終戦後
剣の国との戦いが終結して旧鉄の国の領土が返還されると、弓の国はだんだんと元のように戻っていった。しかし、戦の前と後で変わったこともいくつかある。ずっと決まっていなかった港町の名称がダライの町に決まったり、
「チェスターはエルティンを攻撃しているから、信頼度が薄く、鉄の国を纏めさせるのは難しいはずだ。あそこには変わりに俺が行く。中央族長はお前が兼任すれば問題ないだろう」
とサンサルがタタールに進言して、彼が旧鉄の国領の代官となったりしていた。その際、車輪の国での仕事を辞めたフィラーナが、サンサルが旧鉄の国代官になるという情報を聞きつけて彼に付いて行っているが、彼には彼女の意図が分からなかった。
ちなみに、代官を辞める事になったチェスターは一度船の国へと渡って顔を変え、さらに名前をツェウェルと変えて補佐としてタタールの元へと来ている。
弓の国は安定した状態に戻るまでそう時間はかからなかったが、剣、槍、棍の国はなかなか復興する事が出来ずにいた。弓の国は三国を自らの領地としなかったので三国は纏まって一つのガルという国となっていたが、権力者間での暗殺が流行していたため、そこの代表がなかなか決まらなかったためである。剣の国国王と、剣の国に捕らわれていた槍、棍の国の国王は身柄を弓の国の城下に移させ人質としていたので、タタールは変わりにルーク・ボールディングをガルの一時的な代表に指名したが、指名してすぐに彼は殺されてしまい、次に剣の国が統治している頃、棍の国領の代官をしていたランベルトという者を代表に指名したが彼も殺されてしまった。一応各地に弓の国の兵を潜り込ませ、治安維持を図ってはいるが収まる気配はなかった。
そのため、タタールとツェウェルに名前を変えたチェスターが話し合う最初の事項はその事についてであった。
「候補としてはハルが嫌がると思いますけど、まだ剣の国の大臣をしていたオルト・エッジワース殿がおります。ただ、彼は自分の部隊を持っておりますので他の人間よりは暗殺の心配はないでしょう」
と、ツェウェルがタタールに提案するが、妙に自信なさ気であった。
オルトの私兵もハル達が結構な数を倒してしまっており、暗殺が流行してからさらに数が減っているらしいので彼を守るには心許ない人数になっている。そのため、提案した彼自身も十中八九上手くいく気がしなかったのである。
タタールも乗り気ではなさそうな顔をしていたが、突然何か閃いたような顔になり、
「オルトの家族構成って分かるかい?」
と、ツェウェルに聞いた。
「確か、娘がいたような気がします。王様や私と同じくらいの歳の」
「それならあの方法が使えるかもしれないな」
「何です?」
「僕がその娘と結婚しつつ、親戚関係がより明確に伝わるように彼のファミリーネームをもらう。そうすれば、弓の国が後ろ盾にいるという事が分かるから彼を暗殺しようなんて誰も考えなくなるだろう。ただ、この国ではファミリーネームなんて基本的に使わないから、そうなると僕の名前の他の人々という意味が際立ってしまう。だからこの案を使うには僕も君みたいに改名する必要が出てくるけどね」
ツェウェルは王家に異国の人間が入る事に少々抵抗を感じたため少し嫌そうな顔をしたが、すぐに平常心を取り戻し、
「その案を採用する場合、名前の候補というのはもう考えているのですか?」
と、タタールに尋ねた。
「ライカン・エッジワース」
と彼は答える。ライはタタールがたまに使っている偽名であり、カンはこちらの世界でも王の意である。そのため、彼には合った名前だとツェウェルも思ってしまったが、やはり抵抗は消えていないので、
「貴方の名前は他の人々を繋げているというような意味も感じる事が出来るので私は好きなんですけどね」
と、言った。
「サンサルにも似たような事を言われたよ。でもまぁ、ガル代表の件についてはオルトに聞いてみない事には分からないからこの名前を使う事になるかどうか分からないけどね」
「そうですね、とりあえず使者の準備を致します」
そう言うとツェウェルはタタールの屋敷から退出し、タタールはオルト宛の書簡を書き始めた。
その後、ガル国の旧剣の国領リトネスの町にあるオルトの屋敷へとタタールは使者を出した。無論、この妙な形の政略結婚を受け入れて貰えるか否かを問うためである。結果、オルトとその娘コルネリアは了承し、彼女は弓の国の城へとやって来た。
名前がライカン・エッジワースとなったタタールとコルネリアは山麓の屋敷で初めて顔を合わせる事になった。
