156【ウサミンside】乞食さんを治療してあげよう!
カイトシェイド様に頼まれたダンジョン探索は予定通りの日程を経て、無事に幕を閉じました。
あの特殊な【期間限定】ダンジョンは、ある種の殿堂入りを果たし、その結果、親ダンジョンである『ハポネスのダンジョン』と『氷雪のダンジョン』はどちらもかなり有名になったようです。
カイトシェイド様から、無事終わったと聞いた時は本当に安心しました。
だって、敬愛するカイトシェイド様ですもの!
あんな……は、破廉恥なダンジョンになんて、負けるはずがありませんわ!!
もう、冒険者の皆様ったら、下品な奇声を上げて大喜びするんですもの、近くに居たこっちが恥ずかしいです!
ウチのコギッツは、まだ子供なのか、あまり気にしていないように目を反らしていたのが、せめてもの救いです。
「あらっ?」
「ウサミン姉さん、どうしたんスか?」
「ねぇ、コギッツ……あそこ、誰か居るわ」
私とコギッツが迷宮都市・ラビリンからハポネスへの帰路の途中、うずくまったまま、モソモソと動いているご老人の姿が目に留まりました。
そのご老人はおそらく何らかの事故や戦で右腕を失い困窮したのでしょう。
顔を見せないようにローブを目深にかぶり、背筋を曲げて俯く姿はとても痛々しく感じます。
「あ、本当っスね……ウサミン姉さん、ちょっと待ってて!」
私の言葉に、コギッツは、あたりを警戒しながら彼に駆け寄りました。
コギッツは、私より2つ年下なのに、すでに冒険者としていろいろな経験を積んでいるんです。
街と街をつなぐ街道沿いには、乞食を装って人を襲う盗賊さんが出る可能性があるから……と、私には【月魔法】を自分にかけて待っているように、と指示をしてから飛び出していきました。
「……おーい、大丈夫っスか~?」
でも、今回は本当にあのご老人お一人だけのようです。
子供の頃から、こうやって、困っている人にはさっさと手を差し伸べる彼は、かなり色んな女の子達から大人気なんですけど……
それなのに「良いんスよ、俺、孤児院の手伝いも、治療院の手伝いも嫌いじゃないし」と屈託なく笑って、いつも私の手伝いをしていて……
今回も、カイトシェイド様の依頼と私の経験値を稼ぐために、ダンジョン都市・ラビリンへ付き合ってもらったし……
そろそろ早い子なら、独り立ちして家庭を持ってもおかしくないのに「コギッツは好きな女の子とか、居ないの?」と聞くと、何故か、お耳をへしょっと伏せて、言葉を濁すのよね。
……お姉ちゃんは、ちょっと、そこが心配です。
「ウサミン姉さん、大丈夫っスよ~」
コギッツがわたしを呼び寄せてくれました。
私たちが見つけたご老人はどうやら飢えと疲労で座り込んでしまっていたみたいです。
「す、すまぬが……余に、何か……食べる物を恵んで……くれぬか? ……何日も、まともに飯を食っておらん……」
ボロボロの洋服にひび割れた唇、そして切断され肘から下が無い右腕。
……おそらく、冒険者さんが怪我により仕事を受け負えなくなってしまい困窮した、と目星を付けさせてもらいました。
冒険者という職業は、こういう時のために良質のクラン等の互助会的な組織に加盟しておかないと危険。
一気にセーフティーネットから零れ落ちてしまう可能性があるんです。
どうやら、両足共に何らかの怪我を負っているのか、足だけが尋常とは言えない痩せ方をしていらっしゃいます。
むしろ『痩せている』というより『枯れている』と言う方が自然な有様です。
これは「何らかの魔法や呪いの効果の可能性が高い」と以前カイトシェイド様が治療院で似たような怪我の治癒の際におっしゃっていた話を思い出しますね。
ですが、ご本人は傷の痛みよりも、空腹の方がよほど、お辛いようです。
傷の治療もしてあげたいけれど、先にお食事かしら?
