異界の男 3
溶二が将となった事により、戦況はかなり変わった。
他の将は戦局を判断し、征けと退けを繰り返すのみであったが、溶二は魔法を有効活用できるよう戦い方を工夫した。
例えば槍の国との戦闘の際は、まず、大規模な熱線を敵が固まっている辺りに放ち、敵をある程度混乱させると、すぐさま弓隊を前に出し矢を撃ちこませ敵を完全にばらけさせた。敵が烏合の集となった事を見計らい弓隊を退かせ、槍隊を突撃させ敵を退却に追い込んだ。敵が退却してからは、自軍に近くの将の軍と合流するよう指示を出し、溶二自身は三十人程の兵を引き連れ追撃した。そして、敵の拠点を突き止めると、大規模な熱線を放ち、拠点を焼き尽くした。
このような戦い方を繰り返していたため、槍の国の拠点は凄まじい勢いで次々と破壊され、遂に本城まで攻め込まれ止む無く降伏した。棍の国も似たような方法で追い込まれ降伏している。
槍の国の南にある鉄の国では、剣の国が槍、棍の二国を切り取った事をかなり深刻に捉えていた。
一月前まで小国に過ぎなかった剣の国が、目の前で凄まじい勢いで成長を遂げ目と鼻の先まで迫って来ているので無理もない。
鉄の国の代官エルティンは、
(今なら二国を攻め込んで兵が疲弊しているはずだ。すぐにでも攻めたほうがいいかもしれない)
と考え、兵をまとめ剣の国に向け進ませた。剣の国を攻めるのであれば、まず剣の国から受けた傷が癒えていない槍の国を落とし、そこからさらに北へ向かうのがいいだろうとエルティンは考えた。槍の国は比較的平坦な土地が多く進軍し易い。そのため、本国と違い騎兵がそれほどおらず、機動力にやや欠ける鉄の国の兵でもある程度の行軍速度を確保できるはずである。土地が平坦なため防御の面が少し心配であったが、疲弊している敵兵とは違い鉄の国の兵は万全であり、さほど気にしなかった。
エルティンは弓の国から派遣された代官に過ぎなかったが、自分は王より優秀だと思っており、
(遠くにいる王に何が分かるか)
と、本国の王タタールに進軍のことは報告していない。
溶二は、斥候から鉄の国の情報を聞いた。鉄の国の挙兵も驚いたが、それ以上に槍の国を抜け北上するルートを取っていると聞いて顔が青ざめた。トラトスの町は剣の国の南側に位置しており、このままトントン拍子に進軍されると壊滅してしまう。トラトスの町は、溶二がこの世界に来て初めて訪れた町であり、セーラの故郷である。溶二にとっても第二の故郷であり、友人も多く住んでいるので、これ以上進軍させるわけにはいかなかった。
トラトスの町が危険に晒されるかもしれないという事は溶二にとってショックであったが、敵将が愚将である事が分かったため、悪い事ばかりでもなかった。そもそも、槍の国を通って剣の国に攻め入る事はなかなかの愚策である。溶二が落とした槍の国の拠点というのは北に集中しており、南側はまだかなり支城が残っている。破壊した拠点というのも土塁や堀はまだ使えるものも多いため、割と短期間で修理する事ができるはずである。そのため、平坦な土地ではあるがえらく進軍しにくくなっている。槍の国攻略に手こずっている間自軍を南南東から迂回させはさみ打ちにしたり、槍の国の兵をわざと退かせる事で敵軍を過剰に進軍させ、軍が伸びきったところで横から攻撃するなど、溶二からしてみればいくらでもやりたい放題であった。さらに、斥候の話によると、敵将は槍の国や棍の国の将に裏切りの催促を掛けるわけでもなく、むしろ人望が乏しいため鉄の国の兵が斥候に情報を流してくれるという始末であった。
どうしようかと悩んだ結果、溶二は、剣の国の軍を槍の国まで進ませ敵の進行を防ぎ、自分と数百人で南南東から迂回しはさみ打ちで敵を攻撃する作戦でいこうと考え、王へ進言した。
槍の国の兵や、棍の国の兵を動員しないようにしたのは、自分達が剣の国に協力したから鉄の国に勝てたと思い込ませないための配慮である。溶二は、さらに鉄の国を攻撃するだけではなく殲滅してしまえば切り取った二国に剣の国の力を誇示できるのではと考えたが、良心の呵責を感じ流石にやめた。
王は承諾し、ヨセフという将に槍の国で敵を迎え撃つよう命じた。
その後、ヨセフの軍は槍の国へ向かい始めたため溶二も出撃の準備をしていると、セーラが、
「今度は鉄の国と戦うんだね、城下町では大騒ぎだったよ。あそこは鉄の国って言われてるけど実際は大陸最強の弓の国の一部だからね」
と話しかけて来た。
溶二は、
「そうだな」
と、だけ返した。ボロを出し、トラトスの町が攻め滅ぼされるかもしれないという事を言ってしまわないようにセーラとの会話はなるべく短くした。
溶二が、勝てるとも勝てないとも言わなかったためかセーラは不安そうな顔になり、
「必ず、帰って来てね」
と言った。
戦争屋になってしまった自分をセーラはこれ程心配してくれているのかと思うと溶二は申し訳ない気持ちになった。
溶二は、
「心配してくれてありがとう」
と、言い出撃した。
南南東は盆地が多いため進行するには丘陵と平坦な土地をいくつか越えなければならず、少人数と言えども進行しにくい。進行するにはむしろ東南東に進んで棍の国に入り、そこから鉄の国へ進行する方がストレスなく進む事ができる。しかし、棍の国へ入るルートをとると時間が二倍以上かかるため、その間に弓の国から増援を呼ばれでもしたら流石に勝てない。