彼は自室、彼女は部屋の外にいる。
ライカンの部屋の外から部屋に入っても良いかと問うコルネリアの声が聞こえる。
「どうぞ」
と彼が言うと、小柄な女性が入って来た。
ライカンは目を丸くした。彼女は武術の心得はなく、背も低く、声も違っていたが、彼の友人サヨに容姿がかなり似ていたためである。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている彼を気に留めないまま
「初めまして、コルネリア・エッジワースと申します」
と彼女は名乗る。
ライカンは平常心を取り戻し
「堅苦しい挨拶はいいよ、ここは君の家にもなるわけだからもっと気楽にしてくれて構わない。薬草茶でも飲むかい?」
と彼女に尋ねた。
彼女は微笑みながら
「はい」
と答えた。
ライカンとコルネリアの結婚によってガルの代表は自然とオルトに決定し、暗殺合戦は終息した。その後も、オルトは他国に使節団を派遣して様々な国の情報を取り入れると、都市や交通網の整備や、法の改正などを着々と進めていった。
法によって制約が増えたからか、最初は敗北した魔法使いへと向かっていた民衆のヘイトも次第に無くなっていったが、その代わり彼の事は次第に忘れ去られ、トラトスの町も人が出稼ぎで出て行ってしまい急速に廃れていっている。
その、老人と治安維持のために常駐するようになった弓の国の兵しか住んでいないような状況のトラトスの町にセーラは一人で住んでいた。
彼女は溶二の戦死が報告された後、魂の抜けたような状態で城に留まっていたが、溶二が隠していた手紙を見つけてからは少し回復し、この町に戻って来ていた。
手紙には、
(この手紙を君が読んでいる頃にはおそらく俺はもう既にいないかもしれないな。まずは君に謝っておくよ、君は以前戦っている時の俺を知らないので知っておきたいと言っていたけれど、俺は頑に同行させなかった。申し訳ないと思っているが、一応言い訳はさせてくれ。城を一撃で陥落させる能力を持っていてもとてもじゃないが弓の国には勝てない。勝てないと分かっている戦いに君を参加させたくなかったんだ。
次に今後の事についてだが、おそらく今度の戦いで俺は死ぬ。俺が負ける事によって剣の国がどうなるかはまだ分からないが、俺は死後も君だけはなんとか守るつもりだ。方法はまだ分からないが、何故か死後も君を守る事が出来るという確信がある。
最後に今まで君に恥ずかしくて言っていなかった事をここに書いておく。君は俺の事をどう思っていたか分からないけど、俺は君を妹のように思っている。俺に妹はいないから適切な表現かどうか分からないが、とにかく元の世界にいる友人や家族、同僚の事も俺は大切に思っていたが、君はそれ以上に大切だ。俺は君に会うためにこの世界に来たのかもしれない。だから、もし俺がいなくなっても強く生きてくれる事を願っている)
と書かれていた。
心に穴が開いていた事には変わりなかったが、それでもこの手紙を読んでからセーラは頑張って生きていこうと前向きに考え始めている。この日も家には閉じ篭らず、近くの山に山菜を採りに来ていた。
が、下山中に山賊達に襲撃された。
山菜摘みに同行出来るような人間が現在のトラトスの町にはいないので彼女は一人で来ており、町まではまだ距離があるため駐在している弓の国の兵も彼女の事には流石に気づかない。
(弓の国との戦いが終わってからは山賊の噂なんてめっきり聞かなかったのに、まさかまだいたなんて。どうしよう、二十人はいる。逃げられない)
セーラは生きた心地がしなかったが、とりあえず時間を稼いで活路を見出そうと、
「あなた達はなんでこんなところに?」
と尋ねてみた。
すると、
「この近くで仲間がやられてから、この山で合う人間を片っ端から始末してんだよ。ここ最近じゃ山に入ってくる奴自体珍しくなったのにまさか女だとはな。お前さんはそれとは関係ないのかもしれないが死んでもらうぜ」
と山賊の男が言い、
「いや、若い女は珍しい。殺さない程度に痛ぶってからアジトへと連れて帰る」
とリーダーらしき山賊が言った。
セーラの場合はその一件に心当たりがあるので、ここで殺されずとも、そのアジトとやらで殺されるであろう。
(ダメだ、これ以上は引き延ばせない)
そう考えたセーラは
「私はやられる訳にはいかないんだ。なんとしてでも町に帰る」
と言って鉈を抜いた。
この時、彼女の周りには、火の気がないにも関わらず何故か火の粉が舞い始めていたが、逃げる方法を考えるだけで精一杯だったので、それを発している彼女自身は気づいていない。
