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異界の男 2

溶二が異界に来て数年経ったが、未だに元の世界には帰れずにいた。それどころか、溶二が住むことになった剣の国では移住して来た者にも三年間国境警備隊への入隊を課しているためセーラの家にすらたまにしか戻れずにいる。

溶二は、この日も間諜や賊を見つけては倒していくという作業を繰り返しており、今日だけで既に三人倒していた。そのような生活を続けているため、魔法を使うことには慣れてきていたが、比例するように人を焼くことにも慣れてきてしまっている。

(セーラが知ったら悲しむかもしれないな)

と考えながら今日四人目の敵を発見し接近して行く。魔法は相手が遠距離にいても届きはするが、意外と当たらない。木陰に隠れながら七間程の距離まで近づくと、そこから飛び出し

〈小火球 真っ直ぐ進み 敵を撃て〉

と、詠唱した。不意を突いたうえに敵の得物は剣であるため、詠唱の間に七間もの間合いを詰めて溶二に切り込むことはできず、そのまま火達磨になった。

今日周辺で確認された敵は全て倒されたという報告を受け、溶二は詰所に戻った。

溶二は、詰所に戻るとすぐに隊長に呼び出された。

「王からお前当てに手紙が届いているんだが何か心当たりがあるか?」

「ないですよ。王様に会うどころか城下町にすら行ったことないんですよ」

と、言いながら溶二は手紙を開封した。

内容は異界から来た魔法を使うという男と会って話がしたいというものであった。

「やはり行ったほうがいいですかね」

「お前程の戦力が欠けるのも惜しいが、王からの呼び出しなら行かないわけにはいかないだろう。とりあえず一度支度をしにトラトスの町に戻ってみたらどうだ。しばらく帰っていないだろう」

隊長の許可も出たため、溶二は荷物をまとめ詰所の仲間に挨拶をした後セーラのいるトラトスの町へ帰って行った。


溶二がセーラの家に戻ると知らせが届いていたらしく食料や馬車などが準備されており、城から派遣された兵が三十人程待機していた。

「久々に帰って来たと思ったらまたすぐに出るんだね」

と、セーラは少し不機嫌そうに言った。一人で寂しいという理由で溶二と共に住み始めたにもかかわらず、彼は国境警備でほとんど戻って来ていないため、セーラはこの久しぶりに会った友人ともっとゆっくり話がしたかった。

「すまん」

「私もついて行っちゃダメかな?」

「駄目だ」

とだけ溶二は答えた。城までは必要最低限の荷物でボロボロの格好を装って行くつもりであったが、山賊は、溶二達が旅をするだけの金は持っていると判断して襲撃してくる可能性がある。そうなれば、セーラは山賊に襲撃された時のことを思い出してしまうかもしれない。

そして何より溶二は、自分が戦っている姿をセーラに見られたくなかった。

しかしセーラは、

「私は、国境警備隊がどういうことをしているか一応知っているつもりだし、それも含めて溶二がこの二年間何をして来たのか知りたい」

と言って聞かなかったので、

(このままだと尾行してくるかもしれないな。一緒に連れて行くほうが目が届いてかえって安心できるかもしれない)

と、考え渋々了承した。


トラトスの町から城までは五日ほどかかるが、剣の国では弓の国を参考に約三十キロメートル毎に宿駅を置いており、夜はそこで寝泊まりできたため二日目までは賊に襲撃されることもなく進むことができた。三日目は無理をして進んだ結果、城まで約四時間半で到着するというところまで来たが、夜になったうえに雨が降ってきてしまった。この先に最後の宿駅があるはずだが、これ以上進むことは難しいため、止むを得ず近くの廃墟で夜を明かすことにした。廃墟の築地塀の様な塀は所々壊れており庭の草木もかなり深くなっている。庭を抜けた先にある煉瓦造りの建物は、入ってみると少々カビ臭かったが特に大きく破損している箇所は見つからず、雨風をやり過ごすには丁度良い。

塀の壊れた箇所や建物の入り口等の敵が侵入し易い箇所を城から派遣されている兵が交代で見張りをしてくれるというので溶二とセーラは一階の奥の部屋で眠った。

深夜、溶二は外から聞こえてきた兵の断末魔の悲鳴で目を覚ました。セーラは眠ったままだったが、周りで寝ていた兵も悲鳴を聞いたのか数人同じように目を覚ましている。

「賊が侵入した」

と、溶二は叫び周りを起こすと、

「下手に動くより、建物の中で敵を返り討ちにしたほうがいい」

と言い、兵を建物一階の隅々まで配置させ、自らも槍と松明を持ち部屋の扉を守った。幸い今居る建物はそこまで大きいものではなく、一階だけであれば十分に守ることができるはずである。

建物の内外から戦いの音が響き始めた。

溶二とセーラのいる一階奥の部屋には二人の他に兵が二人おり窓を守っているが、敵はまだこの部屋には来ていない。

緊張が高まるなか、とうとう窓が割られこの部屋にも敵が侵入してきた。

侵入してきた敵は五人であり、訓練を積んだ兵士と言えどもさすがに押されている。

溶二は、

「どいてくれ」

と、兵に叫び、扉を守りながら

〈小火球 真っ直ぐ進み 敵を撃て〉

と唱え、窓の方の敵一人を魔法で焼き殺すと、一瞬持ち場を離れ窓の方へ向かいさらに一人槍で敵を突き崩した。溶二が敵を倒しているうちに兵士が既に二人の敵を倒していたので残り一人を三人で畳み掛けた。