溶二は進行する際に溶二は、平地では馬を使い、山に突き当たったらその馬を売り払い山は徒歩で超え、山を越えた先でまた新しい馬を購入し次の山を目指すという方法をとった。剣の国は山地が多いため馬の足も強靭に成長する。そのため、馬が山越えに適していないというわけではなかったが、ベテランは若僧である溶二の采で動く事を不快に思うかもしれないと考えたため、溶二は今、経験不足の若い兵しか率いていない。つまり、溶二を含め、馬の扱いに慣れていない兵がほとんどであり、猟師しか使わないような整備不足の山道を馬で進むのはまずいと考えた。
十日程進行し続け、溶二達は槍の国と鉄の国の国境付近に抜け出した。度重なる山越えに時間がかかり予定よりかなり遅れたが、棍の国へ向かうルートをとった場合よりは早く到着したはずである。
斥候の話によれば、支城をいくつか突破されたが、剣の国の軍は人数が少ない分必死であり、そのこともあってか鉄の国の軍はほとんど進んでいないとのことだった。
溶二は、
(これはもう一工夫できるかもしれないな)
と考え、挟撃する前に鉄の国の城へ向かった。
百人程度しか連れてないとはいえ、城下にそのまま入ったら流石に目立ってしまう。そのため溶二は斥候を放ち、警備の手薄な箇所を探った。溶二達は、一番警備が手薄だった北東の山から侵入した。
溶二はそのまま城下には入らず、
「チェスター殿の屋敷に行ってこちらに付くよう頼んで来てくれ」
と百人の中から使者を選びチェスターの屋敷へ向かわせた。チェスターは鉄の国に待機している将の中では最大勢力であるため、剣の国に寝返る事になれば大幅に鉄の国の士気を削ぐことが期待できる。
無論タダで釣るわけではなく、エルティンを倒した後、鉄の国の代官にチェスターを付かせることと、多額の礼金を後で払うことを条件として出した。
しばらくして使者が、
「断られました」
と言って帰って来たため溶二は、
〈熱線よ全てを壊し突き進め〉
と唱え、向かいの山に聳えている城へ魔法を放った。
熱線は直撃はしなかったが、天守を掠め、半壊させた。
溶二は、
「さっきと同じ条件でもう一度頼んで来てくれ。ただし今度は、断ったら熱線は城ではなくあなたの屋敷に飛んでくるかもしれないと付け加えてな」
と、再度使者を出した。
天守が半壊したとしても城の掘りや土塁等は残っているため、防御力がそれほど落ちたわけではない。しかし、一撃であの規模の建物が壊れるところを見てしまっては流石に恐怖を抱きこちらに付かざるを得ないだろうと溶二は考えた。
チェスターとの交渉は成立したため、溶二達は警備の兵等に見つからないように素早く下山し槍の国方面へ向かった。
チェスターは、増援の要請が来たという名目で軍を率い鉄の国から出て、途中で溶二達と合流した。
合流したチェスターの軍は二千人近くに及んだため、
(これだけの兵を出撃させずに俺達と戦おうなどとは随分と舐められたものだな)
と、溶二は思った。
ヨセフは割と上手く戦っていた。
数日前ヨセフは、支城の多さを利用して敵を撹乱できないかと考え、夜になり鉄の国の軍が退き始めた時を見計らい、支城を旗と篝火をそのままにした状態で放置しそのまま別の支城へ移動するという作戦をとった。鉄の国は、戦力差に余裕がある為か夜襲などはしてこず、斥候も警戒して城の中までには入らなかったので、ヨセフが移動した事には気が付かなかった。
その結果、翌日敵が空になった城を攻めている間、背後から攻撃を仕掛け大打撃を与えている。
しかし、兵数の差をそれほど埋める程のものではなく、剣の国の軍四千六百余りで鉄の国の八千三百を相手にするには少々きつかった。
(いつまで保つか…)
と、ちょうど考えている頃に溶二からの使者が来た。
明日の早朝に挟撃を仕掛けるとのことだった。
(これは近いうちに剣の国へ帰れるかもしれないな)
と思い、ヨセフはその日は眠った。
翌朝、ヨセフは兵を引き連れエルティンの軍へ攻撃を開始した。
それと同時に、向かい側から溶二とチェスターの軍が攻めた。
溶二達は夜中に松明を使わず行軍しエルティンの軍との距離を詰めていたため、いつでも攻撃にできるようになっていた。エルティンは、このまましばらく籠城すると思っていたヨセフが白兵戦を仕掛けてきたことにも驚いたが、背後からいきなり現れた二千人近くの軍に驚き、
「あぁ……ああぁ……」
と、取り乱しながら陣地の中を右往左往していた。
エルティンの軍は征けとも退けとも指示がないため、とりあえずその場で戦うしかなく、溶二の熱線や、様々な方向から飛んでくる矢、突撃してくる兵になぎ倒されていった。
結局、エルティンはろくな指揮を取ることもできなかったため、そのうち兵は散り散りになって逃げてしまい、自らも炎や矢が飛び交う中、僅かばかりの兵と共に鉄の国へ逃げ帰った。
(この機を逃す手はない)
と、溶二とヨセフは追撃し鉄の国の城を包囲した。
城には降伏するよう使者を出したがエルティンは拒んだ。籠城しているが、城は既に包囲されている為もはや弓の国へ助けを求める事もできず、もはや鉄の国は勝つ事が出来ない。包囲して三日目になって溶二は流石にイラつき始めて城門に向かい熱線を放った。
門に穴が空き、城壁は所々崩れ、城はもはやご自由にお入りくださいと言わんばかりの状態になってしまった。
四日目になってエルティンは城から飛び降り死亡し、五日目に城から使者が来て鉄の国は降伏した。




