もう一人の存在
序章
「じゃぁ、また明日な」
「おう」
放課後、帰る方向が別々な為、友人と正門で別れる。
俺は、南竜一。高校三年でまもなく卒業。進路も決まり、音楽関係の専門学校に進む予定だ。
「さっ、今日もコンビニ寄って…コーヒーだなっ」
正門から自転車を走らせる。程よく長い下り坂が続き、下りきったその先に幅の広い国道の交差点。コンビニはその交差点を渡った向かい側にある。
「今日は、あのお姉さん居たかな?」
コンビニでバイトしているお姉さんに最近顔を覚えられ、店に行く度声を掛けられる事が多くなった。実は、まんざらでもなかったりして?なんて考えるのも妄想膨らむ、男子高校生ならではの発想か?
今日もお姉さんが居ることを願い、交差点を横切る。その瞬間俺は宙に浮いていた。信号は青だったはずだ!
自転車のかごに入れてあったカバン、背負っていたギター、全てが投げ出されて飛んでいるのが一瞬目に入ったのを最後に、硬い地面に叩きつけられる。
「…っ!」
衝撃と共に今まで体験したことのない程の激痛が全身に走り、意識がなくなった。
「…あれ?俺、はねられた?死んだのか?」
しばらくして俺は見慣れない場所で気がつき、何があったのか自分なりに確認する。
見たところ大きな傷、流血、制服の破れは見当たらない。
手も、足も、首も動く。とにかく異常は無さそうだ。でも、さっきまで持っていたギターやカバンは周辺に落ちている様子ではない。
「一体何処だ?どう見ても病院じゃぁないな。真っ白だし…。誰かいますか~?」
とにかく、どうなったのか知りたい。その事だけで誰でもいいから人がいないか、声を出してみる…が、返答はない。ただその声は周りの白い空間に吸い込まれてしまう。
「もしかして、天国ってやつ?」
「いいえ、違いますよ。」
どこからか聞こえてきた、女性らしき声にビクッとした。今までの数分間何もなかったのに突然の事だから尚更。
恐る恐る、声の方向に視線を向けると、微かに人らしき影がうっすらと見える。
「あ、あの、ここは何処で、俺はどうなったか知ってます?」
見えた人影に合わせるように、俺も体を向け、歩み寄ろうとしたが、歩いているはずがその人影に近づいている様な感じがしない。声ははっきりと聞こえているのに。
「あれ?」
「ここは、人間界と天界の境目。竜一さんが解る言葉で言えば…サンズノカワ?ですかね。」
一瞬で凍りついた。
やっぱり、俺死んだんだ…
まさか三途の川なんて言われるなんて思ってない。でも、あれだけの激痛を感じたんだ…そう言われても仕方ない。
「本来なら、ここを通って天界へとお連れするのですが、事情があって呼び止めました。」
「事情って言われても、ちょっと動揺してて…」
落ち着け、落ち着けって自分に言い聞かせているのに、冷静に言われても反応に困るんだが。
「率直にお話します。神々を助けて下さい。」
なんか意味不明な事言われてるのは俺だけ?てか、俺しか周りにはいないけど。
「あの、せめて姿見せてもらえないのですかね?」
次々と不可解な事ばっかりで、動揺もへったくれもない。死んだのなら死んだで、静かにあの世でも何処でも連れていって、はい終わりです。で、いいじゃないか?
「今はまだ姿を出せないのです。声だけで申し訳ありません。」
「…もういいや。で、なんで神様が人間に助けてなんだよ。そもそも逆じゃない?人間が神様助けて!なら解るけどさぁ。しかも、俺死んでるなら更に何も出来ないよ」
なんかイライラする。死んだことないから経験無いけど、こんな事ってあるのだろうか?
「人間と神々は持ちつ持たれつな関係なんです。人間の祈りを受け、その祈りを願いを叶える力として還元しているのです。その祈りが少なくなって、神々の力が弱っているのです…」
そんな事言われても、願いが叶ったことなど無いが。
「それはそうとしても、少なからずお祈りしてる人達はいるでしょ?世界にはスゲーいっぱい人は住んでるわけだし」
「ですが、私の話しているのは竜一さんの世界の事ではないのです」
「え?」
とりあえず、夢であってくれ。ひかれたことも死んだことも、ここで意味不明な話をしてることも。
「今は信じられないと思います。もし引き受けて頂けるのならその世界にお連れします」
いやいや、勝手に話が進んでますが大丈夫?