「なんだありゃ?…火の粉?」
と山賊達が火の粉に気をとられていると。
「民間人一人相手に、野盗複数人で襲いかかろうとするとは感心しませんね。その喧嘩私が代わりに買って差し上げましょう」
と言いながら、剣を携えた長身の女性が山賊の内の一人に蹴りを入れつつ入って来た。
蹴られた山賊は何が起こったかわからないまま気絶する。
それを見た他の山賊達が、
「なんだてめぇは」
と八人程の多勢で一斉にその女性に襲いかかるが、彼等は一瞬のうちに殴る蹴る等の暴行を加えられ全員気絶させられた。
「どうします?まだ続けると言うのであればお相手いたしますよ」
と言って女性は山賊が落とした斧を拾い上げる。
山賊達はまだ戦う気力があったが、リーダーらしき男だけは実力差を把握し、勝てない事を悟ったため
「退け」
と仲間に指示を出し、気絶した仲間を回収しつつ退散して行った。
山賊達が完全に視界から消えると、
「お怪我はありませんでしたか?」
と山賊を撃退してくれた女性がセーラに話しかけてきた。
「はい、助けてくれて有難うございます。私はセーラといい、この山には山菜を採りに来ていました」
「そうですか、私はサヨと申しまして剣術修行をしながら旅をしています。貴女が無事で何よりでした。撃退したとはいえ彼等がこの周辺を根城にしている事には変わりないと思いますので気をつけてくださいね」
そう言ってサヨは立ち去ろうとしたが、
「待って下さい。助けて頂いたのにそのままお返しする訳には参りません。ご迷惑でなかったらお茶でも飲んで行きませんか?近くに私が住んでいる町があるんです」
とセーラは引き留めた。
サヨには、今のところ先を急ぐ予定はない。それに、彼女はセーラに少し聞きたい事があったので、
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて頂きますね」
と応じた。
その後、二人はトラトスへと向かった。
セーラは家に戻ると早速茶の準備を始めた。
しかし、トラトスの家は終戦までずっと空けていた上に、終戦後も客が来るという事はなかったので茶には少しカビが生えてしまっていた。
(流石にこれは出せない)
そう思い、彼女はサヨにその旨を告げると、
「私、少し前まで薬師をやっていましたので薬草茶でしたら少し持っていますよ。全部差し上げますのでこれを使ってください」
と言って、サヨは爽快感のある香りの茶葉をセーラに渡して来たので、そのお茶を淹れた。
一応茶を淹れることはできたが、久々の客人をもてなそうとしていたセーラは失敗した事で少し気を落とし
「すみませんね、私がお茶に誘ったにも関わらず茶葉を貴女から頂く事になってしまって…」
と申し訳なさそうに言った。
「いえ、私も丁度喉が渇いていたので、お湯を提供して頂けただけでもありがたいですよ」
サヨは茶を飲みながら答える。
「しかし、サヨさんはどこで武術を習得したのですか?先程使っていたのは拳打と蹴りとで、剣術は使っていませんでしたけど、それでも凄まじい腕前だということが判りました」
「行く先々の道場で教えて頂く事もありますが、基本的には我流ですよ」
とサヨは答えながら、セーラについて疑問に思った事があったのを思い出し、
「そういえば、貴女が鉈を出した後、貴女の周囲を舞っていた火の粉のような物は何だったんです?」
と尋ねた。
が、セーラには身に覚えがない。
「えっ、火の粉?」
と聞き返す始末だった。
「ええ、山賊達もそれを見て少し動きを止めていましたよ。以前剣の国には魔法使いがいるという噂がありましたが、それと関係があるんですか?」
とサヨが言ったが、セーラからの返事はない。彼女は涙を流していた。悲しいからではない。もしかしたら溶二が自分と共にいるかもしれないと思ったからである。
涙を拭きつつ、
「サヨさん、今からついてきて頂けますか?少しやってみたい事があります」
とセーラが言うと、サヨは頷き二人は家の裏の山へと登った。
頂上には誰もいなかった。トラトスの近況を考えるとこれから登って来る者もいないだろう。念のため、サヨが周囲の気配を探ってみたが
「周りには栗鼠と虫くらいしかいません、人はみんな町の中ですよ」
との事だったので、セーラは準備を始めた。
しかし、サヨにはセーラが何をするかがいまいち分からなかったため、
「ここで何をするんです?」
と彼女に尋ねた。
「それについては今から話しますが、ここで聞いた事、見た事は他言無用にお願い出来ますか?」