「まぁ、それは大変ですわ!……ちょっと待って下さいね。突然、消化に悪いものを胃に入れては、ビックリしてしまいますもの!」
私たちは、その老人の近くで一旦休息を取る事にしました。
私たちは、食べやすいスープを作ることにしました。
携帯食料の中から、比較的消化に優しい芋類を茹で、優しい風味の塩味と、弱った胃腸を整える薬草類、そして干し肉ではなく、ラビリンで購入したばかりの、まだ柔らかい燻製肉を細かく刻んで入れます。
これは、体力回復はもちろん、とても胃腸に優しい病人食です。体もポカポカになりますよ!
「ハイっス、どうぞ?」
「ッ……!」
出来上がったスープをご老人がすごい勢いでかっ込もうとするのを、私は、やんわりと止めました。
「ああ、いけません! そんなに急いでは、お腹がビックリしちゃいますよ? さ、ゆっくり、一口、一口、よく噛んでくださいね?」
「大丈夫っス。スープは逃げないっスよ?」
……ぱく、ごく、ごくごく、がつ、もしゃ、ずるっ、ぺしょっ!
しかし、ご老人は余程お腹が空いていたのでしょう。
最初こそ、ゆっくりとスープを啜っていらっしゃいましたが、徐々にその速度は加速し、鍋一杯のスープのほとんどを飲み干してしまいました。
「……ふぅ……」
彼がようやく人心地付くのを見計らい、私は、なるべく彼の不安を取り除けるように、柔らかな微笑みを浮かべました。
「さ、それでは、そちらの怪我……治癒いたしますわ」
「……治癒、だと!?」
「大丈夫っスよ、ウサミン姉さんも俺も四肢の再生くらいなら治療出来るっス」
コギッツのいうとおりです。
私たちはカイトシェイド様から【回復魔法】の能力を授けられております。
もちろん、ただ、使えるだけ……で終わらせないように、私も研鑽を積んでおります!
いつの日か、カイトシェイド様を超えることは無理でも、肩を並べる事のできる術者になることが目標です。
呪文を唱え、丁寧に魔力を注ぐと、男の切断されていた右手があっという間に再生されました。
それは、呪われたような足にも効果があったらしく、枯れ果てたような両足に、みずみずしさと筋肉とが戻っています。
正直、最初はかなりお年を召した乞食さんにしか見えませんでしたが、実年齢はもっとお若かったようです。
治療が施された手足は20代か30代程の働き盛りに見えます。
「ふぅ、これで大丈夫ですよ」
「……」
恐らく驚いて口が聞けないのでしょう。ハポネスではあまり珍しくありませんが、本来、切断された四肢を再生するのは回復魔法の中でもとても高度な術です。
ボロボロだった冒険者さんは元に戻った両手を閉じたり開いたり、両足をさすったりしながら呆然としていらっしゃいます。
「こんな所でどうしたんスか? もし、行く当てが無ければウチに来るっスか?」
「……どういう、意味だ?」
「ハポネスの街ではどんな方でも歓迎いたしますわ。それに、生きたダンジョンもありますから、冒険者として生計を立てるのは……」
バッ!!
難しくありませんよ、と続けようとした言葉を遮るように、突然、突風がわたしの身体を襲った気がしました。
「ハポネスだと……ッ!!」
「え? ど、どうしたんスか?」
カッ!! バシュッ!! どぉんっ!!
「「へ?」」
私には、正直、一体何が起こったのかよく分かりませんでした。
た、たぶん、『ハポネス』という名前を聞いた途端に跳ね起きた冒険者さんが、何やら光る魔力弾のようなモノをその口から吐き出したのですが、私が張りっぱなしにしていた【反射結界】に弾かれ、そのまま自分自身に直撃。
ぽてくり……ぱっ!
こんがり、と焦げた冒険者さんは、倒れ伏すと同時に姿が掻き消えたのです。
「え? ……さっきの方は??」
「な、何だったんスか?」
キョロキョロと辺りを見回しても、男性の影も形も……何もありません。
ただ、そこに残された焚火とカラッポのお鍋だけが、唯一、あの行き倒れの冒険者さんが夢ではない、と私たちに教えてくれていました。
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