城』! 迷宮そのものを代償とし、余に力を与えよ!!!」
ビキビキビキビキッ!!
迷宮の命とも言えるコアに無数の亀裂が走る。
と、同時に、恐らくわずかに残っていた居住空間やら栽培施設やらが崩れ落ちたのだろう。
遠くから物悲しい地響きが聞こえて来た。
「自壊せよ!! 【迷宮代償】!!」
パァンッ!!
【迷宮『魔王城』を代償として、デーモン・サタナスの存在のステージを上昇させます!!】
【デーモン・サタナスは、ハイ・デーモン、アーク・デーモン、グレーター・デーモンを経て、半魔神・サタナスにクラスチェンジすることができます!!】
「おおっ!」
4段階アップなど、聞いたことが無い。
思わず、頬がにやけると同時に、使いこなせさえしていれば、この迷宮にはそれだけの価値があったことに今更ながら愕然とする。
【その場合、スキルが再構築され『大魔王の加護』は消滅します!】
【進化を実行しますか?】
「む、無論だ!!」
迷宮の断末魔とは裏腹に、急激で、そして圧倒的な力が自身に流れ込んで来たことを感じる。
だが、それと同時に、もう、後がない……という事を否応なしに感じ取ることができた。
もう瀕死ダメージを肩代わりし、安全地帯まで移動させてくれる加護は存在しない。
「なななな!? 何なの!? ねぇ、これ、何なの!?」
突如始まった崩壊に、ズンズンピエロは魔力障壁を張って必死に耐える。
「……待たせたな、道化よ」
「ふぉっ!?」
だが、ズンズンピエロは、姿を現したサタナスを目の当たりにして声を失う。
「よかろう、魔王・ベリアルよ!……まずは、貴様を魔王の座から引きずり下ろし……そしてあの憎きカイトシェイドめをわが手で引き裂いてくれるわ……!」
サタナスの叫びと道化師の断末魔が、更地になった魔王城の跡地に響いた。
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これにて、第3章も完結です!!
ココまでお読みいただき、ありがとうございました!! 引き続き、よろしくお願いします!