「大丈夫ですよ、誰にも話しません」
セーラとサヨは先程初めて会ったばかりであり、相手が約束を違うかどうかなど分かる筈がなかったが、何故かセーラにはサヨが絶対に秘密を守ってくれるという確信があったので
「実は私は炎の魔法使いの妹なんです。私に魔法は本来使えない筈なのですが、火の粉が出たとしたらそれは魔法かもしれません。兄の手紙には何故か死後も私を守れるという確信があると書かれていました。私は手紙に勇気付けられはしましたが、死者が生者を守ることなどできないと考えていたので今までその事については正直信じていなかったんです。しかし、それが本当だとしたら合点がいきます」
と言った。
「それで、魔法を使えるかどうか試してみようと考えたんですか。確かにここなら誰にも気づかれずに試せますね。そこに丁度いい感じの岩があるので試しにそこに撃ってみてくださいよ」
「分かりました、いきます」
そう言いながら、セーラは剣の国の城へと向かう途中の廃墟で溶二が使っていた魔法を思い出し、
〈小火球 真っ直ぐ進み 敵を撃て〉
と唱えた。
すると、火球が勢い良く飛び出し岩へと命中した。
それを見たセーラは
(溶二はまだ私と一緒にいるんだ)
と、安心した。
サヨはしばらくの間、熱で赤くなった岩の様子を見ていたが、やがて
「本当にお兄さんは貴女を守っていましたね。ですが、たぶんそれは本当に追い詰められた際の最後の手段として使うだけに留めておいた方がいいかもしれませんね。最近はあまり聞かなくなったとはいえ、やはり有名な能力には変わりありませんから悪用しようとする者が出て来るかもしれませんし」
とセーラへと話しかけた。
「そうですね。私としては兄が共にいる事が分かっただけで充分なのでもう使いませんよ」
と、セーラは今までよりも明るい顔で答えた。実際、剣の国国王がライカンに嘆願したことでトラトスの町の警備はガル国の中でもトップクラスに厳重になっているので彼女が町から出ない限りは魔法を護身に使う必要は出てこないだろう。
「ただ、山賊がまだ残っているとなると使わざるを得ない機会も出てきてしまうかもしれませんね。まぁ、乗りかかった船なのでそちらは私がなんとかしておきますよ」
「ありがとうございます。もしかしたら、兄は魔法を私に残すことではなく、私とサヨさんを引き合わせることの方を予感していたのかもしれませんね」
「それなら私も感謝しないとですね。珍しいものが見れましたし」
その後、二人は岩の破片を片付けた後に下山し、セーラの家で再度お茶を飲み直すと、すぐに別れた。
サヨはトラトスの町を離れると、山賊達のアジトを探し始めた。
すでに日が暮れ始めているが、夜こそが彼女の時間なので問題はない。
確かに周囲の山は広いが、彼女は人の気配を感知する事に長けているのでアジトを探し出す事は然程難しいことではなかった。
しかし、今彼女は気配を探る事に集中できずにいる。
(何故私はあの様な事を提案したんですかね)
と、考えていたためである。
正直、サヨは以前負けてから魔法使いと再度戦ってみたいとずっと思っており、それは今でも消えていなかったが、セーラの魔法を実際に見た時その事が彼女の頭の中からすっぽり抜け落ちていたのである。
何かしらのルールを決め、練習試合の様な形式を取ればセーラも応じてくれたかもしれないが、結局彼女にアドバイスと助力だけして離れる事になってしまった。
「まぁ、山賊のリーダーも結構強そうだったんでそれはそれで面白そうですけど惜しい事をしましたね。しかし、まぁ、私の助力と記憶の欠除が死してなお発動し続ける彼女を守護する魔法の影響だとしたら、戦わずして私の負けですかね」
と呟いて気を取り直すと再度集中して山を探り始める。
その夜、山賊団は人知れず壊滅した。
翌朝、トラトスにある弓の国の兵の詰所前で山賊達が全員縛られた状態で見つかった。
三百人を超える山賊団を町にいる兵士達だけではなかなか捕らえることができず今まで困り果てていたので、これには兵士達も喜び、山賊を捕らえた者に褒美を出そうと、誰がやったのかを調査したがとうとう分からなかった。
元凶が捕まった事でそれ以降トラトスの町周辺では大きな事件は起こらなくなり、自然、炎の魔法もその後一切使われる事はなかった。
今まで読んで下さった方はありがとうございました。城を書いてみたいというちょっと弱い動機で書き始めた話なので、皆さんのアクセスがなければ完結できなかったと思います。