「ちょ、ちょっと、そもそも俺じゃなくてもいい事だよね!?なんか言ってることわかんないけど、大事な事ってだけはわかった。…気がする」
「音楽が必要なんです…。膨大なエネルギーと共に神々に届ける音楽が…」
「…。ん?」
もう考えたく無くなってきた。ただでさえ死んでますって言われたのに、考えさせられる事ばっかり。いい加減自由にしてくれ、成仏させてくれって思っていたが、『音楽』って言葉に反応してしまった。
昔から、歌や楽器が好きで物心が付いたときには、自分の周りに音楽がない生活が考えられなくなっていた。
「遅かれ早かれいずれは、ここに竜一さんが来ることは決まっていた話しです。世の中に生まれて来たときには…」
「予定になってたって事だよね?」
「はい。そうです」
音楽って聞いた時には、若干気分が上がったが、死んだら結局同じ話をされること自体は変わらない予定だったようで、ため息がこぼれる。
それでも、話の内容に納得がいかない。納得と言うより何故そんな事になっているのかが理解出来ない。
「さっきも言ったけど、なんで俺なの?」
真っ白な空間だけに、声の主の表情や態度がわからないが、そんなのは構わず質問だ。
「人間は皆、自分では気付かないオーラを持っています。竜一さんは本来、この世界に生まれる人ではなかったのです。オーラがその証拠です。」
自分の足元から、様々な色の光の様なものが体を包み込む。
「竜一さんの世界の人々は、そのオーラはほぼ青。たまに濃い薄いはありますが…」
またまた不可解な。
「恐らく、今まで経験があるでしょう。原因不明の頭痛やら、二日間くらいの寝込みなど」
確かに、原因不明の頭痛はあった。変な夢を見たこともある。ゲームの世界みたいな町の中にいたり…。
「一回や二回の事じゃないくらいある…でも、体調が悪かったりすれば、それは、誰だって…!」
言いかけた所で、ハッとすることを思いした。
何度となく見た夢。ゲームの世界みたいだって思ってた。
活気が溢れ賑やかな町、町を囲むように存在する森林、一際目立つ教会の様な建物、そして巨大な城。
断片的に現れた夢。しかし、それらが一気に記憶の奥底から涌き出るかのように頭の中に甦ってくる。
「それ以上は、出てこないでくれ…!ただの夢だろ。忘れたい夢なんだからっ!」
無意識に俺は叫んでた。忘れたい程の残酷な言葉、その出来事。
『何故だ!何故、神々は我々人々を助けてくれない!』
頭の中に響いた言葉。夢の中で唯一聞き取れた言葉だった。その瞬間、甦った夢が一つの映像の様になり、町の様子が変化する。
町が廃れ、食物は収穫出来ず、人々は飢え、倒れていく。
そんな中、一人の青年がピアノの様な楽器を弾きながら叫ぶ言葉だった。あまりにも現実的で、自然と思い出さない様に記憶の中にしまいこんでいた。
「思い出しましたか?ここにいる竜一さんと、その世界のもう一人の竜一さんが一つに戻らなければ、起こりうる未来。…行きましょう。人々の為にも、私の主の神々の為にも」
これは見た夢じゃなく、見せられていた夢だったんだ。
「目の前で、知ってる人達がどんどん倒れて、死んでいくんだあの夢。不思議で理解も納得も、信じる事も出来ない。けど、そんなのは嫌だ」
「力を貸してもらえますか?」
無言で頷く。この後どうなるか全然予測も付かない。ただ、もう一度生きられる事が出来るなら、好きな音楽をつづけられるなら、それで人々が助かるなら、やれることをやろう。
「では、世界が変わります。環境に慣れる所から始めてください。あんまりゆっくりしている時間はないですけど、竜一さん自体が環境に慣れなければ、生活が出来ないでしょうから」
そう言うと、見えていたオーラが消え、周りの真っ白い空間が俺に迫り来るように、視界を奪っていく。
「ちょ、ちょっと…待って、ま…だ、心の…準備が…」
強烈な睡魔に襲われる感じで、瞼が閉じる。
「気がついた時には、新しい世界です。よろしくお願いいたします」
もう返す言葉を言う力もなく知らず知らずのうちに深い深い眠りに付いた。




