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143【サタナスside】そのころのただのデーモン②


「がばばっ、ごぼべっ、ごばがばっ! ぶるふぁッ! はぁ、はぁっ……」


 サタナスは雄大な海に揉まれ、海水を何度も飲み、おなかも心もべっしょべしょになりながら、ようやく岸に這い上がった。

 元々、あまり綺麗だったとは言えない冒険者の服はそこかしこが破け、所々に千切れた海藻がくっついた姿は、もはや乞食の様相を呈している。


 ただのデーモンとなり下がったサタナスにとって、大海原は危険がいっぱいだったのだ。


「く、くそっ……はぁはぁ……あの人間どもめ……余の、はぁはぁ、空中浮遊の術を砕くとは……!」


 とうとう、彼自身が馬鹿にしている『人間ごとき』を相手にしてすら、このザマである。


 だぁんっ!


 怒り任せに殴りつけた岩は、いい音を響かせるものの、ヒビすら入らない。

 むしろ、海水でふやけた手に切り傷のようなものが刻まれる。

 ジンジン、と鈍痛を訴える腕にも怒りが湧いてきた。


「くそぉっ!!」


 ざっぱーーん!!


「うぼぉぉぉぉぉおおおっ!?」


 いらだって、さらなる拳を振り上げた途端、タイミングよく襲ってきた大きな波に全身を打たれ、その衝撃で波打ち際に転がされる、ただのデーモン。


 まさか、これが、少し前まで魔王だった生き物だとは、誰も想像できないに違いない。


「きゃはははっ!!」


 その時、突然、カン高い男の笑い声が響いた。


「く……な、何だ、貴様は!!」


 サタナスの視線の先には、でっぷりと太った中年の道化師のような男が宙に浮いている。

 どうやら、サタナスと同じデーモン族らしく、矢印型のしっぽをぶんぶん振りながら、こちらを馬鹿にしたような瞳を向けている。


「わわわわ~、ぼくちゃんびっくりだズン! 魔王サタナスがボロ雑巾みたいになっちゃってるズン! ウフフフ~、おかしいズンっ!」


 明らかに男でありながら奇妙にカン高い声できゃらきゃら嗤っては、ぶりっ子のようなポーズで両手を口の前で組んだり、腰をひねったりしている。

 だが、そのピエロ男の魔力量はなかなか侮れないものがある。


「ぼくちゃん、魔王・ベリアル様の配下、ズンズンピエロ様ズン! よろしくズン☆」


「……余に何の用だ……」


「ウフフフフ~、実は実は~、とっても朗報ズン! じゃじゃ~ん! 魔王・ベリアル様が、魔王サタナス……アッ、ゴメ~~ン、魔王じゃなくて、も・と、魔王だったネ、うっかり、うっかりズンっ☆ その、元・魔王サタナスを部下にしてやってもイイっておっしゃっていたから、スカウトに来てあげたんだズン」


 明らかにこちらを挑発するような様子に、流石のサタナスも顔をしかめた。


 現在の弱体化した状態を考えると、贅沢を言っている余裕が無い事は、流石のサタナスでも感じている。

 だが、このふざけた男について行くのは、気が乗らない。

 せめて、サタナスがアークデーモンのままであれば、すぐにでも八つ裂きにしてやりたいような態度だ。


「なんでも~、【大魔王の加護】を持っているサタナスをどーしても、どーしても、欲しいんだって! どうするズン? ぼくちゃんについてくる? 優しいぼくちゃんは、選ばせてあげるズン!」


 『選ばせてあげる』と言いながらも、彼の勧誘を拒否したら、このピエロはすぐにでも牙を剥く気満々なのだろう。抑えたくても抑えきれない愉快犯的殺気が、チラリ、チラリと顔を覗かせては、引っ込み、引っ込んでは、覗かせ……を、繰り返している。

 自分が、圧倒的強者であれば、この道化の態度を面白がってやることも可能かもしれないが、今はひたすら不愉快だ。


 ただ、これはある意味チャンスであるとも言えるのだ。

 魔王・ベリアルとやらに取り入り、このピエロを喰い、力を蓄え、やがて下克上を果たせば、魔王に返り咲くのも、きっと直ぐのはず。

 ココまで弱体化してなお、自分自身が正しいと信じて疑わないサタナスは、首筋に張り付いた海藻を地面に叩き付け、口元に笑みを浮かべた。


「……ふ、良いだろう。案内してもらおうか? その、魔王・ベリアルの元へ」


 サタナスの回答に、一瞬だけ面白く無さそうに鼻の上に皺を寄せたズンズンピエロだったが、すぐに、ニチャリ、とした笑みを浮かべる。


「はーい、それじゃ、一名様ご案内だよ~! 行くズンっ!!」


 果たして、この選択が凶と出るか、吉と出るか……

 ただ、サタナスは知らなかったのだ【大魔王の加護】の本当の力を。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  また濃いキャラというか油っこいキャラというか、妙な 奴が出て来ましたね。
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