それ以降も窓から侵入した敵を三人で連携して倒していたが、入り口や各部屋の守りが堅いためか扉から入って来る敵はおらず、しばらくして、窓から侵入して来る敵もいなくなった。建物から戦いの音が消えたため、兵を溶二達がいる部屋に呼び戻し状況を確認した。今の戦闘で兵士は三十人中六人が死亡し、八人怪我を負っていた。動くことができる者が半分程になってしまったため今までのように交代で見張りをするということができない。そのため、溶二と動ける兵は朝まで全員で見張りをし、セーラは怪我人の手当てをした。

夜が明け明るくなると、溶二達は死亡した兵を埋葬し花を手向けた。

溶二は、

「すまん、無理をして進まなければこんなことにはならなかったかもしれない」

と、死亡した兵に謝った。

「こいつらの為にも一秒でも早く城まで行きましょうよ」

「貴方がた二人を護るという任務を達成しないとこいつらも落ち着いて眠っていられないですよ」

と、兵が言ってくれたため気をとりなおして城に向かった。

天気は晴れていたが、道は昨夜の雨で泥濘(ぬかる)んでおり、兵も皆疲れているうえに何人か負傷している。そのため、進行速度も遅くなると思われたが、昨日の戦闘で気持ちが昂ぶっているためか予定より少し早く城下町に到着した。

初めて見る城下町は華やかなものではなく、下手をすればトラトスの町以上に荒んでいた。その辺で死人が鳥や犬の餌になっており、萎びた野菜が高額で店先に並んでいる。城に続く道も修理されていないところが目立ち、城に到着しても城であると分からないくらいボロボロであった。とりあえず城に入ったが、溶二は全身返り血まみれになっており、靴は泥だらけだったため、王に会う前に着替えることになった。

「昨日の戦ってる溶二は正直ちょっと怖かった、知ってるのと実際に見るのとじゃやっぱり違うんだね」

と、着替えている最中にセーラが話しかけて来た。

「嫌いになったか」

「ううん、怖かったけど兵隊さんや私を気遣いながら戦っていたのが伝わって来て安心した。やろうと思えば私と初めて会った時みたいな炎も使えたのに周りを巻き込むかもしれなかったから使わなかったんでしょ」

「自分でもすっかり心が荒んでしまったものと思っていたけど、まだ俺にも心が残っているのかな」

「残っているよ」

と、セーラが言ったところで兵士が迎えに来た。

王は二人で話しがしたいらしく、セーラは部屋で待たされた。

剣の国は、槍の国、棍の国と戦争中であり、王は食料不足の対策や他国への協力要請等でかなり忙しかった。最近では人材不足にも悩まされており、将を経験不足の者に任せたり国境警備隊から兵士を補充せざるを得なくなっきている。話したいというのは魔法の事というよりもその事であろうと溶二はなんとなく察していた。

扉を開け王の間に入ったが、そこには兵士も側近もおらず、ただ王が玉座に座っていた。

溶二は王の前でひれ伏すと、

「君が異界の魔法使いかね」

と、王が口を開いた。若く張りがある声であったが、老人のような声にも聞こえた。

「はい、お招きにあずかり参上仕り候」

「二人だけだからそこまで丁寧にならなくて構わんよ」

「分かりました。早速で申し訳ありませんが、私と会ってしたいお話とはどのような事なのでしょうか」

「君と話したい事は二つある。一つは魔法についてだ。炎の魔法だと聞いているが、どのようなものか教えてもらえるかね」

「はい、魔法は一日に小規模なものであれば二百発、大規模なものなら五発撃てます。大規模な魔法は城も破壊できる程の威力がありますが、一発撃つ度に、その分小規模な魔法は四十発分撃てなくなるので対人と攻城を両方こなす事は難しいと思います。国境警備隊の仲間に魔法の使い方を教えてみましたが、発動しなかったため魔法を使う事ができる者は私だけと思われます」

と溶二は特に何も考えず答えていたが、ふと、強すぎる力は邪魔になったら排除されはしないだろうかと考え説明を止め、次の話を聞くことにした。ちなみに、魔法について王に話していない事は、呪文は少しくらい字余り字足らずでも魔法は問題なく発動する事や、呪文を簡便なものに統一し使い易くしているが呪文の唱え方によっては一撃に全てをかけるというような運用も可能である事などいくつかある。

「二つ目の話というのはなんでしょうか」

「話というよりこれは頼みなんだが」

と深刻そうに王は口を開き、

「我が国の将になってくれんか。君の魔法は、槍の国や棍の国との戦いでかなりの戦力になってくれるはずだ」

と、言った。

溶二は、元々戦いなどしたくなく、昨日の戦闘で六人も死なせてしまったため自分に将の才能があるとは思えなかったので断ろうと思っていた。

しかし、剣の国では食料があまり取れない事や、名産品の剣が弓や槍に比べ使う機会がないため売れない事、町では死体の処理が追いつかず変な病気が流行りだした事などの話を王から聞いているうちに城下町で見た光景が頭をよぎり始め、なんだかかわいそうになってきてしまった。

「この戦いに勝てば、かなりの土地が手に入りとりあえず食料不足は多少マシになると思う。そのために君の力を貸してもらいたい」

と、王に言われ、

「…分かりました」

と溶二は承諾した。


誤字修正しました。

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